第29話 クレアの迷い

 翌朝。

 アルベルトは、クラーラを連れて、城内の道場を尋ねた。


 今日も、クレアは勤勉に槍を振るい、稽古に勤しんでいた。


「今日も精が出るな。ちょっと休憩でもどうだ?」


 と提案しながら、ストレージから白くておしゃれなテーブル、三人分の椅子、そして熱い紅茶の入ったカップとクッキーを取り出した。


 ストレージの中では時間が経たないので、厨房で用意したものを冷ますことなく、そのまま運べる。


「でも、あたしまだ……」

「いいじゃないお姉ちゃん。せっかくアルトが誘ってくれているんだから♪」


 クレアの肘をつかんで、クラーラは甘えながら、彼女をテーブルまで引っ張ってくれた。


 クレアは、戸惑いながらも着席する。


「う~ん、いい香りですねぇアルト」


 わかったような口ぶりで紅茶を飲んでから、クラーラはすぐにクッキーをもりもり食べ始めた。


 その姿が可愛くて、アルベルトは和んだ。


「そういえば本家への対策だけど、火縄銃の新しい連射方法が上手くいっているよ。平原ではたぶん無敵だ。あとクレアのスキル、何か新しく解放しようか?」

「……あたしよりも、歩兵に槍術スキルをあげたら?」

「いや、色々考えたんだけど、スキルをバラまくと裏切られたときにキツイからな。スキルホルダーを3000人も4000人も作るより、レギオンの500人を強化して精鋭ぞろいの無双騎士団を作ろうと思うんだ。だからまず、クレアとクラーラをな」


 アルベルトはフランクに話しかけるも、クレアは表情を暗くする。


 テーブルの上の、おいしそうなクッキーに、高そうな紅茶に視線を落としながら、クレアはぽつりと尋ねた。


「……ねぇ、アルベルトがあたしに良くしてくれるのって、なんで?」

「え、なんでって、そりゃ」

「そんなのお姉ちゃんのことが大好きだからに決まってるじゃないですかぁ♪ ねぇ?」

「ちょっ、おい、そんなはっきり言うなよ」

「いやいや公然の秘密ですしお姉ちゃん以外は全員知っていますし」

「え? そうなの……?」


 軽くショックと恥ずかしさを覚え、照れながら、アルベルトはクレアを見つめた。


「まぁ、なんかぐだぐだになっちゃったけど、やっぱ、好きな子は特別扱いしちゃうからさ。それで、俺らも今年で15歳で成人だし、できれば本家との戦が終わったら奥さんになって欲しいんだけど、もちろん正室で本妻、どうかな?」


 アルベルトとしては、かなり期待を込めた提案だった。


 この3年間、一緒に過ごして、クレアが自分に好意を持ってくれている自信はあった。


 きっと、クレアも喜んでくれる。


 そう期待していたのだが、クレアの表情は雲ったままだった。


「ごめんねアルト……あたしじゃ、アルトの本妻は務まらないよ……」


 言って、クレアは椅子から立ち上がり、二人に背中を向けた。


「でも、気持ちは嬉しいから、いつか、側室にしてね」


 肩越しに寂しそうな顔を見せて、クレアは静かに立ち去った。


 クレアらしくもない態度、思わぬフラれかたに、アルベルトは、そしてクラーラでさえも唖然として、かける言葉が無かった。


 外から雨音が聞こえてきたのは、その時だった。


 1時間後、アルベールが挙兵したという報告が入った。



   ◆



 アルベール挙兵の急報が入った6時間後の昼過ぎ。


 ヨーゼフの領地に、密かに集められていた軍は、城下都市郊外の草原に布陣していた。


 その数5000。


 アルベール自身の兵に加え、アルベルトに反発心を持っている貴族騎士従士の全てが集結した形だ。


 さらに、同じトワイライト家の親戚も、アルベール側についた。親戚の中では最大勢力のアルバート、という人物がアルベールについたため、他も追従した形だ。


 一方で、アルベルト側はレギオンの500人、連弩隊500人、長槍隊900、新たな志願兵で新設した火縄銃隊500人の計2400人だ。


 前にジャックが説明したように、冒険者を使い過ぎたせいで、ギルドから戦争に駆り出すのは控えるよう釘を刺されたので、今回、冒険者の傭兵はいない。


 さらに、国内の悪徳貴族一掃の件で、主を失い、アルベルトの直臣になった兵は、各地の警備に就いてもらっているので、この戦には投入されていない。


 そして、アルベール軍側に立っている旗の中に、ヨーゼフの旗印が垂れていた。


 一縷の望みをかけて、彼にアルベールの説得を頼んだが、やはり儚い夢だったらしい。


 本陣のやぐらの上で、アルベルトは雨に濡れながら、表情を曇らせた。


「やっぱり、戦わないと駄目か……」


 一度目を閉じて、気を取り直してから、敵陣営を睨みつける。


「敵の数はこっちの倍以上だ。新型火縄銃は間に合ったけど、果たしてうまくいくか……それにしても……」


 クレアのことが気にかかる。


 何が彼女を迷わせているのか。

 側室にして欲しいということは、ちゃんと自分のことを好いてくれているはず。

 なのに、どうして本妻を嫌がるのか。

 政治的なことに疎い彼女が、自ら遠慮するとは思えない。


 ――誰かから、おかしな入れ知恵でもされたか?


 総大将であるアルベルトが悩んでいると、雨の向こう側で、アルベール軍が動いた。

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