第9話 マッチロックガナー

 自分の城に戻ると、アルベルトはさっそく、家老のヨーゼフに問い詰められた。


「アルベルト殿下、陛下はなんと?」


 玄関から廊下を抜けて、白の反対側を目指しながら、アルベルトは答えた。


「領内のハイドラゴン退治だ。兵の数は400、出発は三日後らしい」

「なんとご無体な。では急いで討伐部隊を編制しなければ。400人となれば精鋭部隊にする必要があります。私の家臣の中から、腕利きの騎士を選りすぐりましょう。他の貴族にも呼びかけ、なんとか三日以内に400人の選抜を致しませんと」


 少し慌てながら、四角四面に偏った言葉を並べ立てるヨーゼフに、アルベルトは疲れた声を返した。


「それじゃあ遅い。その間に領民が襲われたら取り返しがつかないだろう? 俺の私兵が500人いる。そこから400人選んで、明日すぐ行くよ」


「何をたわけたことをおっしゃいますか!? 相手はゴブリンやスライムではありません。ハイドラゴンなのですぞ。女子供のチャンバラごっこでどうにかなる相手ではありません」


「俺もクレアもクラーラもAランク冒険者だし、他の連中もBランクCランクぞろいだ。そこらの騎士よりもずっと強いよ」


「なんと甘いことを。殿下は騎士を愚弄する気ですか? 冒険者ギルドの発行するランクになんの価値がありますか? 女子供でもAランクになれる。それこそが、冒険者業界のぬるさの証です!」


 冒険者は低レベルという、結論ありきの主張にうんざりしながら、アルベルトは息をついた。


「とにかく、俺は明日出発するからな」


 そう言って、アルベルトは城の裏手へ向かった。


 背後では、まだヨーゼフが何か言っていたが、気にしなかった。


   ◆


 アルベルトが向かったのは、城の裏手に広がる森に建てた工房だった。


 そこでは、鍛冶職人の元に生まれながら、自分の工房を持つことができない次男や三男や、少女たちが額に汗を流しながら作業に明け暮れていた。


 煙突から灰色の煙を昇らせ、鉄を打つ音のする鍛冶場のドアを開けると、熱風が吹き荒れた。


 アルベルトの額から、汗が流れる。


「アンナ、火縄銃はどうなっている?」

「おう旦那、やっぱ駄目だな。ウチらの鍛冶スキルじゃ、まだどうしても細かいパーツが作れねぇや」


 赤毛をベリーショートに切りそろえた少女が、手元の火縄銃から顔を上げて、アルベルトに受け答えた。


 口調はぶっきらぼうで、姉御肌な雰囲気を感じるも、一日中鍛冶場にこもって太陽を浴びることがないので、肌は白く、美しかった。


 奥では、他にもアルベルトに【鍛冶スキル】を解放してもらった少女たちが、長袖長ズボンの作業着に、スカーフで口元を隠して、赤く焼けた鉄を鎚で叩いている。


 ここは暑いだろうと、アルベルトを気遣ってくれたのだろう。


 アンナは、火縄銃を手に、鍛冶場から外に出た。


「ほら、ちょいと試してみてくれよ」


 アンナから火縄銃を受け取ると、アルベルトは撃鉄、あるいは縄挟みと呼ばれる部分を起こした。


 カチン、と音がしてから、引き金を引いてみる。


 ガチ、と音がして、引き金が止まった。何度か引き金を引いてから、ようやく引き金がストンと落ちた。


「精度が悪いな」

「そうなんだよなぁ。木製の銃床は木工部の奴らが作ってくれるし、銃身は巻き鉄で強化に成功した。尾栓のネジも、熱した原形に縄をらせん状に巻き付けてから同じく熱した銃身を巻きつければ、ジャストフィットしたができる。でも、引き金を引いて撃鉄を落とす部分は、一ミリ単位の精度が求められるからな」


 火縄銃は、三年前、アルベルトが帝国から持ち帰った知識で作った武器だ。


 60年前の大戦でも使われたが、その頃は銅で作られ命中精度が恐ろしく低く、気密性が低いせいで大量の火薬を使う割に威力も今一つだった。


 だが、60年の間に銃は進化し、命中精度と威力、射程を大幅に伸ばした。


 弾込めに時間がかかるものの、アルベルトは、この火縄銃こそ、乱世を終息させるカギになると考えている。


 しかし、製造コストと時間がかかるので、こうして自家製にしようとしているわけだ。


「明日、ハイドラゴンを退治しに行く」

「ハイドラゴン? あ、でもAランク冒険者の旦那なら楽勝だろ?」

「ドラゴンならな。でも、ハイドラゴンは、時の運次第で死ぬことになる」

「え、そんなに強いのかよ?」


 へらへらと笑っていたアンナは、目をきょとんとさせて固まった。


「最大のネックは、そのウロコだな。ドラゴンのウロコはダマスカス鋼並の強度に耐熱耐冷耐雷で耐魔法性まで持っている。魔力を使ったあらゆる攻撃の威力が軽減される。ドラゴン退治に必要なのは、物理的な攻撃力だ」

「でも、火縄銃でドラゴン殺せたら苦労しないだろ? 鉄砲隊無敵かよ」

「もちろんだよ。ところで銃身の強度は?」

「ウチらの作った銃身に親父らが作った発射機構を取り付けて試射したら、通常の4倍、12グラムの火薬の爆発までは耐えられたよ。それ以上は保証できねぇな」


 火縄銃は、令和日本の銃と違い、弾頭と火薬が一体化されていない。


 銃口から流し込む火薬の量は、任意に決められる。


「4倍か。威力は? 50メートル先の、通常の4倍の厚みの鎧を貫いたか?」

「弾は貫通しなかったけど、着弾点は内側にめくれ上がっていたぜ」


 小粋に歯を見せて笑うアンナに、アルベルトも笑みを返した。


「流石は俺の鍛冶職人だ。いい腕をしている」

「旦那が鍛冶スキルを解放してくれたおかげだろ? 親父はあたしになんも教えてくれないけど、毎日鍛冶仕事しているだけでメキメキこつをつかめる。こんなウマイ話はねぇぜ。それで、どうやってハイドラゴン倒すんだよ?」

「4倍火薬を喉に浴びせる。全員で一斉に撃ち続けて、弱らせたところを俺とクレア、クラーラでトドメを刺す。それが、一番確実で安全だ」


 決して、Aランク冒険者のアルベルトの全力攻撃が、火縄銃に劣るわけではない。


 ただし、魔法耐性と巨体を持つハイドラゴン相手に、剣や魔法で挑むのは、あまりに危険だ。


 安全圏から、一方的に高威力の攻撃を浴びせられる。それが飛び道具の強みだ。


「そういえば魔法耐性あるなら意味ないかもだけど、弾丸に魔力を込めて炎の弾丸とか雷の弾丸とか撃てないのかい? 弓矢はそういうのできただろ?」

「銃は弾頭に手が触れていないし銃から独立しているからやりにくいんだよ。それで話を戻すけど、発射機構以外の部分は作れるんだな?」

「厳密には、発射機構のこいつらだな」


 作業着のポケットから、アンナはいくつかのパーツを取り出し、手渡してくる。

発射機構はいくつものパーツでできている。


 作るのが難しいのは、その中の一部に過ぎない。


「お前の親父さんは作れるんだな?」

「ああ。このパーツを作るには熟練の技術がいるからな。あたしの鍛冶スキルじゃ、あと半年くらいは修行が必要だな。明日までには間に合わねぇよ」

「いや、十分だ。ちょっとお前の親父さんのところに行ってくるよ」

 アルベルトはニヤリと笑って、踵を返した。


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 あとがき


 ただチート戦闘スキルで無双しまくる作品では普通過ぎますし、奇策で敵軍を倒すのはよくある戦記物なので、スキルで最強の少年少女兵団を作りながら、武器や戦術を工夫して完全勝利を目指すいいとこ取りの作品を目指しています。


 ただ【火縄銃】という表記は戦国日本みたいで雰囲気に合わず、英語で【マッチロックガナー】と表記しようと思いましたが、伝わりやすさを重視して【火縄銃】にしました。


 ただし、信長の三段撃ちはあえてしません。他の方法を使います。

 楽しみにしてください。

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 補足説明


 主人公の暮らす国:スバル王国

 スバル王国を統べる王家:スバル王家

 国王:パーヴェル・スバル

 王太子:ポール・スバル


 王太子:王子の中でも次期国王と決まっている王子のこと。


 主人公の家:スバル王家の分家、トワイライト大公家

 主人公:アルベルト・トワイライト

 主人公の父で現大公:アーダルベルト・トワイライト


 分家、親戚なのに苗字が違う理由。

 日本でも、藤原家の分家で伊勢国に行った人たちが【伊藤】だったり、分家は名前が変わることはあります

 本作のトワイライト家も、1話で説明がある通り平民の血と混ざった分家なので、スバル王家を名乗れなくなっています。


 大公って何?

 明確な基準はありませんが、超小国の王様、属国や保護国の王様など、王様だけど普通の王様より一段低い人。

 または本作のように、王族の分家の当主を指します。

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