第36話 総大将戦


 ポールは絶句してから、残った騎士を見回した。


 皆、腰砕けになっている。


 恐怖に戦慄して役に立たないのは、アルベルト達の眼にも明らかだった。


 すると、何を思ったのか、ポールは斜め上の行動に出た。


「よ、よくやったなクレア! 不忠者を退治した褒美にオレの家来にしてやるよ!」


 誰もが、「は?」と眉根を寄せた。


「分家のトワイライト家なんかよりも本家のスバル家のほうがいいだろ!? なんならオレの嫁にしてやる! 他の連中もどうだ!? 今、この場でアルベルトを討てば、公爵にしてやるぞ! 金も地位も思いのままだぞ!?」


 レギオンのメンバーの表情が、みるみる冷めていくが、ポールはさらに熱を込めてまくしたてた。


「ここで勝ってもどうせ恩賞はわずかだろ!? 王族なんて散々騎士を働かせておきながら名誉は貴族のものにするんだ! 冒険者崩れの平民のお前らなんかどうせ切り捨てられるぞ! でも今ここでオレに着けばお前らを全員大貴族にしてやる! 悪い話じゃないだろ!?」


 レギオンのメンバーが、沸々と怒りを滾らせていくと、ポールは再び、クレアをターゲットにする。


「何を黙っているんだクレア! 御妃だぞ! 未来のこの国の女王だ! そしてオレの子供を産んでお前の子供が未来のスバル国国王だ! なぁ父上!」


「そ、そうだ。聞けば、お主の実家は男爵家だと言うではないか。仮にも貴族。我が息子と結婚する資格は十分にある。なんなら我が妃として今すぐ女王の座に据えてやっても良いぞ!」


 弾丸のように放たれた炎球がパーヴェルの顔面を直撃した。


「ぎゃああああああ! ッッ~~~~!?」


 パーヴェルの顔面は燃え上がり、服に引火して、火だるまになりながら絶叫した。息と一緒に炎を吸って肺を焼かれたのだろう。


 声を寸断されたまま、玉座から転げ落ちた。


「ごめんアルト、我慢できなかった」


 アルベルトの隣で、クレアが怒りに煮えたぎる声を漏らした。


「気にするなよ。クレアがやらなかったら俺がやっていた」

「父上!」


 ポールは、王族として授かった自身のスキル【水流操生スキル】で、パーヴェルに水流を浴びせ、消火した。


 まだ息はあるようだが、皮膚は赤く焼け、息をするのも辛そうだ。


 しかし、焦土作戦で村を焼かれた人々のことを思えば、同情する者はいなかった。


「ポール」


 憎き怨敵の名前を呼びながら、アルベルトはマチェットソードを片手に歩みを進めた。


「お前、俺の大事なクレアに何をしてやるっつった?」


 アルベルトがドスを効かせた声を浴びせると、ポールは青ざめた小さな悲鳴を上げた。


 父親のパーヴェルから離れ、ポールは後ろにさがって、玉座にぶつかり、往く手を阻まれた。


 クレアに対する侮辱に、アルベルトは全身から怒りと憎しみと吐き気が溢れて止まらなかった。


 ポールがクレアの心と体を弄ぶ光景を想像すると、殺意が噴き出した。


 その間に、騎士団のいなくなった謁見の間に、レギオンのメンバー500人がなだれ込んでくる。


 500対1という絶望的状況に、ポールは膝を震わせた。


 しかし、アルベルトは言った。


「クレアの言葉を借りるなら、タイマンしようか。仲間には一切手を出させない」


 途端に、ポールは九死に一生を得たように口角を上げた。


「馬鹿かよ! お前がオレに勝てるわけねぇだろ! 最後の最後に調子に乗って最大のチャンスを失ったな! 喰らえよハズレスキルの分家! これが平民の血が混じっていない、正統なスキルの力だ!」


 ポールが両手を前にかざすと、その手の平から水流が迸った。


 令和日本なら、ウォーターカッターを彷彿とさせる勢いは、一撃で岩をも穿ちそうだった。


 けれど、ほぼ同時に、アルベルトも【水流操生スキル】を使っていた。


 アルベルトが生み出したのは、津波のような激流だった。


 ダムが決壊したことによる鉄砲水すら幼稚に見える水量と水圧は、一瞬でポールの水鉄砲を飲み込み、パーヴェルごとポールを壁に激突させた。


 浸水した謁見の間で、ポールは張り付いた壁からずり落ちて、びしゃりと水たまりの上に着水して咳き込んだ。


「ごほっ、ごほっ。お前、いつの間にこれほどの水魔術を……」

「今のは水魔術じゃない、【水流操生スキル】だ」

「んなわけねぇだろ! テメェのスキルは【スキル解放スキル】っていう意味のないハズレスキルのはずだ!」


 現実を受け止められないポールは、死に物狂いで否定してくる。


 そんな愚か者に、アルベルトは殺意を込めて、優しい声音を作った。


「だから、俺のスキルはスキルを解放するスキルだ。うちのメンバーは、全員二つ以上のスキルを持っているぜ」

「なっ!?」


 アルベルトの言葉を証明するように、視覚的なスキルを持つメンバーは、それを発現させた。


 炎や水、稲妻や土石、金属や植物をまとい、操る集団に、ポールは愕然とした。


「スキルってのはな、誰もがいくつも持っているんだ。王族は、その中のひとつを解放できるに過ぎない。けれど俺は、自分や他人のスキルを、自由に解放できる。それが俺の持つ最強スキル、スキル解放スキルだ!」

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