第17話
「どわっ!」
「きゃあっ!」
吹き飛ばされたミカを、何とか抱き留める。
真っ先に状況を掴んだのは、爆睡していたはずのカッチュウだった。
「おい、皆無事か!」
「は、はい!」
二人で頷く僕とミカ。サントは答えるまでもなく、ケリーと共にこちらに駆け寄ってきた。
「こら! こちらの結界魔法が緩んどるぞ! 我輩が張り直すから、お主らは対策を考えい!」
結界魔法がサントによって再構築される。だが僕は、その直前にある臭いを嗅ぎ取っていた。
これは……火薬か? カッチュウと共に戦ってきたからこそ分かる。この鼻の奥がツンと刺されるような感覚は、火薬だろう。
僕が察すると同時に、カッチュウはかぶりを振って自動小銃を構えた。
「皆、下がってろ! ここは俺に任せるんだ!」
僕はミカを庇いつつ、サントと、獅子となったケリーのそばまで後退する。
「サント、俺だけをこの結界の外に出せるか?」
「何をする気なのだ?」
「この戦車を止める!」
戦車? 装甲が厚くて大砲を装備し、履帯で動くというあの戦車か?
確か、幼い頃に住んでいた村で見たことがある。もっともそれは、とっくに朽ち果て、燃料も武器弾薬も尽き果てた、戦争の残滓みたいなものだったが。
「こいつは俺が操縦する! そのために停車させるから、俺を外に――ぐっ!」
「うわっ!」
再びの爆音。戦車はやはり、僕たちを狙っているらしい。幸い、結界のお陰で爆風はだいぶ抑えられていたが。
「でもカッチュウ、昔のことを思い出したら頭痛がするんじゃ……?」
「まだ耐えられるレベルだ、気にするな!」
僕の心配を跳ね除け、カッチュウは身構える。
「それではゆくぞ、カッチュウ!」
サントの言葉が終わると同時に、ざっと結界が左右に割れた。
カッチュウが飛び出すと同時に、素早く再構築される結界。その向こうで、カッチュウは両腕を広げ、戦車がこちらを向くのを待っている。
あれではカッチュウは、直に砲弾を喰らってしまう。
「カッチュウ、危ない!」
しかし、そんなことは起こらなかった。戦車はカッチュウの正面で停車し、砲塔の根元についた緑色の灯りをカッチュウに浴びせている。品定めでもしているようだ。
カッチュウは両腕を上げ、降参と思しき体勢を取っている。すると戦車は、唐突に白煙を噴き出した。それから、僕たちには分からない何事かを喋った。
「認識完了か。皆、もう大丈夫だ。それより、こいつは武器になるぞ」
カッチュウは、安全性をアピールするかのように兜を取ってみせた。表情を見ると、頭痛は幾分和らいだようだ。
「カッチュウ、こいつは……?」
結界の隙間から顔だけ出して、僕が尋ねる。
「ご覧の通り、戦車だ。今は自律警戒体勢だったようだが」
「自律って、誰も乗ってないってことですか?」
「そうだ。俺にはコイツが操縦できる。鋼鉄の箱に籠ったまま移動することができるんだ。だいぶ移動が楽になるぞ」
僕が結界の外に出ると、ミカも恐る恐るついて来る。
「こ、これに乗るんですか?」
「ああ。俺の記憶は完全じゃないが……。それでもコイツは戦車の中でも大型だ。全員乗れるだろう」
『ケリーが猫の姿でいてくれれば、の話だが』。そう言って、カッチュウは唇の端を吊り上げた。
「俺は早速、こいつに搭載されてるデータを確認してみる。お前らはもう休んで大丈夫だぞ」
一抹の不安が残ったが、僕たちは戦車の整備をカッチュウに任せ、寝床に戻った。
※
翌日。
昨日の夜にあんなことがあったのに、眠っていろという方がどうかしている。結局僕は、そしてミカも、やや驚きと疲労を引きずったまま、朝日が差すのを待ってカッチュウのところに赴いた。そこに鎮座していたのは、言うまでもなく戦車である。
「おはよう、カッチュウ」
僕が声をかけると、最高部のハッチが開き、体格のいい男性が現れた。もし兜をつけたままだったら、カッチュウだと認識できなかったかもしれない。今はその甲冑を装備していないけれど。
僕はもう一度挨拶を交わそうとしたが、カッチュウは適当に頷くだけで、気難しい顔をしている。
「どうかしたんですか?」
「ああ」
ガンガンと装甲板を叩く。
「走って撃つには問題ないんだが、電装部品がほとんど通電していないんだ。これじゃあ次の目的地まで到達できんぞ」
次の目的地。地図でいうところの北西部だ。どうやら集落があるらしいとの記述があったが。
「直せないんですか?」
「ずっと頭痛と一緒に考えたよ。しかし、俺は飽くまでも前線で戦う人間のようだ。機械いじりや整備には向いてない。ただ一つ分かったのは、これは故障じゃなくて、そもそも電力がないから動かない、ってことだな」
「電力……」
一千年前、『神』に文明を焼き払われる以前は、電気に依存した文明があったと言う。この戦車もそのくらいの時代のもの、ということだろうか。
待てよ。ということは、カッチュウもまた、その時代の人間……? いやいや、あり得ない。そんな超高齢な人間がいるはずはない。
今尋ねてみようか? いや、もしそれでカッチュウが再び頭痛に苛まれることになったら大変だ。しばらくは、この疑問は棚上げしておこう。
僕がそんなことを考えていると、すぐそばでミカが、すっと手を挙げた。
「どうした、ミカ?」
「カッチュウさん、あたしが魔法で、電力を供給します」
「はあ?」
間抜けな声を上げたのは、言うまでもなく僕である。
「ミカ、お前は電力がどんなもんなのか、分かって言ってるのか?」
「ジンだって、よく分かっていないでしょ?」
「いやそうだけど……。って、問題はそこじゃない!」
不毛な言い争いをする僕たちに、カッチュウは割って入ろうとはしなかった。やれやれといった風情である。
僕も同じような所作を取ってみようか。そう考え始めた矢先のことだった。
「あたしだって……あたしだって皆の役に立ちたいの!」
キリッと目を上げたミカ。その眼力、とでも言うのだろうか、気迫のようなものに僕は気圧された。
「いいじゃないか。やってみろ、ミカ」
「か、カッチュウ、いいの? もし間違って、戦車の部品を壊したら……」
「今は戦車が壊れることより、お前らが仲違いすることの方が問題だ。一緒に旅をしてるんだからな」
すると、さっとミカはカッチュウへ振り向いた。
「じゃ、じゃあ、任せてもらえるんですね?」
「ただしな、ミカ。電力ってのは繊細な調整が必要なんだ。慎重にやってくれ」
「は、はいっ!」
やや顔を上気させるミカ。その頭上から覗き込むようにして、カッチュウは言った。
「近くのオアシスで汗を流してくる。それまでお前たちで、この陣地を守っていてくれ。いいな?」
「分かりました」
僕はすっと頷いた。それから、軽装で、しかし油断のない動きで木々の向こうに去っていくカッチュウの背中を眺めた。
サントが起き出してきたのは、ちょうどその時のことである。
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