第16話 冒険者大公、誕生
トワイライト分家当主、アーダルベルト大公の寝室からヨーゼフが出て行くと、アルベルトは息を着いた。
ヨーゼフは堅苦しくて口うるさいので、彼がいると、アルベルトはなんとなく居心地が悪かった。
「それで父さん、用って何?」
病床に伏せる父、アーダルベルトは、今日は調子がいいのか、いつもよりも顔色が良かった。
ベッドから上半身を起こして、威厳のある口調で語る。
「うむ。単刀直入に言おう。実は先日、カリーナの奴が次期当主はお前ではなく弟のアルベールに、と打診してきたのだ」
「母さんがッ?」
アルベルトは、驚きを隠せなかった。
母も、自分の冒険者業を良く思っていないのは知っている。
けれど、次期当主から外そうとまでするとは思っていなかった。
いや、思いたくはなかった。
アルベルトに比べて、弟のアルベールは、大人の考える優等生然としたタイプだ。一言で言って、大人請けがいい。
でも、アルベルトは悲しかった。
貴族たちならともかく、実の母親が、自分よりも弟を可愛がる現実に、親に捨てられたような気がしたのだ。
「そこでお前に質問がある」
父、アーダルベルトは、真っ直ぐ、息子アルベルトの瞳を見つめた。
「アルベルト、お前は何故、冒険者をしている? それに何故、平民や下級騎士の子供たちを集め、私兵を作った? 近衛兵が欲しいならば、王室直属の者らが既にいる。私の跡を継ぎ、次期大公となれば、私の近衛兵は、必然、お前のものとなる。今の時期に私兵を作る意図はなんだ?」
「この国の領民を守るためだ」
一言で言い切ってから、アルベルトは滔々と説明した。
「薪や山菜を採る為に、山や森へ入ればモンスターに襲われる。けれど軍はモンスターの討伐には動かない。だから冒険者がいる。けれど、新人冒険者は足をすくわれることが多い。冒険者も領民の一因だ。だから俺は仲間たちと共に冒険者になって、危険度の高いモンスターを掃討している」
「では、私兵を持つのは何故だ?」
「父さんは【お役所仕事】ってことわざの意味を知っているか? 時間ばかりかかった挙句に効果のない仕事のことだ。そんなことわざができるぐらい、公的組織は無能で役に立たないのが現状だ。この前のドラゴン退治がいい例だよ。近隣の村がいつ襲われるかもわからないのに、貴族たちに陣触れをして兵士を募って、討伐部隊を編制して手続きを踏んで全て承認されてからでないと動けない。もっと迅速に、トップの意志一つですぐ動ける軍が必要だ。そのためには俺個人の【直属部隊】を充実させる必要がある」
「しかし、ならば既存の兵から募ればいいだろう。何故平民に鎧兜を与える? それに、どうせなら家を継ぐ長男を側に置いたほうが、貴族たちとの交流になる」
「自分じゃどうにもならない生まれで人生を諦める理不尽を無くしたいからだよ」
王族学院の時代の、辛い日々を思い出して、アルベルトは耐えるように声を絞り出した。
「俺は分家の子だ。それだけの理由で、学院じゃ随分といじめられたよ。どうせ将来は王位に就けない王子じゃない奴ってな。本当に辛かったよ。何も悪いことをしていないのに、分家に生まれたからって理由で、どうしてこんなに辛い目に遭わないといけないんだろうって。でもな、この国に帰ってきて知ったんだ。平民だから、女だから、生まれを理由に幸せを奪われている人がたくさんいるって。だから俺は俺みたいな想いをする奴を減らしたい。女でも平民でも、騎士になりたいなら、俺は夢を叶えてやりたいんだ」
アルベルトの訴えに、父のアーダルベルトはしばし黙考した。
それから、口元に笑みを浮かべた。
「やはり、私は間違っていなかった」
「え?」
「アルベルトよ。残念だが、私の病は治る兆しが無い。医者の見立てでは、あと半年ともたないらしい」
初めて聞く実父の余命に、アルベルトは絶句した。
アーダルベルトは、唯一と言ってもいい、大人の味方だ。
大人の誰もがアルベルトの陰口を囁き、疎んじる中で、アーダルベルトだけは冒険者業に文句を言うことをもなく、好きにさせてくれた。
そんな父を、アルベルトは慕っていた。なのに、あと半年で永遠の別れが来る。
その事実を、アルベルトは呑み込めず戸惑った。
「カリーナがお前の弟、アルベールを支持し、アルベールもその気になっている。貴族連中も、御しやすいアルベールを支持するだろう。貴族などというものは、表向きは忠実な臣下のフリをして、その実、頭にあるのは保身と私腹を肥やすことばかりだからな。跡継ぎ問題に大事なのは領民や国の未来ではなく、自身にとって都合がいい王かどうかだ」
珍しく毒を吐くアーダルベルトは、だが、楽しそうだった。
「故に、今、私が死ねばお家騒動が起こる。だから私は、生きているうちに隠居して、お前に家督を譲る。貴族や王族は相続問題で皆モメているが、生前贈与を選べば簡単に解決する。それをしないのは、当主が権力にしがみついていたいからだ」
今度は、痛快そうに口元を大きく歪める。
それから、アーダルベルトは、童心に返ったように、澄んだ瞳でほほ笑んだ。
「実はな、私も若い頃、お前と同じことを考えていた」
「父さんが?」
アーダルベルトは優しかったが、大公としての品格と教養を備えた、模範的な人だった。
意外な事実に、アルベルトは呆気にとられてしまった。
「ああ、その通りだ。若い頃の私とパーヴェルの関係は、そのまま、今のお前とポールの関係と同じだった。パーヴェルは私を分家の子だと馬鹿にして、王族学院ではいつも惨めな想いをしていた。それを理不尽だと思っていたはずなのに、大人になるにつれて、そういうものだと受け入れた。でもな、今にして思えば、それは達観して大人ぶっていただけ。本当は、ただの妥協と諦め、自身を欺いていただけだった」
アーダルベルトは、自身の人生を悔いるように、静かに目を閉じる。そして、再びまぶたを上げた時、そこには熱い使命感に燃える、男の眼光が宿っていた。
「アルベルト。次期大公はお前だ。このトワイライト領を、お前の思うようにやってみろ」
——……ずるいなぁ。
慕う父の余命を宣告されて、落ち込みたかった。泣きたかった。
なのに、アルベルトの背筋を、武者震いが駆け上がっていく。
——こんなことを言われたら、しょげている余裕なんてないじゃないか。
「任せてくれ。領民の生活は俺が守る。誰にも邪魔なんてさせない。俺は、この国から理不尽を失くして見せる。必ずだ!」
闘志を燃やしたアルベルトが握り拳を作ると、アーダルベルトも拳を作った。
そして、病気でやつれ、骨ばった拳を、アルベルトの拳に当てた。
「頼んだぞ……息子よ」
アルベルトとアーダルベルト、親子は笑みを交わし合い、心を通じ合わせた。
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