第6話 冒険者王子は庶民に大人気



「だいじょうぶアルト? こっちは終わったわよ」


 明るい声に振り返ると、ポニーテールに結んだ桜色の髪をなびかせる美少女が、同じく170人の少年少女たちを率いて、森の奥から戻ってきた。


 この3年で、クレアは随分と大人びた顔になった。手足は伸びて、ウエストサイズは変わらないのに、女性的な発育には恵まれたプロポーションをしている。


 おかげで、15歳のアルベルトは色々と苦労している。


 戦い終え、勝利の余韻に浸る彼女の微笑に見惚れながら、アルベルトも笑みを返した。


 すると、

「クラーラボンバー♪」


 元気な声と同時に、アルベルトの背中に、ずっしりとした重みと低反発力が襲い掛かってきた。


 クレアの顔色が変わる。


「ちょっ、クラーラあんた何してんのよ!?」


 クレアが顔を真っ赤にして声を荒らげると、アルベルトの肩口から、愛くるしい少女が、ぴょっこりと顔を出した。


 クラーラ・サンセット。

 クレアの一つ下の妹で、ツーサイドアップにまとめた黒髪と金色の瞳が愛らしく、小柄ながらも低反発力抜群のバストが自慢の、トランジスタグラマーな子だ。


 クレアとクラーラの二人は、アルベルトと同じAランク冒険者だ。


「アルトアルト、わたしもパーベキ(パーフェクトで完璧)に終わらせてきましたよ。モンスターの素材はアルトが解放してくれたストレージの中に全部入ってますよ。ほめてなでてハグしてくれてもいいですよ♪」


 クラーラと呼ばれた少女は、キュンキュンにテンションを上げながら、アルトに頬ずりをして甘えてきた。


 頬に伝わるモチモチぷにぷにの感触に、心地よいくすぐったさを感じながら、アルベルトは言葉だけは抵抗しておいた。


「おいおいお前は猫かよ?」

「え? 猫みたいに可愛いですって? アルトってば口が上手いですね。それは大胆な側室要求と解釈していいですか?」

「いいわけないでしょ!」


 アルベルトよりも先に、クレアが鋭く横槍を入れた。当然、物理的にではなく言葉的な意味でだ。


「え~、なんでなんでぇ?」

「なんでって、アルトはあたしたちの雇い主で、未来の大公殿下なんだから」

「お姉ちゃんかたい~。アルトはタメ語の友達感覚でいいって言ってんだからいいじゃんいいじゃん~」

「良くない! ほら、離れて離れて!」


 クレアの両手が、アルベルトとクラーラの間に割り込むと、左右にかき分けるようにして二人を引き離した。


 けれど、クラーラは満足げに、ニマニマと笑っている。


 ——クラーラは遊んでるなぁ、そしてクレアは遊ばれているなぁ。


 クラーラの行為が、クレアへのからかいであることは、アルベルトも承知している。


 いつも猫のように甘えてくるクラーラだが、クレアの前では、いっそう激しくなるのだ。


「まったく、油断も隙も無いんだから。あんたの恥はサンセット男爵家全体の恥なんだからね」


 口を酸っぱくしながら、クレアはアルベルトを守るように、クラーラの前に立ちはだかり、警戒する。


 妹の真意に気付かないのは、クレア本人だけだった。


 もっとも、アルベルトは、鈍感なクレアに、可愛げを感じていた。


 マイケルが笑った。


「おいおいクレア、妹に嫉妬するなよ大人げないぜ」

「そうだぞ、悔しかったらお前もおっぱい使えばいいだろ」

「何を言っているんだい二人とも、クレアにそんな女子力があるわけないだろ? クレアの巨乳はただの大胸筋なんだから」


 ロバートが提案して、ジャックがたしなめた。


 そしてクレアの上段回し蹴りが炸裂した。


 ジャックの眼鏡が割れた。玉突き事故的にマイケルが鼻血を噴いた。ロバートは華麗に避けて倒れるフリをした。


 マイケルのピュアな馬鹿さ、ジャックの賢い馬鹿さ、ロバートの計算された馬鹿さを笑ってから、アルベルトは踵を返した。


「そんじゃ、冒険者ギルドに戻るか」


 クレアが率いた170人、クラーラが率いた160人も合わせて、計500人の少年少女の先頭に立って、アルベルトは森の出口を目指した。



   ◆



 太陽が真上を向く昼頃。

 スバル王国、トワイライト領、城下都市の大通りは、500人の少年少女たちで湧いていた。


 みんな、どこの店で昼食をとるか話し合い、店主たちは自分の店に呼び込もうと、声をかけ続けている。


 その頃、アルベルト、クレアとクラーラのサンセット姉妹、眼鏡のジャック、赤毛のロバート、癖毛のマイケルの三馬鹿は、冒険者ギルドを尋ねていた。


 玄関のスウィングドアを、両手で左右に押し開けると、そこは板張りの酒場だった。


 アルベルト達の登場に、酒を飲んでいた冒険者たちは声を上げて歓迎した。


「お、我らが英雄のお帰りだ!」

「次期領主様、今日は何を狩ってきたんだい?」

「殿下のお陰で仕事がやりやすいぜ」


 その歓声に、笑顔と手で応えながら、アルベルトは丸テーブルの間を通り抜けていく。


 酒場の奥は、冒険者ギルドのカウンターになっていて、モンスター素材の買い取り査定をしてくれる。


「これは殿下♪ 本日もモンスター素材の買い取りですか?」


 受付嬢の子が、とびきりの笑顔で会釈をしてくれた。


「あぁ。ゴブリンとシビレイタチだ。量が多いから、奥の作業場へ行こうか」

「はい。ゴブリンとシビレイタチはすばしっこくて隠れるのが上手いし、シビレイタチは毒を持っているから、初心者冒険者が足をすくわれるんですよ。いなくなると助かります。殿下のおかげで、冒険者の死傷率がどんどん減っているんですよ♪」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。じゃあみんな、俺は奥に行っているから」

「うん、じゃああたしらはここで待ってるわね」


 アルベルトが離れると、クレアたちは他の冒険者たちに呼ばれて、酒や料理を振舞われる。


 アルベルトのスキルのことは秘密なので、クレアたちは周囲から、神童だと思われている。


 未来を担う超天才少年少女たちのレギオンに、冒険者たちは夢と希望を重ね、常に羨望と尊敬の念を抱いている。


 アルベルトたちのおかげで冒険者の仕事はやり易く、しかも取り分が増えているので、感謝こそすれ、嫉妬する冒険者はいなかった。





 受付嬢に案内されるまま、アルベルトは、奥の解体作業場へ移動した。


 そこで、ストレージからゴブリンとシビレイタチ、それからグラウンドビートルの死体を取り出し、山を築いた。


 査定は一日がかりなので、換金は後日だが、昨日の分の金を受け取る。


 ゴブリンとシビレイタチの買い取り額は低いものの、量が量だ。


 金貨のぎっしり詰まった革袋を、いくつも貰い、全てストレージに投げ入れた。


「それにしても、殿下のストレージスキルって便利ですよね。流石は王族」

「まぁね。おかげで大量討伐しても運搬に困らないよ。国を追われるようなことになったら輸送業者でも始めようかな」

「またそんな縁起でもない。でもそうしたらうちからお仕事回しますね」

「俺の将来は安泰だな」


 軽い冗談を交わし合ってから、アルベルトは踵を返した。


 そして、クレアたちを残して、冒険者ギルドとは別の換金所を目指した。


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 続きは今日18時に投稿します。

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