第7話 冒険者王子はリア姉に甘えたい
15分後。
アルベルトは、城下都市でも有数の豪商、ミッドナイト商会の商館を尋ねていた。
いつものように裏口から裏庭へ入ると、絶世の美少女が出迎えてくれた。
「今日も時間通りね、アル君」
殿下をアル君呼ばわりする彼女は、会頭の娘であるセシリア・ミッドナイトだ。
背が高く、胸は豊満で、長いウェーブブロンドヘアーとエメラルドグリーンの瞳が印象的な美少女で、年はアルベルトの一つ上の16歳だ。
優しそうなタレ目と物腰柔らかい雰囲気、温かい声音は、つい寄りかかりたくなるような包容力があった。
冒険者業を始めてから、母親を含め、大人から疎まれているアルベルトにとって、彼女のような女性は、甘えたくなる魅力があった。
「商売は信用が第一だからな。俺は時間を守る男だぜ」
「えらいよアル君。いい子」
セシリアは、遠慮なしにアルベルトの頭をなでてくる。けれどアルベルトは、くすぐったいぐらいの心地よさに頬を緩めた。
本当に、王族学院にいた頃に比べれば、今は天国のようだった。
「じゃあみんな、アル君から商品受け取って」
セシリアの呼びかけで、商館の中から作業着姿の少女たちがぞろぞろと現れた。
彼女たちは、モンスターの素材を解体する技術を持った少女たちだ。
「ほい」
アルベルトが、ストレージから裏庭にモンスターの死体を大量に出す。
すると、セシリアが目を光らせた。
三年前、アルベルトが解放してあげた【鑑定スキル】だ。
「ゴブリン235体、シビレイタチが198体。ブルーベア2体、トゲイノシシ6体、ヨロイタヌキ4体だね」
一目見ただけで名称と個数を看破してから、それぞれの状態の良し悪しに触れていく。
状態が少し悪いのは、大きな切り傷を作って討伐したもの。
状態が悪いのは、火炎魔法などで焼き払ってしまったものだ。
レギオンには、魔術を主体とするメンバーもいる。眼鏡をかけたジャックがそうだ。彼は弓兵だが、魔術スキルも解放している。
「換金はお金じゃなくて、また全部火薬と鉛?」
「ああ。金貨は冒険者ギルドで手に入るからな」
「OKだよ。じゃあ、前回の分の火薬と鉛は中に用意しているから。ストレージに入れたらお茶にしようね」
言いながら、セシリアは優しく手を握り、アルベルトを商館の中へと引き入れた。
クラーラと違ってあざとさはないものの、セシリアも、スキンシップが多い。
こうして彼女に触れる度、アルベルトは自分が好かれていることを実感できて、幸せだった。
裏口近くに積んであった木製のコンテナから、大量の火薬と鉛をストレージに入れてから、アルベルトは応接室に通された。
アルベルトがソファに腰を下ろすと、セシリアはテーブルを挟んだ対面側ではなく、肩が触れ合うように、すぐ横に座ってくる。
「リア姉、近くないか?」
「うん、近いよ。イヤ?」
「い、嫌、じゃないです」
嫌と言えるわけもなく、アルベルトは心地よさに屈した。
セシリアは目元をゆるめてニッコリ笑った。
それから、二人は他愛のない雑談に興じた。
ただし、雑談と言っても、セシリアの話す内容は国内外で起こった出来事が大半だ。商人は情報に通じる。
アルベルトがセシリアの元へ尋ねるのは、情報収集を兼ねてのことだ。
やがて、話題は自然と、互いの仕事に関する悩みへと移っていく。
「やっぱり、商人としては通行税が悩みのタネなんだよね。町から町に移動する時、いくつもある関所を通るたびに通行税を払わされるから、その分の値段を商品に上乗せるから高くなっちゃう。馬車や荷車一台ごとに払わされるから、一台に出来るだけ多くの商品を積むんだけど、そのせいで車が壊れて立ち往生する人もいるし」
アルベルトは、三年前の光景を思い出した。
学院から戻ってきたあの日、荷車が壊れて横転していた行商人を目にした。
ヨーゼフは、彼のことをケチって安物の荷車を用意した挙句欲張って多くの商品を積んだ愚か者として扱った。
でも、実際は高すぎる通行税に苦しめられた、苦渋の決断だったに違いない。
「産地だと銀貨一枚で帰る商品が、隣町だと銀貨二枚で売られていることだって珍しくないんだから。商人の間じゃ有名な格言にこんなのがあるよ。『仕入れ値は商品の価値ではなく関所の数で決まる』てね」
「次期領主としては耳が痛いよ。俺も無いほうがいいとは思うけど、父さんの話だと、通行税を廃止したら各地の領主たちの反発を招くから無くせないらしいんだ」
トワイライト領、と言っても、その何割かは家臣である貴族に与えている。
そして、関所と通行税は、その土地の領主の管轄だ。
つまり、トワイライト領での通行税廃止は、家臣である貴族たちの収入源を減らす、ということでもある。
味方である家臣からの反発は、目に見えている。
「廃止するには、家臣たちを押さえつけられるだけの力を持つか、各地の次期当主を俺の仲間から排出するか、だな」
アルベルトが率いる500人の仲間たちの中には、家を継げない貴族の次男三男も多くいる。
各貴族の当主を、長男ではなく彼らにすれば、アルベルトに反対はしないだろう。
「あ、そうだ。話は変わるけど、もうすぐマイケルの妹が五歳の誕生日なんだけど、子供用のオモチャ売ってる?」
「う~ん、うちは子供用品の組合に入っていないから、仕入れられないんだよね」
困り顔で、セシリアは眉根を寄せた。
セシリアの言う組合とは、各商品の組合だ。
武器を売るなら武器組合、油を売るなら油組合に加入して販売権を買い、毎月更新料を支払う。
組合は、未加入の商人が勝手に商品を取り扱っていないか、厳しく取り締まっている。
「あっちは教会の管轄だからなぁ。前に父さんが組合を廃止して自由経済にしようとしたら、教会の連中が『神への冒涜』とか『神罰が下る』とかしまいには『大公様が死んだ時、葬儀に支障をきたす』とか言ってくるんだぜ? 金に必死すぎだろ。だから【坊主丸儲け】なんて言葉が生まれるんだ」
実際には、坊主は元手がかからない、という意味だが、語感として、セシリアは理解した。
令和日本では、神仏に仕え葬式を行う組織、というイメージの強い僧侶だが、中世時代の僧侶たちは、現代とはまったく異なる組織だった。
多くの既得権益や特権を持ち、高利貸しや武器の製造販売まで行っていた。
この世界の僧侶もその例に漏れず、神の名を借りて多くの既得権益で荒稼ぎをして、貴族たちを困らせていた。
しかし、信仰心の強い時代なので、逆らえば地獄行きだと恫喝されれば、誰も逆らえない。
「アルトー」
重たい馬蹄の音に、バルコニーへ視線を向けると、クラーラの声が聞こえてきた。
セシリアと二人で庭に出ると、裏門の方から、黒いバイコーンに乗ったクラーラが、常歩でゆっくりと現れた。
バイコーンとは、ユニコーンと同じ聖獣の一種だ。
魔力を持っているという広義の意味ではモンスターだが、魔獣と揶揄される一般のモンスターと違い、聖獣は人を襲うことはない。
バイコーンは、ヒツジのように捻じれた二本のツノを持つ馬で、その馬力、瞬発力は馬の比ではない。
常人に乗りこなせるシロモノではないが、クラーラは【テイマースキル】という、人間以外の生物を仲間にできるスキルを持っている。
おかげで、アルベルトたちはバイコーンを仲間にするたびに愛馬として、この三年間で、バイコーンの繁殖にまで成功していた。
レギオンがスバル王国中の森や山でモンスターを駆逐して回れるのも、このバイコーンによる高速移動のおかげだ。
「やっぱりここにいましたね。もう、アルトってばわたしとお姉ちゃんの姉妹丼では飽き足らず、セシリアさんにまで手を出すなんて、えっちなんだから」
「え? アルト君そういう目的だったの? お姉ちゃん嬉しいな」
「いや、違うし!」
「え? お姉ちゃんとえっちなことしたくないの?」
「えぇっっ!? そ、それは……」
アルベルトが狼狽して視線を泳がせると、セシリアがそっと、耳打ちしてきた。
「お姉ちゃんはOKだよ」
「はぶっ!?」
アルベルトが、赤くゆだった顔をうつむかせると、クラーラが下馬して耳打ちしてくる。
「あんまりデレデレしていると言いつけちゃいますよ」
「なんでクレアが出てくるんだよ!?」
「あれれ? 誰もお姉ちゃんなんて言ってませんよ? アルトはお姉ちゃんのこと好きすぎじゃないですか? ん? ん?」
「お前なぁ」
「そうだよ、アルト君はお姉ちゃんのことが大好きなんだよね」
「リア姉はちょっとおとなしくしてくれ、さばききれないから! ていうかクラーラ、何か用事があったんじゃないのか?」
「あ、そうだった。ポールが呼んでますよ」
「ポールが?」
アルベルトは、顔面筋を総動員して渋面を作った。
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