第12話


         ※


 翌朝。昨日の残りである簡素な朝食を終えて、僕たちは森林を歩いていた。

 先頭はカッチュウ、真ん中にミカ、最後尾の僕。慎重に進んでいく。途中、特に危険な生物との遭遇はなかった。幸いである。

 また、徐々に踏みしめていた下草が薄くなってきているのが分かった。地質が変わってきているのだ。


「む……」


 唐突に上から光が差し込み、僕はさっと手を眼前に翳した。日陰が少なくなってきている。下草と同様、木々もまた、地質の変化に伴ってまばらになっている。

 今日は暑くなりそうだ。昨日のうちに水を確保しておいたのは正解だった。やはりカッチュウは、只者ではない。生存戦略の達人だ。


「ジン、ちょっと来てくれ」


 カッチュウに手招きされ、僕は駆け寄った。木々の間から、カッチュウがそっと向こうを覗き見ている。僕はカッチュウの指差す方を見て、息を飲んだ。


 そこから先は、全く木々のない荒野が広がっていた。異様なのは、地面が赤紫色に染まっていることだ。


「ここはどういう土地柄なんだ、ジン?」

「分からない……。こんなところまで来たことは、僕たちもないんだ」

「あの小さな緑色の物体は何だ?」

「緑色?」


 目を凝らす。すると確かに、くすんだ緑色の背の低い物体が点々と地面に貼りついていた。いや、あれは植わっているのか?


「あれは、何だろう。植物? 見たことがない」

「時間があれば土壌検査ができるんだがな」


 カッチュウがそう呟いた、その直後。


「ジン、カッチュウさん! 敵性動物の気配がする! あたしたちを追ってきたみたい!」

「そんな、こんなところで?」


 僕は焦燥感に囚われた。下手に荒野に出て行ったら、あの緑色の植物(?)に何らかの危害を加えられるかもしれない。かといって、このままここにいては、ミカの言う敵性動物に襲われる。どうしたものか。


「ミカ、僕たちの気配はできるだけ消してきたんだよね?」

「もちろん、血や煙の臭いはしていないはず」

「ということは、敵は目で僕たちを追ってきているわけか」


 そう言うなり、僕は短剣を引き抜いた。


「この短剣の光で、動物を荒野の方に移動させよう。上手くすれば、あの植物みたいなやつに引っ掛かってくれるかもしれない」

「自信はあるのか、ジン?」

「やってみるしかありませんよ」


 すると、カッチュウはふっと息をついた。


「ジン、お前って慎重な性格なのに、時々大雑把だよな」

「今関係ありますか?」

「いや、忘れてくれ」


 カッチュウは念のためか、振り返って銃口を定める。


「来るよ、ジン!」

「いつでも大丈夫だ、ミカ」


 しかし、ここで厄介なことに気づいた。足音の鳴る間隔が狭すぎる。


「カッチュウさん!」

「ああ。大勢でお越しのようだな。小柄の奴がたくさん」

「無理のない範囲で射殺してください。他の奴は、僕が短剣で誘導します」

「了解だ」


 そう言葉を交わし合った、まさに直後のこと。敵性動物が姿を現した。

 カッチュウの言葉通り、小柄な肉食恐竜だ。立ち上がっても、体高は僕の腰くらいまでしかない。

 ただし、数が多い。見たところ七、八体はいるようだ。


 僕はぎゅっと短剣を握り、発光現象を起こした。恐竜たちの足が止まる。そこをカッチュウの自動小銃が、短い射撃で撃ち抜いていく。


「今だ、ジン!」


 その言葉に、僕は短剣を荒野へと放り投げた。無論その柄は、強固な紐で右腕に巻きつけてある。

 すると、くわっと恐竜たちは顔を荒野へと向けた。そのまま勢いよく、すたたたたっ、と駆けていく。

 恐ろしい事態が発生したのは、彼らが緑色の植物に近づいた時だ。


 僕の膝下までしかないような小さな植物から、どぎつい桃色の液体が飛び出した。

 それは過たず恐竜を捉える。すると、恐竜は苦し気にのたうち回り、見る見るうちに原型をなくしていった。

 今度は植物が動き始めた。俊敏な動きだ。緑色の肉厚な葉に囲まれた中央部から、しゅるっと人間の腕のようなものが飛び出す。それは本物の腕のように節を持ち、ぐにゃりと折れ曲がって、恐竜に食らいついた。


 半身を溶かされていた恐竜に、為す術はない。呆気なく取り上げられ、そのまま植物の腕の出どころに引き込まれていった。


「う、うあ……」


 情けない声を出す僕。悲鳴を押しとどめるミカ。冷静に観察するカッチュウ。

 恐竜たちは次々に捕縛されていった。鳴き声を上げることもなく、あまりにも呆気なく。


 すると、カッチュウが静かに左腕の装甲板を開いた。地図が表示されていた、あの画面を展開する。


「ジン、ミカ、聞いてくれ」


 地図から顔を逸らさず、カッチュウが呼びかけた。


「ここは迂回するぞ。このまま横に、森林の縁を移動する。あの植物は危険すぎる」

「ど、どうすれば前進できるんですか……?」


 僕が不安を隠しきれずに尋ねると、カッチュウは植物に目を戻しながら言った。


「あいつらは飽くまで植物だ。自分の足で歩けるわけじゃない。それにあの食欲なら、そんなに数はいない。迂回路も見当はついた。川沿いを離れて、それから荒野に入るぞ」


 僕とミカは顔を見合わせ、こくこくと頷いた。最初は息巻いていた僕だが、あんなにおぞましい光景を見せられては、カッチュウの迂回作戦に賛成しないわけにはいかなかった。


         ※


 それから日が天頂に至るまで、僕たちは森林と荒野の境を歩き続けた。


「だいぶ数が減ってきましたね」

「ああ」


 僕はカッチュウに、ひそひそ声で語りかける。

 

「だが生憎、俺の自動小銃も無限に弾があるわけじゃない。この植物共に構ってる余裕はないぞ」


 もう少し進もうと言って、カッチュウは僕たちを先導していった。

 しばらく進むと、ようやく植物のない土地に入った。それはつまり、その土地がいかに不毛なのかを示している。地面はひび割れ、日光を遮るものはない。


「少し待て」


 それだけ言って、カッチュウは荒野に歩み出した。遠目に見れば、まだ植物が目に入りはする。だが、それもだいぶ少なくなっている。迂回路として使うなら、このあたりということなのだろう。


 ある程度進んでから、カッチュウはこちらに振り返り、手招きをした。僕とミカは顔を見合わせ、頷き合ってから荒野へと飛び出す。僕は、短剣を握る自分の手に、嫌な汗が浮かんでいるのを感じた。


「大丈夫そうだ。何故かは分からんが、この周辺にあの植物はいない。渡るならここを――」


 とカッチュウが言いかけた、その時だった。

 ゴゴッ、と地面が揺れた。地面のひび割れが大きくなっていく。まるで大地が大きな口を、ゆっくりと開いていくかのようだ。チリチリと音を立てて、砂礫が呑み込まれていく。


「うっ!」

「ミカ!」


 慌てて亀裂を乗り越えたミカの手を引き、僕はカッチュウと共に臨戦態勢に入る。


「これは地震じゃない! 僕たちの足元に、何かがいるんだ!」


 僕は感覚を頼りに跳んだ。ミカも続く。割れていく地面から逃れ、何とか安定した地面に降り立つ。そこから、地面を薄い木板のように軽々と押し割って出てきたのは――。


 盛り上がった地面を突き上げてまず見えてきたのは、巨大な甲羅だ。そうか、こいつは陸亀だ。何故それだけで、これを陸亀だと判断できたのか。それは僕が、森林で同種の動物を見てきたからである。

 しかし、これほど巨大な個体は見たことがない。体高は僕の身長の三倍はある。新しい山が一つ、眼前にできたかのような迫力がある。

 もしかしたら――。


「僕たちがコイツの縄張りに入ったから、怒ったんだ! そうでなければ、こんな殺気は感じない!」

「殺気だと?」


 こちらに向かって駆けながら、問いかけるカッチュウ。表現はどうあれ、僕はこの七年間、その殺気を感じ取る感覚があって生き延びてきた。今は僕の直感を信じてもらうしかない。


 だんだんと全容を現す陸亀。全身が茶褐色で、口には牙のようなものが並んでいる。本来、亀に歯や牙はないはずだから、きっと肉食性に異常発達した種なのだろう。


「カッチュウさん、迂回できませんか?」


 ミカが悲鳴のような声で叫ぶ。しかしカッチュウは、


「ここを逃したら、間違いなく水がなくなるぞ!」


 と言って、ここを突破するしかないと告げた。


「並みの弾丸は通用しないだろうな。俺とジンで、何とか突破口を開く! ミカは、他の動物に邪魔されないようにあたりを警戒してくれ!」

「わ、分かりました!」


 カッチュウが自動小銃を構えるのと同時に、僕もまた短剣を構え直す。まずは一太刀、試してみなければ。


「カッチュウ、爆炎で敵の目を!」

「分かってる!」


 そう言い終えるや否や、自動小銃に取り付けられた榴弾発射機が唸りを上げた。三連射された榴弾は、全てが陸亀の頭部に直撃。爆炎が煌めく。

 それが黒煙に変わったところで、僕は思いっきり短刀を自身に引きつけ、突撃を敢行した。

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