冒険者王

鏡銀鉢

第1話 王族学院のハズレ王子


 星歴1598年。


 エトワール大陸の三割を支配するセプテントリオ帝国。その帝都にそびえたつ、王族学院男子寮の多目的室で、アルベルト・トワイライトは雑事に耽っていた。


 フランス窓から差し込む夕日に染まりながら、鞘の中を掃除用のヤスリでこすっていく。


 下っ端騎士や、従士が使う安物の剣とは違い、王族の使う剣は装飾が立派で、鞘も凝った作りになっている。


 緻密な金細工や銀細工が施され、見た目には美しい反面、こうした鞘は分解することができない。


 手入れには、こうしてヤスリ状のかき出し棒で、根気強く中を磨く必要がある。


 アルベルトの机の上は、鞘から落ちた土や木くずでいっぱいだ。


 持ち主である王子たちが、剣を布で拭うことなく、鞘に納めるせいだ。


 長テーブルの上に乗った鞘は20本以上。


 授業が終わってからとりかかり、ようやくこれが最後の一本だ。


 これが終わったら宿題を片付けて早く寝ようと、アルベルトは額に浮かぶ汗を腕で拭いながら、最後の仕上げに入る。


 そう、アルベルトも、この王族学院の生徒だ。


 去年入学して、今年で12歳になる。


 王族学院は、帝国が束ねる20を超える属国の王子が通う教育機関だ。


 そこに通う以上、アルベルトも紛れもない王族なのに、何故このようなことをさせられているのか。


 確かに、王族学院では、情操教育の一環として、使用人に頼ることを制限している。


 現場を知らない支配者が、どうして他人を支配できようか、というわけだ。


 また、いざという時に備え、自分のことは自分でできる力、【自己完結力】を鍛えるためでもある。


 しかし、アルベルトが手入れをしているのは自分の鞘ではない。

 クラスメイト全員の鞘だ。


 それもこれも、彼が小国の分家の王子だからだ。


「あーあ……今頃みんなは、街で楽しくやっているんだろうなぁ……」


 重たい溜息を吐きながら、独り言を呟いた。


 午後の授業が終わるなり、剣術の授業で使った剣をアルベルトに押し付けて、クラスメイトたちは皆、城下町へ繰り出した。


 今頃は、実家からたんまりと送金されているであろう滞在費で、美味しいものを食べながら教師への愚痴を漏らし、音楽の流れる遊技場でダーツやビリヤード、ボードゲームに興じながら、酒を飲んでいることだろう。


 この世界は16世紀の日本と同じで、お酒に年齢制限が無い。むしろ、ワインに通じていることが一種のステイタスである王族貴族は、自身の子供に進んで酒を飲ませる。


 もっとも、アルベルトは酒に弱いので、まったく飲まなかった。それも、彼が馬鹿にされる要因だった。




「いよぉうアルベルトぉ! ちゃんと働いてるかぁ?」


 多目的室のドアが勢いよく蹴り開けられて、アルベルトは肩を跳ね上げて驚いた。


 それから、乱暴な足取りでクラスメイト達が押し入ってくる。


 誰もかれもが上機嫌で顔が赤い。

 完全に酔っている。


 クラスの中心人物である、大国の王子たちが、横柄な態度でアルベルトをねめつける。


「んだよ、テメェまだちんたらやってんのかよ?」


 20本以上押し付けておきながらそれはないだろう、とイラつきながら、アルベルトは努めて冷静に振舞った。


「いや、これで最後だよ」

「いやじゃねぇだろ。一位以外は二位もビリも一緒って言葉知らねぇのかよ!」

「ボクらが帰ってくる前に仕上げとくように言ったの忘れたの? あ、ごめーん、君って低能の分家君だったよね」

「ていうかここって王子が集まる学校だろ? 分家ならこいつの親って王様じゃなくて大公だろ? 王子じゃないじゃん」


 途端に、中小国家の王子たちが笑いだす。彼らは、大国の王子の取り巻きであり太鼓持ちだ。


 令和日本に例えるなら、大国の王子がクラスカースト一軍で、中堅国家が二軍、小国の王子や分家の子は三軍、というわけだ。


 小国の分家であるアルベルトの地位は、このクラスでは最下位なのだ。


 小国の分家の子。


 ただそれだけの理由で、アルベルトは一年以上も、彼らの雑用係として虐げられて、屈辱的な想いを募らせていた。


 仕返しをしてやりたいと、自分らの愚かしさを思い知らせてやりたいとは常々思うも、そんなことをすれば実家の父親に迷惑がかかる。


 彼らのバックには、大国や中堅国家の国王がついているのだから。


「いやぁうちの無能がすいません。こんな奴が分家でほんと恥ずかしいですよ」


 胡散臭い作り笑いで胡麻をするのは、トワイライト家の本家である、スバル王家の第一王子、ポール・スバル王太子だ。


「でも仕方ないんですよ。スバル王国は代々ウチのスバル王家が統治してきたんですけど、ひい爺ちゃんが平民との間に作った子供が家名を変えて作った分家がこいつの実家ですから。つまりこいつは平民の血が入った混ざりモノ。劣っていても仕方ないですよ。ほんと、昔から俺の足ばっかり引っ張って困ります」


 調子よく、饒舌に語りながら、ポールはアルベルトの頭を無遠慮に叩いてくる。


 従来の王族学院なら、小国の王子全員がいじめられ、弱い者同士で助け合う。


 けれど、この教室では、ポールが積極的にアルベルトを貶め、生贄に捧げることで、小国の王子たちは難を逃れていた。


 おかげで、ポールは同じ小国の王子たちからは感謝され、クラスでも一定の地位を確立していた。


 机の下で、ぐっと握り拳を固めてアルベルトが怒りに耐えていると、ポールはさらに続けた。


「その証拠に、王族の証であるスキルもハズレじゃないですか。なんですかこいつのスキル。【スキル解放スキル】って」


 スキルとは、一部の人間だけが持つ、特殊な能力のことだ。


 魂から生まれる超自然エネルギー、魔力を燃料に超常現象を引き起こす魔術は、習得に長い訓練を必要とする一方で、スキルは10歳の誕生日に自動で目覚め、訓練をせずとも使える。


 スキルの効果は遺伝しないが、スキルを持つ者、ホルダーの子供は、必ずホルダーになる。


 そして、エトワール大陸の国々は、古代のホルダーがそのスキルの力で建国したため、王族は必然的にホルダーなのだ。


 しかし、アルベルトが目覚めたスキルは、スキルを解放するスキルだった。


 ポールが高笑った。

「いやいやいや、お前のスキルもう解放され終わってんじゃんて話ですよね」


 ポールの言葉に、他の生徒たちも乗っかる。


「スキルを解放するスキルって、シャツの材料になるシャツかよ」

「穴を掘ったら中からスコップが出てきたみたいな?」

「全焼した家屋の中に貯水槽があったみたいな?」

「スキルが成長して、もしも他人のスキルを解放できるようになっても、ホルダーのスキルは10歳になったら勝手に解放されんだろ」

「まぁ、王族の子のスキルを幼児期から解放するのには使えるんじゃないの?」

「ガキが戦闘スキルで遊んだら困るだろ?」

「それもそっか。つかえねぇー!」


 悔しくて、辛くて、奥歯が痛くなる程、アルベルトは噛みしめた。


 どうして神様は、こんな連中を王族に、そして本家に生んだのか。


 どうして自分は分家に生まれたのか。


 アルベルトは、それを誰かに問わずにいられなかった。


 こんな、性根の腐敗し切った人間のクズが未来の国王たちなのかと思うと、眩暈さえ覚えた。


「あ、そうだ殿下。さっき店で、研究レポートが面倒とか言ってましたよね。こいつにやらせればよくないですか?」

「お、いいねぇ」


 ポールの提案に、大国の王子たちはニヤリと笑った。


「じゃあ頼んだぞアルベルト。A評価貰えなかったら懲罰だからな」

「クラス全員分、手ぇ抜くなよ」

「ま、待ってください。研究レポートの提出は一週間後ですよね? 一週間で26人分の研究レポートなんて書けるわけありませんよ」


 流石にこれは無理だと、アルベルトは抗議した。


「それに、筆跡が全部同じだと流石にバレますって」

「だから締め切り前日の朝までに仕上げて俺らに渡すんだよ。あとは俺らが自分で書き写すからよ」

「今日はもう夕方だし、実質五日か。うん、一日6本ずつ書けば間に合うね」

「一人でそんなに書けるわけないじゃないですか!」

「は? 何お前文句あるの?」



 大国の王子の一人が、ギロリと喧嘩腰に睨みつけてくる。


 楽し気なパーティー調子が一転、水を被せたように冷たい声音だ。


「お前さ、自分の立場わかってるか? 俺らは本家で将来は一国を牛耳る国王様なの。でもお前はなんだ? 分家じゃん。王位継承権ゼロで王族っつっても事実上の地方領主じゃん? なのに歯向かうとか頭ついてんの?」

「ていうか、ボクらはわざわざ自分の学ぶ機会を削って君を鍛えてあげているんだからさ、むしろ感謝すべきだよね」

「ですよねぇ。じゃ、俺ら夕食に行くから、お前は研究レポートよろしくぅ」


 一方的にまくしたて終わると、ポールたちは、テーブルから自分の剣を手に取り、次々出て行った。


 アルベルトが手掛けていた最後の鞘の持ち主である小国の王子は、憎らし気に顔を歪めながら、鞘を奪い取っていった。


「仕事が遅ぇんだよ。これだから分家は使えないんだ! あ、待ってくださいよみなさぁん」

 



 後に残されたアルベルトは、心底惨めだった。


「分家だからって……そんなの、自分じゃどうにもならないじゃないかッ」


 誰にも聞かれないよう、声を押し殺しながら溢れ出た想いを処理し切れず、動きたくなかった。


 けれど、いつまでも悲嘆に暮れてばかりもいられない。


 研究レポートを提出しなければ、連中はアルベルトに研究レポートを捨てられたと、教師に嘘を言うだろう。


 そして自分が何を言っても、みんなで口裏を合わせて、罪を被せてくるだろう。


 教師と言っても、所詮は雇われ貴族だ。


 大国の王太子と、小国のまして分家の子がいれば、前者の肩を持つのが道理だ。


 この世界において、【真実】にはなんの価値もない。


 より身分の高い者の都合が【事実】であり、彼らの意に沿うことこそが【正義】なのだ。


 アルベルトは幼い頃から、その理不尽を、嫌というほど刻みつけられてきた。


「……図書館に行こう」


 とにかく、一ページでも多く本を読んで、まとめて、研究レポートを書かなくてはいけない。


 その前に、26人分の研究テーマも考えなくてはいけない。


「農業学、植物学、動物学、経済、歴史、軍事史、政治史、経済史、建国神話、あとは、皇帝の業績をまとめたら機嫌をよくするかな……」


 アドルフォ・セプテントリオ。

 それがこの帝国を治める皇帝の名だ。


 十代でセプテントリオ王国の国王に就任するや、周辺諸国を20年で平らげ、属国にしてしまった。


 以来、セプテントリオ王国は帝国に、そしてアドルフォ王は皇帝に即位した。


 今年は確か、即位60周年記念だったなと、アルベルトは思い出しながら、図書館に着いた。




 それから、はしごを上って、天井まで届く本棚から目的の本を見つけても、アルベルトは、不幸な気持ちでいっぱいだった。


 実家に帰りたい。

 そして部屋に引きこもって、死ぬまで誰とも関わりたくない。

 そんな妄想すらした。


 王族学院入学前は、立派で品格に溢れた人格者の生徒が、ポールの蛮行を咎め成敗してくれる、なんて期待したこともあった。


 けれど、そんなものは儚い夢だった。


 入学式初日から、アルベルトは、みんなの前で犬のマネを披露させられた。


 自分に出来るのは、学院卒業まで、いかにして耐えるか、被害を最小限に抑えるか、それだけだ。


 そう、仮にみんながハズレスキルだと思い込んでいるこのスキルがあっても、クラスカーストには関係ない。


 いや、学園を卒業しても、分家の子である以上、捲土重来のチャンスは訪れないだろう。


 不謹慎ではあるものの、せめて戦国乱世なら、まだ自分が日の目を見る機会もあったろうにと、思うこともあった。


 平和な世で分家の子供が活躍しても、本家からの風当たりが強くなるだけだ。


 アルベルトは、自分のスキルのことを頭から締め出して、本を開いた。

 



 そして五日後。

 アルベルトがポールたちに研究レポートを渡す前日の夜。

 アドルフォ・セプテントリオは心臓発作で急逝した。



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 本作を読んで下さりありがとうございます。

 作者の鏡銀鉢です。


 本作以外にも色々投稿しているので、今後もよろしくお願いします。

 本作以外のオススメは

 現代ファンタジーで月刊4位を達成した【冒険者を追放された俺が闘技場に転職したら中学時代の同級生を全員見返した】

 と

 ラブコメで月刊10位を達成した【美少女テロリストたちにゲッツされました】

 です。

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