第13話 彼女にありがとう
「了解!」
命令に疑問も何も差し挟まず、言われるがまま、クラーラはすぐ横を駆け抜けていった。
クレアはバイコーンから飛び降りると、愛用のパルチザンを構えて、雄々しく、ルビードラゴンと対峙した。
「さぁ来なさい! アルベルトの槍が相手になるわ!」
恐怖を吹き飛ばすように、クレアは声を張り上げた。
その声に、先頭に立って対峙する姿に励まされ、他のメンバーも武器を構えた。
「ここで足止めだ! 全員放て!」
アルベルトの指示で、38人が一斉に、自分が放てる最大の攻撃を放った。
攻撃スキルを持つ者はスキルで、そうでない者は、多少ウロコで防がれてもいいからと、あらんかぎりの魔力を武器に込めて、法術攻撃を放つ。
アルベルト自身も、ストレージから愛用のマチェットソードを取り出すと、水法術で、水の斬撃を放った。
けれど、どれもルビードラゴンには効果が薄かった。
——くそ。魔法は全部効果が半減。スキルでも炎と雷と冷気は半減。スキルの岩や鋼みたいな物理攻撃は、そもそもダマスカス鋼より硬いウロコだから効かない。本当に完璧生命体かよ!
三秒もしないうちに、クラーラ早く、と歯噛みするような焦燥感が募る。
けれど、ルビードラゴンが小癪な小動物に対する怒りを爆発させようとした時、アルベルト達の後方から銃声が鳴った。
続けて、大地が揺れるような振動が、アルベルト達の足に伝わってくる。
「来た! 全員木の上に退避しろ!」
言われるがまま、全員武器を収めて、駆け登るようにして木の上を目指した。
アルベルトは、先ほど創り出した切り立った巨岩を、ストレージに入れてから、木に登り、太い枝の上に立つ。
ルビードラゴンは、地面の振動と、それから響いてくる無数の足音の正体に気を取られていた。
数秒後。森の奥から、四本ツノの牛の群れが押し寄せてきた。
牛型モンスターたちはパニックを起こし、ルビードラゴンに構わず、その足元を駆け抜けていく。
木の上でやり過ごす俺らとは違い、ルビードラゴンは真下に顔を向け、戸惑うように鳴き声を上げ、足をその場にとどめた。
その隙を見逃さず、アルベルトは木の上から飛び上がった。
【水流操生スキル】で、水を足の裏からジェットのように噴射させながら、アルベルトはルビードラゴンの頭上30メートルを取った。
そして、ストレージから切り立った巨岩を取り出した。
空に光の穴が開いて、そこから尖った先端を真下に向けた巨岩が落下する。
ストレージに入れている間は質量を無視できるが故の、反則じみた攻撃だ。
頭上の気配に気が付いたのか、頭を上げようとしたルビードラゴンの脳天に、巨岩が激突した。
真紅の頭が、抗いきれない超質量と衝撃に潰される。
頭蓋は岩と地面の下敷きになり、土砂を巻き上げながら、完全に埋没してしまう。
またも、ウロコが真価を発揮できない攻撃を、今度は脳天に叩き込んだ。
二度目の衝撃に耐えきれなかったのか、岩は砕けて地面に散乱する。
その地面に着地をキメて、アルベルトは息を着いた。
これで駄目なら、もう打つ手はない。
けれど、緊張と焦りがせめぎ合う中、瓦礫を突き破り、ルビードラゴンの頭がはい出した。
「三回戦かよ!」
苦笑を浮かべながら、アルベルトは叫んだ。
ルビードラゴンも叫んで、前足を振り下ろしてきた。
剣のように長く鋭利な爪がズラリと並んだ前足が、大気を斬り裂きながら迫る。
「アルト!」
そこへ、すかさずクレアが滑りこんできて、パルチザンの先端で、巨大な手の平を弾いた。
「硬った! ダマスカス鋼の槍で無傷ってどんなウロコよ!」
「いや、大収穫だよクレア」
「え?」
「いくらなんでも、エルダードラゴンの一撃を、人間がはじけるわけがない。あいつ、脳震盪で頭の中はゲロゲロだ」
クレアの口元に、好戦的な笑みが浮かんだ。
「つまり、今が大チャンスってわけね」
ストレージから槍を取り出して、アルベルトも笑った。
「ああ、トカゲ野郎に見せてやろうぜ、Aランク冒険者の力をな!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」
最強のモンスターは、狂ったように左右の爪を振るい続け、容赦なく命を刈り取りに来る。
それを、クレアとアルベルトは、槍で、息を合わせて弾いていく。
三年間、共に矛を交えたが故の、息の合った攻撃で、ドラゴンの爪をさばいていく。
その戦いを見守る仲間たちは、あまりにも現実離れした光景に絶句しながらも、食い入るように瞠目した。
けれど、均衡が崩れるのは一瞬だった。
ルビードラゴンが、感情的に体を回転させて、長く屈強な尾で辺り一帯を大きく薙ぎ払ってきた。
途端に、アルベルトは何かに足をすくわれ転んだ。
それがクレアの槍の仕業であることに気が付いた時、アルベルトの視界に映ったのは、彼女が槍で尾の一撃を受け止め、人形のように軽々と吹っ飛ばされる瞬間だった。
「クレアぁああああああああ!」
「■■■■■■■■■■■■!」
ルビードラゴンが噛みかかってきた。
運命を絶とうと、迫りくる凶悪な牙列に、アルベルトは真っ向から立ち向かった。
今すぐクレアの元に駆け付けてやりたいも、それでは、彼女の想いを無駄にしてしまう。
地面を蹴り、鋭利な槍の穂先を突き出した。
全身の、あらん限りの力を込めた一撃は、ルビードラゴンの左眼球を貫通する。
そのまま、眼底を砕き、穂先は脳にまで達した。
「体の中なら効くよなぁ!?」
【雷撃操生スキル】で、脳髄に直接稲妻を叩き込んでやる。
ルビードラゴンの眼と鼻から、赤い血潮が噴き出した。
巨体が弛緩して、前のめりにゆっくりと倒れこんだ。
10トン級の巨獣が地面に激突すると、衝撃で土ぼこりが舞い上がった。
けれど、アルベルトは一顧だにせず、すかさずクレアの元に駆け寄った。
「クレア!」
「あぁ、アルト」
木の根元で倒れていたクレアは、ひょっこりと上半身を起こした。
どうやら無事らしい。
それでも、アルベルトはすぐさま駆け寄り、しゃがみ込むと彼女の体に回復魔術をかけた。
「無事でよかった。心配させるなよ」
「心配してくれてありがとう、でも……アルトがくれた槍が……」
眉を八の字に垂らして落ち込むクレアの視線を落とした先には、柄が真っ二つにへし折れたパルチザンがあった。
三年前、アルベルトが彼女にプレゼントした一級品の槍だ。けれど、流石にエルダードラゴンの一撃には耐えられなかったらしい。
そのことを気にするクレアに、アルベルトは胸が高鳴った。
ルビードラゴンが爪を振り下ろした時、クレアは迷わず助けに入ってくれた。
ルビードラゴンが尾で薙ぎ払ってきた時、クレアはまずアルベルトを回避させてから、自分は尾の餌食になることを選んだ。
どちらも、判断する時間はコンマ一秒にも満たなかっただろう。
迷うことなく、脊髄反射の領域で自分のことを優先してくれたという事実に、アルベルトは感動していた。
アルベルトは、王族学院で人間が持つ醜さに触れてきた。
分家だからと虐げられ、誰からも愛されなかった。
その一方で、クレアのような子もいる。
クレアの存在が、この世界に対する希望に思えた。
むしろ、そんな子が、自分のそばにいてくれることを、世界に感謝したくなった。
だから、アルベルトは自然と頬を綻ばせながら、彼女に語り掛けた。
「気にするな。ただの槍だ。お前が無事ならそれでいい。槍ならもっといいのをやるさ」
そう言って、アルベルトはクレアの全身に回復魔術をかけ続けながら、腕の中で抱きしめた。
クレアも、恥ずかしそうにはにかみながらも、体重をアルベルトに預けた。
そして、互いの体温を共有し合う二人に、クラーラは唇を尖らせた。
「え~、そこはチューでしょう?」
「チュッ!? クラーラ!」
アルベルトから逃げるように立ち上がり、クレアは走り出した。
そしてクラーラは、嬉しそうに追いかけられ続けた。
そんな光景を眺められることが、アルベルトには幸せでならなかった。
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