第23話 大軍VS小軍

 

 平民からの志願兵は、基本的に全員受け入れる予定なのに対して、騎士階級の志願兵は、面接をすることにしている。


 これは、元から軍で働いている身分なので、前の経験を生かした仕事に就いてもらうためだ。


 そして、午後の登用面接で、その男は来た。


 面接室に腰を下ろしたのは、190センチを超える長身と筋骨隆々の肉体が印象的な偉丈夫だった。


 その割に、顔立ちはゴツくはない。むしろ整っており、勇壮な魅力がある。

力強い眼光を光らせ、彼は活舌よく自己紹介を始めた。


「隣国のタウルス王国から来ました。ラルフ・ファロスと申します。得意なことは斬馬剣を使った白兵戦。タウルス家の王太子の蛮行をお諫めしたため、解雇されました。以前は中隊長を務めていましたが、使っていただけるな、一兵卒でも構いません。敵国の人間で、先日もそちらの防衛軍と一戦交えた身ではありますが、何卒」


「よし、中隊長として採用する!」

「良いのですか!?」


 アルベルトの即断即決に、ラルフは精悍な顔立ちには似合わず、きょとんとした。


「OKOK! ていうか敵国から来たことを正直に言うのも気に入った」

「ですが、私はスバル王国防衛軍の兵を殺めた身です」

「スバル王家の兵であってうちのトワイライト家の兵じゃないし、命令なら仕方ないだろ? 現場の人間は仕事を選べないからな。恨むのはお前の上司でお前じゃないよ」


 言いながら、アルベルトは机の書類に、スラスラとサインをした。


「ほら、お前もここにサインしてくれ。それで雇用契約成立だ」

「ありがたき幸せ! この命果てた後も、この魂、陛下に捧げます!」


 勢いよく頭を下げて、ラルフは熱い声を張り上げた。


「おう、期待しているぞ。じゃあ中隊長ってことで、早速作戦会議に参加してもらうぞ」

 



 アルベルトの行動の早さに、内心、ラルフは舌を巻いた。


 よほどの人手不足、と思うのが普通だが、だとしても、今、入隊したばかりの新人など、怖くて作戦会議に参加させられない。


 よほどの馬鹿か、でなければ、常人離れした胆力がなければ、そんなことはできない。


 そしてラルフは知っている。


 アルベルトが先日、本家の兵をわずかな兵で退けた武勇を。


 アルベルトの中に眠る才気に、ラルフは背筋を震わせた。



   ◆



 面接が終わった後、アルベルトは、作戦会議を開いた。


 メンバーは、前回の主要メンバー9人に、ラルフを加えた10人だ。


 今回は、ジャックではなく、最初からアルベルトが説明する。



「王族学院で色々勉強したけど、古来、寡兵で大軍に勝つ方法はいくつかある。

1、雑魚を無視して敵の頭を取る。でもパーヴェルとポールは見栄っ張りだけど臆病だから、もう前線には出ないだろう。

2、敵を分散させる。大軍で攻めてくるだろうから難しい。

3、少しずつ力を削ぐ。時間がかかる。

4、仲間割れを誘う。

 こんなところだ。俺らがとるべき戦略は、4の仲間割れを誘うことだな」



「仲間割れって、どうやって?」


 クレアの問いに、アルベルトは悪い顔を作った。


「冒険者を使って噂を流すんだよ。冒険者はクエストで国中を移動するからな。本家連中の領地の、酒場やギルドで噂を広めるには最適だ。ギヨーム公爵がトワイライト家に近づき、一緒にスバル家を打倒しようとしている。理由は、俺の父親のアーダルベルト大公を討ち取った恩賞が少ないから。ライバルであるオーガスの領地を条件にトワイライト家に着いた、てな」


「アルト、オーガスとギヨームってライバルなのですか?」

「知らない」


 メンバーが噴いた。知らねぇのかよ、とマイケルがツッコんだ。


「でもきっとそうだろ? スバル王家を頂点にした三大公爵家じゃなくて、二大公爵家だ。どっちがより王室に近づくかで、争わないわけがない。三人いれば、二人が喧嘩しても三人目が仲裁できる。自分が誰かと争えば三人目が漁夫の利を得てしまう。三人は、中立を保てる最小数字だ」


「確かに、アルトも嫁はお姉ちゃんとわたしとセシリアさんの三人ですね」


 クレアは赤面して、小さな悲鳴を上げる。


 アルベルトも、くちびるを噛んで、恥ずかしさに耐えた。


 セシリアは、嬉しそうに目元を緩めた。


「あらあら、アル君てば女性の扱いを心得ているのね」

「リア姉、頼むから乗っからないでくれ」

「だってアル君可愛いんだもん」

「俺を可愛いと思うなら脱線しないでくれよ」

「じゃあ聞くけど、その噂には信ぴょう性が足りないと思うな。ギヨームが裏切る理由が、もう一押し欲しいかな」

「そりゃあそうだ。だから、噂の最後にこうつけ加えるんだ。『オーガスが死んだ今、スバル本家は二輪の一つを失った。ここでギヨームがトワイライト分家に着けば兵力は互角、いや、戦下手のパーヴェル親子が指揮官じゃ勝つのはトワイライト家だ』てな」

「ん、互角になるのかそれ?」


 マイケルがよくわかっていないようなので、アルベルトは補足した。


「まず、母さんがアルベールに肩入れしているなんて内情は、向こうも世間も知らない。数字上は、俺らと連中の戦力差は4対1だ。けど、向こうはタウルス王国とヴィルゴー王国から国境線を守るのに兵を割く必要がある。しかも最大貴族のオーガスと2000の騎兵を失った。さらに、同じく最大貴族のギヨームがこっちに着けば、見かけ上の戦力差は最小限になる」


「なるほど」


「仮に、こっちの内情を向こうが知っていたとしても、民衆が『ギヨームが裏切る』と騒いでいれば、パーヴェルとポールだって疑心暗鬼になるし、疑いをかけられたギヨームだって冷静じゃいられない。上手くいけばギヨームは謹慎。俺らとの戦には出てこれない。そこまで上手くいかなくても、連携は取れないだろうな」


 会議室に、感嘆の声が響いた。


「まっ、王族学院の戦史資料の受け売りだけどな。でも実際、歴史上、噂に翻弄されて仲間割れを起こして滅んだ軍事勢力は枚挙に暇がない。俺らだってこの三年間、冒険者としてやってきて覚えがあるだろ?」


 クレア達は渋い顔をした。


 この三年間、根も葉もない噂でクエストが増減したり、おかしなクエストが出たり、モンスター素材の買い取り値が乱降下したり、そんなことはいくらでもあった。


 噂とは、それほど恐ろしいものなのだ。




 そんな中、冒険者経験のないラルフも、アルベルトのことを大きく見直していた。


 会議の雰囲気を見るに、アルベルトは部下たちとはフランクな関係を築きつつ、ナメられることはなく、尊敬されている。


 さらに博識で深謀遠慮と来れば、大将の器としては十分だ。


 まさか隣国の、それも分家にこのような人材が埋もれていたのかと、ラルフは感心してしまう。


 タウルス王国の愚鈍な王子、このスバル王国に来てから耳にした、暗君パーヴェル国王と愚息のポール王太子は、いずれアルベルトに取って代わられるだろうと、ラルフは確信した。




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