第26話 商人との経済交渉



 オーガスとギヨームの領地を手に入れたことで、トワイライト分家は、スバル王国の4割を手中に収めた。


 どちらの領地も、主君、跡継ぎ、そして多くの貴族と騎士を戦で失った。残った支配層も、敗戦によりパーヴェル国王の領地へ逃げ込んだので、統治は容易かった。


 そこでアルベルトは、次の戦に備えるべく、新たな領地を改革することにした。




 城の会議室で、ジャックが報告した。


「各地の検地は順調に進んでいるよ。なにせ支配層がいないからね、逆らう人はいないよ」

「ジャック、検地ってなんだ?」


 いつものように、馬鹿なマイケルが質問をする。


「検地は、田畑の大きさを計測することだよ。年貢は畑の広さで決まるんだけど、どこの貴族、領主も、上納額を少なくするために畑を小さく嘘の申告をするんだ。それに、農民が年貢を納めても、役人たちが着服したりして、領主の元へ来ることには目減りしていることも少なくない。だから、検地をすることでそうした不正を無くすんだ」


「役人の着服も無くなるのか?」

「無くなるよ。この村からは小麦が100収められるはずなのに90しか治められなかったら変だろ?」

「おう、確かにそうだな」

「その分、税を安くすることもできるから、民にとってもありがたい。そして、次に戦略面だけど、ここからはアルト、頼むよ」


 ジャックから説明を引き継いだアルトは、席から立ち上がり、みんなの顔を見回した。


「この前の敗北で、パーヴェルとポールは軍の建て直しをしているはずだ。その間に、こっちも準備を整えるぞ」


 クレアがきょとんとした。


「え、このまま一気に攻め込まないの?」


「流石にそれは無理だよ。各地の警備と防衛のための兵士を残す関係で、戦場に投入できる兵士は最大兵数の半分て言われている。でも、王都に攻め込んだら王都を守る兵士たちも戦闘に回せるから、大軍を相手にすることになる。だから向こうから来るのを待つか、相手の力を削いでから侵攻するのがいい」


「わかったわ。でも、力を削ぐってどうやって? 寝返り工作でもする?」

「いや、兵糧攻めならぬ物資攻めだ。スバル本家の商人たちをこっちに呼び込んで、戦争物資が手に入らないようにする」

「商人?」


 クレアの視線が、ちらりとセシリアのほうに投げられた。


 アルベルトは、前にセシリアが言っていた商人の困り事を思い出しながら、説明した。


「実際、この方法を思いついたのはリア姉のおかげでもあるな。俺がするのは、組合と通行税の廃止による【自由経済】と【高速道路】だ」


 アルベルトは、自信満々に言い切った。



   ◆



 翌日の昼。

 城の会議室には、いつものメンバーではなく、トワイライト領の大商人たちがそろっていた。


 いずれも、トワイライト領内に商会本館を置く、海千山千の会頭たちだ。


 戦場を支配する歴戦の知将猛将にもひけを取らない眼光の鋭さに、アルベルトは気を引き締めた。


 ナメられないよう、彼は毅然と、堂々と告げた。


「今日はよく集まってくれた。単刀直入に言おう。近々、トワイライト領では各商品の組合を禁止する予定だ」


 ざわつく会頭たちを、アルベルトは手で制した。


「言いたいことはわかる。君たちは、たとえば油を売るなら油組合から販売権を買い、毎月更新料を払うことで油を売っている。販売権を得るには厳正な審査を通る必要があるから、新たなライバル商人の新規参入を防ぎ、自分らだけの独占販売をすることができる。でも、思ったことはないか? 組合に払う更新料が【もったいない】と」


 その単語に、反応しない会頭はいなかった。


 父親の代わりに出席しているセシリアも、小さく頷いた。今のセリフは、彼女の入れ知恵だ。


 会頭たちの反応を見逃さず、アルベルトは畳みかけた。


「扱う品目が多い商館は、毎月の更新料が莫大になる。扱いたい品目も、更新料との兼ね合いで諦めたりしているんじゃないのか? そもそも、本当の良い商品を良心的な価格で売る、客のニーズに応える能力があれば、独占販売権なんて無くても、客を独占できるはずじゃないのか?」


 会頭たちのプライドを煽ってやると、会頭たちの眼に闘志が宿る。けれど、一部の会頭は眉も動かさず、黙していた。


 安い挑発には乗らない、そういうスタンスだった。


 だから、アルベルトは最後にこう付け加えた。


「その代わり、もしも承諾してくれるなら、トワイライト領内では、通行税を廃止する。関所の数も大幅に減らして、検閲も最小限にとどめる」


 今度こそ、全会頭の顔色が変わった。


 セシリアの話では、『仕入れ値は商品の価値ではなく関所の数で決まる』と言われるほど、商人たちは関所を通る時に払う通行税に頭を悩ませている。


 こんな特大のエサをぶら下げられて、食いつかない商人はいないだろう。


 ちなみに、アルベルトは、元から通行税の廃止をするつもりだった。


 だがそれを、組合廃止の交換条件で【してやる】という形を取り、最大限に利用したのだ。


 会頭の一人が、物欲しそうな目で尋ねた。


「ですが大公殿、組合は教会の管轄。そんなことをすれば神罰が下るのでは?」


 アルベルトは、あえて、少しドスを効かせた。


「お前ら、神にビビリながら商売してんのか?」


 その一言で、会頭たちの腹は決まった。


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