第28話 アルベールの接近

 その日の午後三時。


 会議室には、いつもの10人にヨーゼフを加えた11人が集結していた。


 いつもの面々も、ヨーゼフも、何故? と不思議そうだ。


「じゃ、いつも通り、進行は僕、ジャック・モルゲンがさせてもらうよ。まず、僕らが本家と戦うことで生じた問題だけど、モンスターの被害が増えている」


 レギオンのメンバーが、あ、という顔をする。


「今までは、僕ら500人が害獣になるモンスターを駆除していたからね。それに、ギルドからすれば、腕利き冒険者が突然500人も抜けただけじゃない。一時期とはいえ、この前の戦で領内中の冒険者たちを駆りだした。その影響で、モンスターたちがしばらく野放し状態だ」

「その間に数が増えたってわけだ。それでジャック、具体的には何の被害が出ているんだ?」


 アルベルトの問いに、ジャックはお手上げポーズをしながら答えた。


「ゴブリン、ドクギツネ、フリントマウス、カジリウサギ、ヨロイダヌキ、コエマネガラスだよ」


「わかった。でももう俺らは冒険者じゃない。代わりに俺らから討伐クエストを出そう。報酬は相場の2割増し。討伐した証拠に死体の一部、ゴブリンは耳、ドクギツネとヨロイダヌキは尻尾、フリントマウスとカジリウサギは前歯、コエマネガラスはクチバシを提出するように」


「了解だよ。じゃあ僕からクエストの申請をしておくよ。それと、ギルドから、しばらくはもう戦場への大規模投入はやめてくれって釘を刺されたよ」

「わかった。冒険者は領民みんなのお助け役だ。しばらくは控えよう」

「OK、それも伝えておくよ。あと、他に誰か報告は?」

「あ、お姉ちゃんから報告だよ」


 御用達商人のセシリアが、優しい声音でするりと手を挙げた。


「リア姉、何かあったのか?」

「うん、実は最近、弟のアルベールちゃんが新しい槍や鎧を大量に買っているみたいなの」


 ヨーゼフが上機嫌にあごをなでた。


「本家との戦に備えているのでしょうな。前回の戦ではご活躍されなかったそうですが、アルベルト様の実力を思い知ったのでしょう」

「いや、アルベールは謀反を起こす気だ」


 アルベルトの即答に、ヨーゼフは色を失った。


「なにをおっしゃるのですか。血を分けたご兄弟に謀反の疑いをかけるなど……」


「今だから言うけど、生前に父さんが言っていたんだ。母さんが、次期当主はアルベールにって打診してきて、アルベールもその気だって。そして、この前の戦であいつの軍は動かなかった」


「エドワード殿が加勢したと聞いていますが?」

「500人もいて一人しか動かなかったんだ。ただの言い訳程度にエドワードを出陣させただけだろう」


 アルベールをかばいだてするヨーゼフを見るのが、アルベルトは辛かった。


 ヨーゼフが必死になる程、彼がアルベール側の人間だという証拠を見せられている気分だった。


「そこでだヨーゼフ、お前に頼みたいことがある」


 緊張した面持ちで、ヨーゼフは居ずまいを正した。


「なんでしょうか?」

「うん、お前に、アルベールを説得して欲しいんだ」

「なっ……」


 ヨーゼフの顔に、虚を突かれたような驚愕が浮かんだ。


「たぶん、あいつは俺の説得には従わないと思う。でも、幼い頃から俺らの教育、お目付け役をやってきたお前の言葉なら、響くかもしれない」

「しかし、まだアルベール様に反意があると決まったわけでは」

「もちろん、反意が無いならそれに越したことはない。だからアルベールには、今後も本家との戦に協力するよう、約束を取り付けて盟約を交わして欲しいんだ。頼めるか?」

「…………承りました」


 沈思黙考ののちに、ヨーゼフは重く、静かに頷いた。


 アルベルトも、ヨーゼフの言う通り、アルベールに反意がないことを、そしてヨーゼフが裏切っていないことを願った。


 たとえそれが、儚いが願望だったとわかっていても。



   ◆



 その日の夜。


 クレアが城内に与えられた部屋に戻ると、部屋の前に彼は立っていた。

 

 細身で背が高く、きざったらしい表情は、クレアもよく知っていた。


「アルベール!? どうしてここに!?」

「オレは大公の弟だ。この城にはオレの城もある。城内のどこにいようと、それはオレの勝手だ。それよりも、王族に向かって呼び捨てとは、随分と偉くなったものだな?」


 クレアの部屋のドアに預けていた背中を離して、アルベールは冷たい声で言った。


「……失礼しました、アルベール殿下。本日は、どのような用でしょうか?」

「立ち話をさせる気か? 部屋に入れろよ」

「ッッ、ですが、殿下を満足させられるようなもてなしの準備はありません」


 アルベールを部屋に入れたくなくて、クレアは言い訳をした。


 アルベルトの弟であるアルベールのことは、クレアも知っている。


 この三年間、冒険者業をしていたアルベルトのことを、澄まし顔で馬鹿にしていたことも知っている。


 そして今、謀反を起こそうとしていることも。


 そんな男を、自分のパーソナル空間に入れたくはなかった。


「いらないよそんなの。茶もお菓子も必要ない。ただちょっと、確認したいことがあってな。ほら、入れろよ」

「……わかりました」


 クレアは部屋のカギを開けると、警戒心を緩めず、アルベールを室内に招いた。




「それで、確認したいこととはなんでしょうか?」

「まぁ、お前も座れよ」


 勝手に人の部屋の椅子に座ると、アルベールは着席を促してきた。


 まるでこの部屋の主気取りだ。


「失礼します」


 そう言って、クレアは自分の部屋なのに了解を得て座った。


 テーブルを挟んだ対面側から、アルベールは人を値踏みするような、いやらしい目で問いかけてきた。


「お前、アルベルトと結婚する気か?」


 兄であり現大公のことを呼び捨てにした事実よりも、結婚という単語に、クレアは冷静さを刈り取られた。


「け、結婚て、何を言うのですか!?」


 思わず立ち上がりそうになったクレアを手で制しながら、アルベールは続けた。


「見ていれば馬鹿でもわかるさ。お前、アルベルトのことが好きなんだろ? まぁお前、見てくれは悪くないし、男好きする体してるもんな。下品なあいつなら、そのスイカみたいな胸で誘惑すれば即オチだろうな」


 クレアは赤面しながら、育ち過ぎた胸を抱き隠した。


 そこへ、間、髪を入れず、アルベールは冷たい言葉を浴びせた。


「でも、お前はあいつの本妻にはなれないよ」


 心臓も凍るような言葉に、クレアは赤面から一転、一瞬で青ざめた。


「な、なん――」

「当主の本妻は、最強の外交カードだ。それを身内で済ます馬鹿がどこにいる。これは感情の問題じゃない。この国とアルベルト自身のためだ」


 クレアの言葉を遮るように、アルベールは冷淡な声で説明した。


「たとえば、アルベルトが敵国の姫を本妻に迎えることで和睦や同盟を結び、国を助けることもできる。なにかしらの事情で戦で滅ぼすことはできない相手、そっくりそのまま味方になって欲しい勢力がいるとき、相手の娘を本妻に迎えれば、ほぼ確実に自陣に引き込める。そんなとき、一介の騎士に過ぎないお前が本妻の席を埋めていたらどうなる?」


「それは……」


 クレアはうつむき、激しく動揺した。


 自分は騎士になりたかった。だけど同時に、アルベルトのことも愛している。


 自分以外の女性が、自分以上にアルベルトの隣にいるのを想像して気持ち悪くなる。


「まっ、夢は見ないことだな。あいつはどうせ、身分に関係ない平等な国、とか、いかにも平民が考えそうな国を作ろうとしているんだろうけど、他ならぬあいつ自身が大公殿下様だ。平等とは、一番程遠い奴だよ」


 それだけ言うと、アルベールは部屋を出て行った。


 最後まで、何も言い返せなかった自分が、クレアは惨めだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る