第34話 王都市街戦


 スバル王城、謁見の間に、伝令兵の悲鳴が響いた。


「陛下! アルベルト軍が王都に向けて進軍中! 数時間後には到着するものと思われます!」

「何!?」

「おいお前、何寝言言ってんだよ!」


 玉座のパーヴェル国王とポールは、驚愕しながら、伝令兵をどやしつけた。


 が、伝令兵は首を横に振った。


「アルベルト軍は、兵士を乗せた荷車をバイコーンと騎馬で牽引し、凄まじい勢いで街道を移動しています!」

「待て! 出発は今日ではないのか? 四日かかる道を何故一日で走破できる!? 輸送部隊への焼き討ちと焦土作戦はどうなった!?」


 国王にまくしたてられて、伝令兵は委縮しながら口を動かした。


「焼き討ちは夜の予定でしたし、そもそも、奴らには何故か輸送部隊がいません。今日中に到着予定のためでしょうか。また、その焦土作戦中にアルベルト軍が村に現れ、わが軍の兵は駆逐されました。村人や町人たちはアルベルト軍に感謝している始末です!」

「そもそもなんでそんなに早く移動できんだよ!?」


 ポールが怒髪天を衝くような勢いでがなるも、伝令兵は、わかりませんと答えることしかできなかった。




 この世界には、魔術が使えたとしても、回復魔術や肉体強化魔術を、馬にかけるという概念はない。


 地球の人類史においても、馬車と乗馬の誕生には、数百年の隔たりがある。


 それはつまり、馬に馬車を引かせておきながら、馬の背中に直接乗るという単純なことに、数百年間、気づかなかったというわけだ。


 同じように、魔術は人間に使うもので、馬に使う、という概念は、まだないのだ。

 



「どうするんだよ父上!? 冒険者が到着するのは四日後なんだろ!?」

「やむをえん!」


 パーヴェルは立ち上がり、伝令兵に向かって腕を振るった。


「冒険者ギルドへ赴き、今すぐ冒険者を王都に召集せよ!」

「ま、間に合うでしょうか」


 スバル王国は小国と言っても、狭いようで広い。


 今から各地の冒険者ギルドへ応援を頼み、それが冒険者に伝わり、冒険者が王都へ向かっても、到着はいつになるかわからない。


「戦後に到着した者は反逆罪で処罰すると言って焚き付けるのだ! 早く行け!」

「御意!」


 伝令兵が慌てて謁見の間から出て行くと、パーヴェル国王は玉座に座り直して、大きく息を着いた。


「よく聞けポール、まずは落ち着くのだ。奴らを疲弊させる作戦は失敗したが、もとよりこちらの人数は奴らの2倍。それに市街戦に持ち込めば得意の火縄銃は使えん。奴らは、民家に潜む伏兵に苦しむのだ。王都以外の冒険者は間に合わないだろうが、戦とは一日で決着がつくものではない。今日をしのげば明日からは応援の冒険者が続々と駆け付け、奴らを追い詰めるだろう」


「だ、だよな。大丈夫だよな?」


 ポールが苦笑いを浮かべると、新たな伝令兵が駆け込んで叫ぶ。


「アルベルト軍は●◆町を出ました! 今から一時間後には、王都へ着くものと思われます!」

「「なぁっ!?」」


 パーヴェルとポールの顔が引き攣った。



   ◆



 スバル王国王都の入り口、街道へと続くその主要道路には、2000のスバル兵が布陣していた。


 アルベルト軍とはまともに戦わず、ある程度相手をした後は、市内へ引き込むよう言明を受けている。


 だが、彼らにそんな余裕はなかった。


 開戦の合図は、800発の銃声から始まった。


 弾頭と火薬を一緒にした【早合】と三人一組の段差撃ちで張られた弾幕には、逃げる余裕も無かった。


 這う這うの体で市内へ逃げ込む頃には、半数以上の兵が射殺され終わっていた。



 【音声操生スキル】を指向性にして、アルベルトは王都目掛けて、大音声を響かせた。



「我が名はアルベルト・トワイライト! 我が戴冠式に卑劣な手段で奇襲をしかけ、我が父、アーダルベルト・トワイライトの命を奪った邪知暴虐の王、パーヴェルへ仇討ちに参った! 王都民は今すぐ逃げるか、家の中に避難されよ! 全軍! 突撃だぁああああああああああ!」



『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 アルベルト軍5800人は、一斉に駆け出した。


 先頭を走るのは、バイコーンに乗ったレギオンの500人だ。


 レギオンは街道から王都へ、そして大通りへと駆けこんでいく。


 アルベルトの放送が効いたのか、王都には人影が無く、まるでゴーストタウンだ。


 皆、どの家も戸締りがなされ、窓も木戸が閉められている。


 が、一部のレギオンは、バイコーンから飛び降りると、次々民家へ突撃し、中の人間を殺していく。


 アルベルトは、【マップスキル】で見られる脳内マップに大満足だった。


 周辺地図に映る【敵を示す赤丸】が、次々消えていく。


「はっ、市街戦なら伏兵隠し放題で有利だとでも思ったか? でも悪いな、レギオンメンバーの中で、マップスキルを潜在させている奴は全員スキル解放しておいたんだよ」


 アルベルトの読み通り、いくつもの民家が、事前に伏兵の隠れ場所として使われていた。


 だが、そんなものはマップスキルを持つアルベルトたちには全てお見通しだ。


 そして、パーヴェルとポールは、遮蔽物の多い市街ならば鉄砲は役に立たない、と言っていたが、的外れだ。


 確かに、家屋の伏兵が機能していれば、鉄砲隊は正面以外も、左右に並ぶ民家や商店を気にしなくてはならない。


 だが、伏兵はレギオンが駆逐した。


 そして、遮蔽物が多いの事実だが、それを活かせるのは少数同士の銃撃戦に限る。


 広い大通りを守るには、それなりの人員がいる。


 当然、大勢の人員が隠れられる遮蔽物など、あるはずもない。


 大通りを守るスバル兵が、そのことごとくが鉄砲隊の餌食になり、死屍累々の地獄絵図だった。


 家屋と家屋の間の、狭い路地に逃げ込む兵もいたが、それこそ悲惨だった。


 逃げ道のない一本道に、連弩部隊が弾幕を撃ち込み続け、皆殺しの憂き目に遭った。


 大通りは、瞬く間にアルベルト軍に占拠され、スバル軍は手も足も出なかった。


 しかも、アルベルトは実況中継よろしく、【音声操生スキル】で戦況を王都中に響かせた。



   ◆



 スバル王城、謁見の間で、諸侯たちは大混乱だった。


 アルベルトの実況中継に、誰もが士気を挫かれていた。


「そもそもあの声はなんなのだ!? まさかスキルか!?」

「いや、アルベルトのスキルはわけのわからんハズレスキルと聞いている。仲間に魔術師がいるのだろう!」



『王都城門に到着! これより我々アルベルト軍は城門守備隊を駆逐する!』



 アルベルトの中継に、またも貴族たちは戦々恐々とした。


『現在、我が長槍隊が守備隊を順次駆逐中! スバル王家の兵は逃走! これより城門の焼却作業に入る!』


 パーヴェル国王が怒鳴った。


「ええい! 王都中の兵を城に集めろ。とにかく城が落とされなければ、いや、わしが無事ならば敗北ではないのだ! 逃亡兵は極刑に処す!」

「だ、大丈夫だよな父上? 城の中だけでも5000人以上の兵がいるし!」

「もちろんだとも、今日さえ乗り切れは、明日には冒険者の援軍も駆けつける。良いか、防衛線を展開し、アルベルト軍を足止めしろ!」


 パーヴェル国王の指示を聞いて、部下たちは謁見の間から出て行く。


 交代に、別の伝令兵が駆け込んできた。


「陛下! 北の方角より、冒険者の軍勢が現れました! 北区を守る軍はいかがいたしますか!」


 パーヴェルとポールは、九死に一生を得たように頬を緩めた。


「もう来たのか。冒険者もやるじゃん!」

「ふふふ、これも我がスバル王家の威光の成せる業だな。冒険者共め、これを機に我が臣下に取り立ててもらおうと躍起なのだろう」

「なるほどね。まったく、いやしい連中だ。伝令を飛ばしてから2、3時間で駆けつけるとか、どんだけ必死なんだよ」


 愚鈍な親子は、もう有頂天だった。


 パーヴェルは、機嫌を良くしながら、伝令兵に告げた。


「では、北区の軍は冒険者と合流後、速やかに城へ駆けつけ、防衛の任にあたるのだ」

「御意!」


 伝令兵が謁見の間から出て行くと、また、アルベルトが実況中継を始めた。


『現在! 王都北区に我が忠臣ラルフ・ファロスが率いる、タウルス王国冒険者軍5000人が到着した! 北区を守っていたスバル軍は撤退中! 数が違い過ぎるから当然だな!』


 謁見の間を、静寂が支配した。


 パーヴェルも、ポールも、誰もがぽかんと口を開けて、不意に悲鳴を上げた。

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