第32話 兄弟戦争決着

 アルベルト軍とアルベール軍の戦いは、アルベルト軍の圧勝だった。


 クラーラが、ジャックが、ロバートが、マイケルが、レギオンの500人が、三年間鍛え上げた【剣術スキル】や【槍術スキル】、【斧術スキル】や【魔法スキル】で、大人の騎士たちを駆逐していく。


 その現実に、アルベール陣営は絶望し、青ざめていく。


 アルベール軍の兵は、誰もがプライドの高い正統な貴族や騎士の家系、それも家督を継ぐ長男や、次男三男でも上級貴族の出身だ。


 対するアルベルト軍は、下級貴族や騎士家の次男三男に女子、それどころか平民や農民出身者までいる。


 なのに、その武器さばきは、まるで20年以上も修練を重ねたベテラン騎士の風格があるではないか。


 さらに、一部の少年少女は、操生系のスキルを使う。


 これについては、その属性に該当する魔法でも使っているように見えるのかもしれない。それでも、年端もいかない子供が、一流クラスの魔法を行使しているように見えて、畏怖した。


 誰もが絶望し、現実逃避をした。

 どうして自分たちがこんな奴らに負ける?

 自分はこんなところで死んでいい人間じゃない!

 これは悪夢だ、早く覚めろ!


 栄えある貴族として生まれ、輝かしい道を歩み、成功の未来が約束されている自分が、何故こんな低俗な生まれで掃き溜めの冒険者に身をやつす愚民に敗北するのか、自分はこいつら以下の存在だとでも言うのか?


 最後までそんな想いを抱きながら、死んでいった。


 その極右たるヨーゼフが叫んだ。


「何故だ!? 何故我らが負ける!? こんな騎士としての知識も教養もない低俗な烏合の衆に何故!?」

「そんなの、お前らが低俗な烏合の衆だからに決まっているだろう?」

「アルベルト様!?」


 かつての主君を目にして、ヨーゼフは戦場で目を剥き、たじろいだ。


「何が騎士としての知識と教養だ。自身の活躍に応じて出世と恩賞を得る貴族や騎士にとって、仲間は同時にライバルでもある。いかにして仲間を出し抜き、自分が多くの手柄を挙げるかが重要だ。槍隊、騎馬隊など同じ役割の人材同士で集まればなおさらだ。けどな、俺ら冒険者は違う。タンク、アタッカー、シューター、ヒーラー、まったく異なる役割の人材が互いに協力し合って、連携してモンスターと戦う。チームワークに関して言えば、正規の騎士よりも、お前らの蔑む冒険者の方が、遥かに上なんだよ!」


 レギオンが優勢なのは、スキルのおかげだけではない。


 確かにレギオンの面々はベテラン騎士並の実力を持つが、同じくベテランの騎士は、アルベール側にもいる。


 けれど、その誰もが独立独歩の戦い方だ。


 三年間、冒険者業に勤しんできたレギオンの少年少女たちのような連携は、望むべくもない。


 そも、槍隊や鉄砲隊の一糸乱れぬ動きによる攻撃も、冒険者をやってきたアルベルトならではの発想だ。


「そ、そんなわけが……」


 うろたえるヨーゼフに、そして戦場のアルベール軍全員へ、トドメの一撃とばかりに、アルベルトは【音声操生スキル】で叫んだ。



「この逆臣共が! この俺、アルベルト・トワイライトを! 先代アーダルベルト・トワイライトが認めた正統後継者であり、現トワイライト大公と知っての謀反か!? 主君を裏切った逆賊として歴史に名を残し、後世の歴史家からそしりを受けるがいい!」



 最大出力の【音声操生スキル】は、その声を戦場の端々まで届けた。


 アルベール軍全体に動揺が広がった。


 開戦前ならともかく、敗色濃厚なこのタイミングで、これは効いた。


 貴族は何よりも名誉を貴ぶ。


 今まで自分らが馬鹿にしてきた、歴史上の逆臣や悪役に、自分らはなろうとしている。勝てば官軍負ければ賊軍。


 クーデターを成功させ、新たな王家を築いた英雄と、逆賊の違いは、結果論でしかない。


 そして英雄を夢見た自分らは、敗北により逆賊に落ちるのだ。


 アルベール軍は大半が逃げ腰になり、そのまま逃亡する者まで現れた。


「待て、貴様ら、敵を前に逃げるとはそれでも貴族か!?」

「降伏しろヨーゼフ! 今なら命までは取らないぞ!」


 だが、ヨーゼフは激昂し、アルベルトの話を聞かなかった。


「黙れ! 甘言を用いて陥れるなど王族の風上にもおけぬ! やはり貴様は大公に相応しくない。貴様を跡継ぎにしたことは、アーダルベルト様最後の失策だ! 忠臣として、この国の未来のため、今ここで貴様を討つ!」


 その言葉で、アルベルトの中で何かが終わった。


 幼い頃から知る人間に対する情を、憎しみと、そして義心が上回った。


 こいつは駄目だ。

 こいつは生かしておけない。


 民を人とも思わず、己を正当化するためなら、かつての主君すら貶める。


 なによりも、アルベルトの脳裏には、自分に当主を任せてくれたあの日の記憶が、鮮明に残っている。


 あの時の父親の想いを、願いを、失策と罵るヨーゼフを、許しておけなかった。


「そうか、ならもういい」


 頭上に掲げた剣を、勢いよく振り下ろしてくるヨーゼフへ、叩きつけるように叫んだ。


「あの世で父さんに謝れ!」


 アルベルトの手が、マチェットソードを閃かせ、ヨーゼフの首を跳ね飛ばした。


「もっとも、父さんは天国でお前は地獄だから会えないだろうけどな」


 ヨーゼフの死体には目もくれず、アルベルトはバイコーンの背に飛び乗り、敵本陣を目指した。




 本陣へ行くと、まさにアルベールが、馬に乗って逃げるところだった。


 他の兵は、アルベールを捨てて先に逃げている。


「見つけたぞアルベール!」

「くそっ、こんなところで殺されてたまるか!」

「させませんよ!」


 アルベールが馬の腹を蹴った直後、どこからから一発の雷撃が飛来し、アルベールの馬を焼き殺した。


「ぎゃぁあああ!」


 感電しながら落馬して、アルベールは悲鳴を上げた。


「アルベール、お前には言いたいことがたくさん……ん?」


 倒れたアルベールに駆け寄ると、気絶していた。


 雷撃を撃った犯人、クラーラが、遅れて駆け付けた。


「あれ? 雷撃が強すぎたみたいですね? どうします?」


 殺しますか? というニュアンスで、クラーラは、アルベールの首筋に剣先を当てた。


「いや、やめておこう……」


 意識のない弟を斬り殺すことを考えると、アルベルトは鼻白んだ。


 なんとも間抜けな幕引きだ。


「代わりにこれでいい」


 【氷塊操生スキル】を発動させると、アルベールの首から下が、白く凍り付いていく。氷はみるみる成長して、とうとうアルベールの体は巨大な氷塊に呑み込まれてしまった。


「意識を取り戻した頃には、しもやけと凍傷で酷い目にあうだろう。回復魔術をかけてもらえるまで、せいぜい苦しめ」


 眉間にしわを寄せて吐き捨てると、アルベルトはクラーラの頭を愛しそうになでてから、【音声操生スキル】で声を張り上げた。



「アルベール・トワイライトを捕縛した! 我らの勝利だ!」



 戦場中で歓声が沸いた。


 こうして、トワイライト家を二分した兄弟喧嘩は、アルベルトの勝利に終わった。



   ◆



 アルベルトの放送を聞くと、エドワードはあっさりと槍を引いた。


「どうやら戦いはここまでのようだ」

「え?」


 クレアが意外そうな顔をすると、エドワードは涼し気に笑った。


「貴君は私の命が願いだったか?」

「い、いや……」

「ならいいだろう。主が負けたなら、私もアルベルト殿に従おう。いかなる処罰でも受けるつもりだ」


 言って、エドワードは騎士の命である槍を、敵であるクレアに放り投げた。


 クレアが槍を受け取ると、エドワードは馬からも降りて、武装解除する。


 エドワードの、あまりに清廉潔白過ぎる対応に、クレアはすっかり毒気を抜かれてしまった。


 でも、心身には力が充実していた。


 そしてクレアは、とある決意を固めた。



   ◆



 それから、アルベールは命こそ助けられたが、領地没収の上、屋敷に謹慎。


 親戚たちをまとめていた従兄弟のアルバートは逃亡、行方知れずになった。


 そして、戦後処理が終わった日の夜。


 アルベルトの私室を、クレアが訪ねてきた。


 彼女とは一度話がしたかったので、アルベルトにとっては願ってもなかった。


「こんな夜にどうした? まぁ入れよ」

「うん」


 彼女らしい、勝気な表情で部屋に入ると、クレアはドアを閉めて向き合ってくる。


「ねぇ、アルトって、あたしのこと好きなのよね?」


 ずいっと顔を近づけながら、唐突な確認をされて戸惑う。


「な、なんだよ急に。それは、この前言っただろ」

「じゃあ、証拠にキスしてよ、今、この場で」


 さらに詰め寄り、顔を近づけながら、クレアは真顔で見つめてきた。


「えぇ!?」

「んっ」


 と、唇を軽くとがらせるクレア。


 好きな女の子のキス顔に、アルベルトは心臓が高鳴るどころか跳ね上がった。


 ——い、いいんだよな?


 と誰かに確認しながら、アルベルトはクレアを抱き寄せて、そのくちびるにキスをした。


 沸き上がる熱い感情を抑え込みながら、好きな人とのファーストキスに、アルベルトは無限の達成感を得る。


 口を離すと、クレアがにっこりと笑った。


「えへへ。あたしのはじめてあげちゃった。ねぇアルト、政治的な問題もあるし、あたし、正室は諦める。だけど将来、絶対にアルトの側室になって、気持ち的にはアルトの一番になるから、覚悟しててね」


 挑戦状のように宣言して、ぱちん、と魅惑的なウィンクを飛ばしてくる。


 それで、アルベルトは鼻息を荒くしながら思った。


 ――いや、もうぶっちぎりで一番です。


 アルベルトは、もう一度クレアを抱きしめると、あらためてキスをした。

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