第33話 この王の器の差よ……


 アルベールを討ち果たした一か月後の昼。


 アルベルトは、会議室ではなく、広い謁見の間で、ラルフやセシリアを含めた、レギオン全員、さらに、アルベルトがスキルを解放してあげたアンナ率いる鍛冶部門の面々、ミント率いる木工部門の面々、それら全員の前で宣言した。


「スバル本家の城下都市、すなわち王都を攻める! 出撃は、今から一週間後だ!」


 謁見の間に、期待のため息が広がった。


 皆、この日を待ち望んでいたのだ。


「組合、関所、通行税の撤廃で、スバル領の商人の多くが、俺らトワイライト領に流れ込んできている。必然的に、スバル領内の生産物も多くがこちらに流れ込み、連中は物資を手に入れるのに苦労し、疲弊してきている。でも、これ以上長引かせると、対抗策を打たれるかもしれない。だから今が攻める時だと思う」


 仲間たちの表情が引き締まり、誰も不安を抱えていないことを確認して、アルベルトは力強く頷いた。


「ジャック。こちらの戦力は?」

「旧オーガス領とギヨーム領を含めた、全トワイライト領、このスバル王国の四割が今やアルベルトの統治下だ。レギオン500人、長槍隊1500人、連弩隊1000人、弓兵隊400人、軽装歩兵800人、重装歩兵400人、騎馬隊400人、鉄砲隊800人、計5800人だよ」


 眼鏡の奥で、ジャックは自慢げに笑った。


「矢弾は何発用意できた?」

「弓兵の矢、40万本。連弩の矢、1000万本。鉄砲の弾薬400万発分」

「兵糧は?」

「余裕をもって6000人の兵、1か月分の兵糧を手配したよ。肉、野菜、芋、豆、パン、バランスよくね」


 眼鏡の位置を直しながら、ジャックは得意げに胸を張った。


「よし、クラーラ。バイコーンは何頭出せる?」

「バイコーンは二歳で普通の馬並に働けますからね、この数か月で二歳になったバイコーンを投入すれば150頭は動かせますよ♪」

「流石だ。それと、近頃、領境の村の畑が焼き討ちにあっている。だけど、俺らは進軍中、スバル領の村には一切手を出さないように!」


 アルベルトは、口を酸っぱくして、強く言い含めた。


「今は敵側の領民だけど、俺がスバル王国の王になったら、俺の臣民になるんだ。大切にするべきだ。なによりも、関係ない奴を不幸にして戦に勝つような真似を、俺はしたくない!」


 潔癖とも言える高潔さだが、むしろ、みんなはアルベルトの人間性に感心して、当然だ、とばかりに頷いてくれた。


「それとラルフ。お前はタウルス王国出身だったな?」

「いかにも」

「じゃあ、ちょっと冒険者ギルドに行ってクエストを出してきてくれ。向こうが必要だと言ったら、ラルフも同行して欲しい。詳しくは後で話すよ」

「御意」


 ラルフは、厳格な態度で頷いた。


「じゃあみんな! 勝つぞ!」

『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 謁見の間の、誰もが拳を突き上げ声を上げ、必勝を誓った。


 その姿に、アルベルトは勝利を確信した。



   ◆



 翌日の夜。


 王城の会議室で、パーヴェル国王とポール王太子は、スパイが持ち帰った情報に上機嫌だった。


「ほうそうか、アルベルトの奴が発つのは今から六日後か」

「父上、6000の軍勢の進軍スピードを考えれば、移動には4日はかかるはずだ。バイコーンは150頭。先遣部隊がいたとしてもそれだけ。なら、問題ない」

「うむ。こちらは王都の守備隊を含め、スバル軍本隊12000。加えて、我が領内に逃げ込んできたアルバート殿の軍1000。数はアルベルトの倍だ」


 パーヴェルの視線は、円卓の席に座る男性、アルバート・トワイライトへ向けられた。


 アルベルトの従兄弟で、親戚たちをまとめてアルベール側につき、敗北して逃亡中の身だが、本家を頼っていた。


 アルバートが、パーヴェルの顔色をうかがうように尋ねた。


「陛下、アルベルトを倒した暁には、トワイライト家の当主は……」

「無論、お主だ。その代わり、旧ギヨーム、旧オーガス領は返してもらうぞ」

「ありがとうございます!」


 アルバートの浮かれように、ポールはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。


「し、か、も、今回はそれだけじゃない。こっちはスバル領内の冒険者5000人を駆り出すんだ。負けるわけがない」

「目には目を歯には歯を、という奴だな。栄えある我が幕下に、冒険者風情を紛れ込ませるのは業腹だが、なに、野蛮な猿同士で潰し合わせると考えれば、問題なかろう」


 冒険者のことを徹底的に見下した、典型的な王侯貴族にありがちな発言だった。


 しかも、助けが必要な癖に、自身を正当化するための言い訳まで作る。


 だが、二人の濁った瞳には、自分らの愚かな言動など映っていない。


 常に正しいのは自分であり、自分らの価値観が常に正しく、意に沿わないものは全て間違っている悪。


 それを頭と心の底から信じて疑わない。


 まさに、地球を中心に宇宙が回っていると思う【地球中心天動説】ならぬ、【自分中心他動説】だ。


「でも父上、流石に5000人もの冒険者を雇うと、金がかかるよ?」

「拘束時間を短くすればいいだろう。連中が発つのは六日後、移動時間を計算すれば、連中が王都に着くのは10日後だ。冒険者には、九日後、王都に集まるよう伝えればいい」

「それもそうか。じゃあ父上、これはオレからの案なんだけど、夜の間に連中の輸送部隊に火を放って食料を焼くんだ。その上での焦土作戦はどうかな? 連中は最短ルートで来るだろうから、その間にある村を焼き払って、途中で物資を補給できなくするんだ」


 嗜虐的な笑みを浮かべるポールに、パーヴェル国王も邪悪な笑みを浮かべた。


「それはいい。餓えて苦しみ疲れ果てたところに待ち構えるのは、自軍の三倍の敵兵というわけだ。奴らの絶望する顔が目に浮かぶ!」

「それから、平原の戦いじゃ連中の火縄銃が有利だから、ここはあえて王都内に引き込もうよ。狭い路地を利用すれば、射撃武器なんて怖くないだろ?」

「ふ、流石は我が息子、知恵が回る。お前は、希代の知将かもしれんな」

「当然だろ? ま、他の連中が馬鹿なだけかもだけどさ」


 愚鈍な親子は、腹の底から高笑う。


 今、話した全ての計画が、破綻するとも知らずに。



   ◆



 六日後。

 アルベルト軍5800人は、奇妙な出陣を始めた。


 なんと、全員鎧を付けずに、鎧の下に着る運動着姿だった。


 その恰好で、一斉に皆でマラソンを始めたのだ。


 荷物はなく手ぶらで、重たい甲冑も身に着けず、まるで近所を散歩するような気安さで、誰もが街道を走り続けた。


 その先を走るのは、馬に乗った騎馬隊と、バイコーンにまたがったレギオンメンバー150人だ。


 荷物は全て、【ストレージスキル】を持つアルベルト、クレア、クラーラが持っているので、輸送部隊はいない。




 わずか一時間後、領境に近づくと、バイコーンや馬にまたがるアルベルトたちは止まった。


 バイコーンから降りると、アルベルト、クレア、クラーラは、全員分の鎧と武器を出し、400人の騎兵が街道に並べていく。


 その間に、アルベルト、クレア、クラーラは、ストレージから、550台の荷車を取り出し、バイコーンと騎馬に連結させた。


 レギオンの中で、回復魔術と肉体強化魔術の使えるメンバーが騎馬とバイコーンを回復、強化させていると、後続のマラソン部隊が追いついてきた。


 到着した兵士から順に鎧を着て、重たい重装歩兵や、大柄な兵士はバイコーンの、それ以外の軽い兵士は騎馬の牽引する荷車に乗り込んでいく。


 そして、荷車がいっぱいになった馬やバイコーンから順に走り出す。


 肉体強化魔術、名前の通り、肉体機能を強化する魔術は、騎馬とバイコーンの牽引力を飛躍的に上げ、5000人以上の兵士たちを、人の全力疾走と変わらない速度で運んでいく。



 

 すると、途中で黒煙の上がる村を発見した。


 先頭を走るアルベルトは、【音声操生スキル】で全員に指示を出した。



「村が襲われている! 未来の領民を見捨てるわけにはいかない! 助けに行くぞ!」



『了解!』


 5800人の仲間たちは、力強く声を上げた。

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