第30話 改造銃と新三段撃ち

 本陣のアルベールは、伝令からの報告を受けてから前線に命令を飛ばし、高笑った。


「ははは、なんだあいつ、この雨の中にも火縄銃隊なんて連れてきているのか? あいつどれだけ銃マニアなんだよ?」


 親戚のアルバートも痛快に笑った。


「これで俺らの勝ちは決まったようなものだな。おいアルベール、約束は覚えているだろうな?」

「わかっているよ。オレが大公になった暁には、お前がトワイライト領の宰相、ナンバーツーだ」


 アルバートはガッツポーズを作った。


 アルベールは、ヨーゼフに尋ねた。


「しかしアルベルトも馬鹿だよな。雨の日は火薬も火縄も濡れて撃てないんだろ、ヨーゼフ?」


 アルベルトを裏切ったヨーゼフは、すぐ近くに控えていた。


「はい、誠、その通りでございます。策士に策に溺れるとはこのことかと」

「もしくは、雨でも撃てるようになったか」


 猛将、エドワード・イブニングに水を差されて、アルベールは顔をしかめた。


「雨の中でどうやって撃つんだよ? 銃兵ひとりひとりに傘持ちでもつけるか? そんな報告はないぞ? あいつ自慢の火縄銃部隊は機能しねぇよ!」


 雨音のような銃の連射音が、戦場に響き渡った。


 エドワードの視線に、アルベールはヨーゼフを睨みつけた。


「おい! どうなっているんだよ!?」

「そ、そんなはずは……ですがご安心ください。火縄銃隊は最近新設したばかりの素人集団です。弓兵の育成に3年かかることを考えれば、この2か月やそこらのにわか仕込みの射撃が当たるはずがありません」


 ヨーゼフの必死の弁明に、アルベールは自分に言い聞かせるように納得した。


「そ、それもそうだな。念のため、こっちの馬は騒音に慣れさせているし、音も弾も怖くはない」

「はい、アルベール様の作戦通り、騎馬隊で一気に距離を詰めれば、容易く蹴散らせるかと」

「だろ。そろそろ良い報せが来るかな」


 そこへ、ちょうど伝令兵が駆け込み、慌てながら叫んだ。


「騎馬隊壊滅! 敵の火縄銃部隊に、皆、討ち取られました」

「は? はぁああああああああああああああああああ!?」


 アルベールは本陣から飛び出すと、馬に乗るのも忘れて走り続けた。


「どけ!」


 前線の兵を殴り飛ばすようにかき分けたアルベールは、その地獄絵図に愕然とした。



   ◆



 アルベルト軍が前進させた1000頭の騎馬は、尋常ではない弾幕の嵐に、一頭残らず【撃ち殺されていた】。


 後続の各部隊も、次々撃ち殺されている。


 雨の中、何故、火縄銃を撃てるのか?

 素人の弾が、何故当たるのか?


 それは、アルベルトが鍛冶部門のアンナたちに命じ、火縄銃に施した、三つの改良によるものだった。




 結論から言えば、今回の火縄銃部隊は、【火縄銃・マッチロックガナー】を使っていない。


 彼らが使っているのは、【火打石銃・フリントロックガナー】というシロモノだ。


 火縄銃は、先端に火の灯った縄を火皿に落とし、火薬に着火させる。


 一方で、火打石銃は、縄の代わりに火打石が落ちる。この時、火打石は火皿の金属フタとこすれ、フタを開けながら火花を散らし、火薬に点火させる。


 火打石銃は火皿にフタがされているので火薬が濡れず、火打石そのものも多少濡れていても火花を出せる。


 火打石銃は、多少の雨なら使えるのだ。


 以前、ヨーゼフの前で話したクエスト発注で、フリントマウスを討伐したが、真の目的は、前歯の火打石だったのだ。


 大量の火打石を仕入れれば、ヨーゼフが勘ぐるかもしれない。


 だが、あえて目の前で堂々と、ただしあくまで害獣討伐、という名目にすることで、疑いの目を逸らした。




 他の改良は、バネと照星だ。


 普通の火縄銃は、引き金を引くと、火縄が支えを失い、ストンと落ちる。


 だが、アルベルトは火打石銃も火縄銃も、撃鉄にバネを取り付けている。引き金を引くと同時に、バチンと高速で撃鉄が落ちるので、引き金を引いてから発射されるまでのタイムラグがない。


 そして、狙いを定めるための照星だが、これは、王族学院の資料にはなかったが、アルベルトが自分で使っている中で、狙いをつけるための目印があったほうがいいだろうと、つけさせた。


 おかげで、命中精度はグンと上がった。


 言ってしまえば、銃の質が、恐ろしく良いのだ。


 さらに、今回は前回の交換撃ちに代わる、新しい連射法を編み出した。

 



 ひとつは、【早合】の使用だ。


 鉄砲は、銃口から火薬を流し込み、鉛弾を入れ、カルカと呼ばれる棒で押し込み突き固めて弾薬を装填する。


 これに時間がかかるのだが、固めた火薬と鉛弾を入れた筒状の容器を用意し、これでまとめて装填するのだ。


 もう一つは、【段差撃ち】だ。


 アルベルトは、鉄砲隊を前後三列チームとして、横にずらりと並べた。

 この時、一列目は中背の兵が膝を折った立膝で撃つ。

 二列目は、小柄な兵が立って撃つ。

 三列目は、長身の兵が立って撃つ。


 これにより、互いに干渉することなく、綺麗に三段の銃口が敵を狙えるようになった。


 交換撃ちと違い、互いに銃のやり取りをする必要もなくなり、スムーズに撃ち続けられる。




 最後に、これはヨーゼフも、そしてクレアも知らないことだが、銃は精神的な調練が早い。


 誰が撃っても同じ威力なので、肉体的な調練が早いのは当然。


 しかし、いくら鍛えても、実戦は怖くて実力を発揮できない人がいるものだ。だが、銃にそれはない。


 銃最大の利点、それは罪悪感の消失だ。

 動かすのは指先一つ。

 弓矢と違って放ったモノがどこに飛んだかわからない。

 目の前で人が死なない。

 だから、農民でも簡単に武人を殺せる。


 新設した鉄砲隊のメンバーは、全員、軍人家系なのに戦うのが怖い人、志願したけどやっぱり怖くなった、という人員をあてがった。


 結果、鉄砲隊の誰もが、恐れることなく、次々引き金を引き続けられるようになった。

 

 これらの秘策が生み出す弾幕の密度は、もはや、この世界史上最大最強規模。


 死の嵐となり、アルベール軍を蹂躙し尽くした。

 



 しばらくすると、アルベール軍は完全に腰が引けてしまう。


 誰も、銃の射程には入ってこなくなった。


 アルベルトは、【音声操生スキル】で、全体に指示を出す。




「鉄砲隊は待機! 長槍隊、200歩前進!」

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