第15話 現大公、アーダルベルトからの呼び出し
アルベルトの暮らす小国スバルの北には、タウルス王国が広がっている。
国土も人口もスバル王国の三倍以上。
そして今まさに、スバルを飲み込もうと、侵攻を続けている。
その脅威から祖国を守るべく、国境線の草原には、スバル防衛軍が常に布陣し続けている。
今はまだ凌げているが、タウルスが本気ではないことは、現場の兵士たちには明白だった。
国力を考えれば、敵の数が少なすぎる。
だというのに、パーヴェル国王やポール王太子は、『タウルス王国も大したことはないのだな』と楽観視している。
もっとも、スバルは小国だけあり、軍は攻めることよりも守ることに特化している。
日頃の軍事訓練も、防衛線を想定したものばかりだ。
上層部への怒りと同時に、兵士たちは己の防衛力に、一定の自負を持っていた。
ただし、その自負は、今日、破られることになる。
今日もまた、タウルス軍が侵攻してくる。
数百の騎馬軍団を先頭に、草原を踏み潰すような勢いで、猛然と駆けてくる。
いつものように防ぎきってみせる。
そう心に誓って、スバル防衛軍は槍と盾を構えるも、櫓の上の物見が悲鳴を上げた。
「あの武器は……警戒! 警戒! 敵先陣は! タウルスの猛将! 斬馬剣のラルフだ!」
その名を聞いて、前線の兵士たちに動揺が走った。
敵騎馬軍団の先頭を走る騎士が加速して、先行独走状態になる。
骨太な黒馬にまたがった、その筋骨隆々の騎士が手にしているのは、槍でもハルバードでもない。
長さ1メートルの柄の先に、同じく1メートルの剣身が伸びた大剣、斬馬剣だ。
敵を馬ごと斬り裂くために作られるも、あまりの重量に扱えるものが限られ、廃れた武器だ。
今どき、そんなものを使うのはハッタリ用だと、一部の兵は自身を鼓舞するが、淡い期待は裏切られた。
ラルフが、スバル王国軍の盾兵に突っ込んだ。
直前で左へ曲がり、馬体の右側面を向けながら、ラルフは斬馬剣を振るった。
金属と、骨と、肉がまとめて両断される奇怪音がまき散らされた。
ただの一振りで、五人の盾兵が、胴体を盾ごと斬り裂かれた。
見るも無残な惨殺死体を前に、雑兵たちは悲鳴をあげて総崩れになった。
そうして作り出した空白地帯へ駆け込み、ラルフはスバル防衛軍奥へと切り込む。
逃げ惑う味方に、スバル軍側の指揮官たちは口角に唾を飛ばして叫んだ。
「ええい、腰抜けの雑兵どもめ!」
「行くぞ! 奴らに騎士の魂を見せつけてくれる!」
騎士爵家、男爵家、子爵家の上級軍人たちが、馬に乗って前線に出た。
ラルフも、相手の意を汲んだのか、大きく名乗りを上げた。
「我が名はタウルス王国軍第三騎馬中隊長、ラルフ・ファロス! その首、もらい受ける!」
スバル防衛軍側の騎士も名乗りを上げて、両者は交差した。
一瞬の閃きが、馬の首と、騎士の体を通り抜ける。
馬上から馬の首と騎士の胴体が滑り落ちて、馬体は崩れ落ちた。
「なぁっ!?」
男爵や子爵たちが驚愕に凍り付く間も、ラルフは、二人、三人、四人と、スバル側の騎士たちを、次々討ち取っていく。
馬も、盾も鎧も、剣も、ラルフも斬馬剣の前には例外なく両断され、残骸と化す。
スバル軍側の雑兵たちは逃げ、分隊長や小隊長などの指揮官クラスは一刀のもとに屠られる。
もはや、スバル防衛軍は総崩れだった。
悪夢のような光景に、現実逃避を始める男爵や子爵たちの首も宙を舞い、残党は、後続部隊であるラルフの部下たちに掃討されていく。
今日、スバル王国軍は完全敗北を喫し、国境線の土地を奪われた。
しかし、その立役者であるラルフには、勝利の美酒に浸るゆとりはなかった。
——このような戦に、なんの意味がある……。
部下たちが勝利に湧く中、ラルフは斬馬剣を握りしめながら、憮然とした表情で佇み、スバル王国内陸の方角を眺めた。
◆
ルビードラゴンを討伐した一週間後の昼過ぎ。
アルベルトは、城の裏手に広がる森の中で、仲間たちに火縄銃の訓練をさせていた。
火縄銃は、弾込めの作業が複雑で、一発撃つのに30秒はかかる。
それを、できるだけ短くしたかった。
「平均29秒、一番早いのでジャックの25秒か、もっと省略したいな……」
火縄銃の威力はすさまじい。
弓矢と違い、その弾丸は金属鎧を貫き、火薬の量を増やせば、大盾をも貫く。
訓練を見守るアルベルトの近くで、槍の訓練をしていたクレアが尋ねる。
「ねぇアルト、どうしてこんなに火縄銃にこだわるの? こんなのよりあたしたちのスキル攻撃や魔法攻撃の方が強いじゃない」
「スキルだけじゃ足りないからだよ。色々とな。俺のスキル解放スキルは一日一回。三年で1000人しかホルダーを増やせない。でも、大国は何万人ていう軍隊を持っている。それに対抗するには、スキル以外の手段も必要だ。それに、この前のドラゴン退治のこともある。スキルや魔法じゃ相性の悪い相手もいる。何かが強いんじゃない、引き出しの多い奴が強いんだ」
「引き出しの多い人が強い、か。なんだか深い言葉ね……」
実際には、他にも色々とあるのだが、クレアにどこまで話していいかアルベルトは迷った。
そこへ、馬に乗ったヨーゼフが駆けてきた。
火縄銃の炸裂音に顔をしかめながら下馬して、彼は言った。
「アルベルト殿下、アーダルベルト陛下がお呼びです」
「父さんが? わかった。ジャック! 俺ちょっと父さんのところに行ってくるから、ここは任せた!」
「わかったぁ!」
銃声に負けないよう声を張り上げてから、アルベルトはヨーゼフと共に、城へ戻った。
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