第3話 プリンス・ミーツ・ガール

 少女はアルベルトを一瞥すると、泣き顔を隠すように袖で涙を拭きながらそっぽを向いた。


「ほっといて!」

「いや、ほっとけって言われても……」

「あんたに関係ないでしょ!」


 大公の息子に随分な態度だ。


 アルベルトのことを知らないにしても、初対面の相手にこの態度。


 彼女自身の性格の問題だろうか。随分と負けん気の強い子だと、アルベルトは思った。


「でもなぁ、人ん家でそんなに泣かれると……」

「え?」


 桜色の髪をひるがえしながら振り返った少女と、目が合った。


 少女は目を丸くしてから、途端に頬を赤くした。


「あの、もしかして……アルベルト殿下? 嘘、だって殿下は今、王族学院にいるはずじゃ……」

「うん、だけど皇帝が死んだから、今日、帰ってきたんだよ。ていうかたった今かな……」

「ッッ~~」


 少女はうつむいて、両手の指を絡ませて動揺していた。

 どうしよう、と混乱しているのが、手に取るようにわかった。

 でも、アルベルトにはどうする気もない。

 ただ、彼女の事情を知りたいだけだ。


「それで聞かせてくれるか? どうして泣いていたのか」


 少女は頷いて、辛そうにくちびるを噛んだ。


「父さんが、女は騎士になれないって……家の槍に触っただけで、女が触るなって怒鳴ってきたの……」


 ——あぁ、この子もなのか。


 アルベルトの胸が、また強く痛んだ。


 ここ、スバル王国では、伝統的に女騎士、女兵は採用していない。


 戦いは男の仕事、という価値観が根強く、女が剣や槍を振るうことは、はしたないとされている。


「あたしはずっと、騎士の父さんに憧れて、いつか立派な騎士になりたかったのに……兄さんは5歳の頃から剣と槍を貰って、訓練をさせてもらっていた。でも……あたしには最初から騎士になれる未来なんてなかった……なんでよ、どうして女だからって騎士になれないのよ!? あたしだって父さんの子供なのに!」


 彼女の熱い訴えに、アルベルトは学院で何度も浴びせられた言葉を思い出した。


 分家のお前は王様になれない。王族だけど王子じゃない。


 同じ王族でも本家と分家では天地も違う。


 同じ親から生まれた子供でも、男と女では天地も違う。女は、夢を叶える機会さえ与えて貰えない。


 アルベルトは、学院に入学する前に願った。


 立派で品格に溢れた人格者の生徒が、ポールの蛮行を咎め成敗してくれたらいいのに。


 辛くて苦しい、そして自分の力ではどうにもならない時、人は、誰かに助けて欲しくて仕方なくなる。


 そして知る。


 助けてくれる人なんて誰もいないと。

 自分の願いが儚い妄想に過ぎなかったと。


 アルベルトも助けて欲しかった。

 誰かに救って欲しかった。


 昔の誰かが作った目には見えない理不尽なシステムをブチ壊して欲しかった。


 だから、アルベルトは自然とその言葉を口にしていた。


「お前、ちょっと来いよ」

「え?」

「いいからいいから。いいもの見せてやるよ、ほら」


 彼女の手を取って、アルベルトはどんどん歩き出す。

 彼女はわけがわからないといった様子で、ついてくる。

 



 到着したのは、アルベルトの部屋だった。


 部屋の右手のドアは寝室に繋がっていて、壁には侵入者と戦うための武器がいくつか飾ってある。


 そのうちの一つである槍を手に取ると、彼女に手渡した。


「これあげるよ。パルチザンていう種類の槍で、突くだけじゃなくて斬ることにも特化した優れものだ。柄は斧折樺(オノオレカンバ)で穂先はダマスカス鋼の逸品だ」


 材質を聞いて、少女は背筋を伸ばして、全身を固くした。


 斧折樺とは、斧の刃が欠けるほど堅いカンバの木で、ダマスカス鋼は人類が作り出せる最高の金属だ。オリハルコンやミスリル、アダマントなどの伝説上の金属を除けば、ダマスカス鋼が世界最強の金属と言われている。


 このふたつが組み合わさった槍は、全ての騎士の憧れとも言える、垂涎の品だ。


 流石に畏れ多くなったのか、少女はさっきまでの威勢はどこへやら、言い訳を探すように口ごもった。


「で、でも、そうだ、あたし、槍を教えてくれる人がいないから、もったいないわよ」

「なら、ちょっとお前のスキル、見させてもらうぜ」

「スキルって、あたし王族じゃないしホルダーじゃないわよ」

「ああ、だけど俺のスキルは幸か不幸か【スキル解放スキル】だ」


 ——オープン。


 彼女の手を握って、心の中で呟くと、頭の中に清涼感溢れる青の世界が広がった。


 その世界に、白い光の枠が浮かび上がり、その中に小さな枠が無数に表示される。


 小さな枠、一つ一つに、スキルの名前が表示されていた。


 大きな枠の一番上では、【どのスキルを解放しますか?】という文言が躍り、その横には、解放可能回数が表示されている。


 スキル解放スキルは、一日一つのスキルを解放できる。この回数はストックしておける。自身のスキルは軒並み解放したが、使い切れないストックが残っていた。

 そして、


 ・ホルダーとはスキルを持って生まれた者。

 ・ホルダーのスキルは10歳の誕生日に解放される。

 ・ホルダーのスキルは一人一つ。


 この常識は、全てが間違っている。

 現実は、


 ・スキルは全ての人が何十何百と持っている。

 ・ホルダーは、その中の一つが解放されるだけ。

 ・一人の人間が、複数のスキルを解放することは可能。

 だ。


 どんなスキルを持っているかは個人差があるものの、剣術や槍術などは、誰でも持っている。


 アルベルトは、少女の中から、槍術スキルを選ぶと、解放してあげた。


 次の瞬間、少女はまばたきをした。


「え? え? なにこれ? 槍の振り方がわかる? 槍術スキル?」

「俺のスキルはスキルを解放するスキルなんだ。スキルは誰もが持っている。ただ、解放される人はごく一部ってだけだ。ほらよ」


 混乱する彼女に、パルチザンを手渡した。


 すると、彼女は寝室で、自由自在に振るい始めた。


 達人には遠く及ばないものの、その動きは様になっていた。


 槍術初段、と言ったところか。


「嘘? あたし、槍を振るえている、すごい」


 スキルには様々な種類がある。


 物を異空間に収納しておけるストレージスキル。

 周囲の地形と生物の位置がわかるマップスキル。

 このように、超自然的な力があれば、剣術スキルのように、技術を身に着けるスキルもある。


 剣術スキル、槍術スキルなど、技術系スキルの効果は、知識、経験に寄らず、初段の技術を有することだ。


 そして、誰かに教わらなくても、ただ技術を行使するだけで新たな技術を獲得していく。


 言うなれば、世界最高の師匠が、頭の中に住んでいる、みたいなものだ。


 嬉しそうに槍を振るう少女の笑顔に、アルベルトは溜飲が下がるような想いだった。でも、あることに気付いた。


「あ、でもお前の父さん槍に触るの禁止してるなら、持って帰れないよな。ならこうしよう。この槍は俺の部屋に置いておくから、明日から毎日俺の部屋に来てくれ。それで毎日俺の剣と槍の相手をしてくれよ」

「いいの!?」


 少女は、槍を抱きしめながら、笑顔をはじけさせた。


「ああ。真面目に練習して強くなったら、俺の近衛兵にしてやるよ」


 少女の顔が、興奮で軽く赤くなる。


「やった! でも、どうしてこんなにしてくれ、いや、して下さるのですか殿下?」


 思い出したように口調と姿勢を直す少女に、アルベルトは苦笑した。


「嫌なんだよ。女だから、平民だから、分家だから、そういう自分ではどうにもできない生まれを理由に何かを諦めるのが嫌なんだ」

「ですが、あた、私は……」


「いいよタメ口で。生まれが原因で気遣われるのも好きじゃないし、ていうのも時と場合によるけど、俺らは明日、いや、今日から切り合う仲なんだ。気遣われた訓練じゃスキルが伸びない。俺は回復魔法使えるから、全力で殺しに来いよ」

「アルベルト……」


 クレアは、嬉しそうに金色の瞳を濡らした。


 庭で目にした、悲しそうな涙じゃない。嬉し涙で濡れた笑顔は、信じられないぐらい愛らしくて、アルベルトは心臓を高鳴らせた。


 あんまり眺めていると惚れてしまいそうだったので、訓練に支障をきたさないよう、視線を逸らした。


「ほら、訓練するなら裏庭に行こうぜ」

「うん!」


 彼女の手を握り引くと、彼女は、元気よく頷いてくれた。

 彼女の手の平の熱さに驚きながら、アルベルトは尋ねた。


「そういえばお前、名前は?」

「あたしはクレア・サンセット。サンセット男爵の娘よ」

「そっか、それで、どうして城の庭にいたんだ? 父親について来たのか?」

「違うわよ。腹いせに父さんを困らせてやろうと思って城の裏門から忍び込んだの」


 ——この城の警備だいじょうぶか……。


 アルベルトの胸に、また拭えない影が落ちた。

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