第18話【第四章】
【第四章】
ブロロロロロロロ……。
戦車は重低音を引き連れて、森林を抜け、快調に草原を走っていた。
その乗り心地は、思っていたよりずっとマシだ。しかし考えてみれば、僕にとって、機械仕掛けの乗り物に搭乗するのはたったの二度目。それなのに、乗り心地の比較をするというのは、明らかに経験不足だろう。
ちなみに一度目は、言うまでもなく七年前の飛行船での移動の時だ。
マシだとは言ったものの、狭苦しいのはどうにもならない。僕はミカと肩を触れ合わせながら、黙って思案を続けていた。何を考えているのかと言えば、半日前、戦車に搭乗した際に受けた『お告げ』についてだ。
それは『神』からの新たな試練の告知だった。
※
半日前、朝食後のこと。
「どうだ、ミカ? 起動できそうか?」
「む……」
ひとまず乗り込んだ戦車の中で、カッチュウがミカに問うた。ミカは目をつむり、両手の指を組んで何事か念じている。
結果から言えば、『戦車の電装部品を起動させる』ことには失敗した。だが、一瞬の通電の間に、僕たちは決定的なメッセージを受信した。
操縦席に就いたカッチュウの驚きの声に、僕は後部から身を乗り出し、何事かと尋ねた。
そこは無数の板のようなもの(ディスプレイというらしい)に囲まれていたが、そのうち一つが発光している。そして文字が浮かんでいた。
どうやらカッチュウには馴染みのある言語だったらしく、彼はそれを読み上げてくれた。
「三日後の正午までに『ベテルギウスの弓』に到達しなかった場合、総力を挙げてこれを破壊する」
僕はしばし、頭が回らなかった。代わって持論を展開したのは、サントである。
「ふむ。どうやら時間制限が設けられたらしいのう。『神』は我らをむざむざ抹殺しようとはしておらぬ。何か、対話の糸口を模索しているようにも思える」
対話? 冗談じゃない。そんな生温いことをやっていられるものか。遭遇したら、すぐにこの短剣で首を掻っ捌いてやる。
「そうカッカするでないぞ、ジン」
「で、でもサント……」
「お主の心には、復讐よりも大事な『何か』が見え隠れしておる。無茶をしても、墓穴を掘るだけじゃ」
「まあいずれにせよ」
カッチュウ会話に割って入る。
「今は相手の敵さんに乗せられるしかないだろうな。他に行動の指針はないし、早く『ベテルギウスの弓』に到達したいのは俺たちの方だ。何も、大きく計画が変わるわけじゃない」
カッチュウが顔を戻した時には、既に文字は消えていた。それ以降、スクリーンは沈黙を続けた。
「ミカ、無理することないぞ。サント、代わってやってくれ。お前の力なら、電力の供給くらい楽勝だろ?」
「まあ、そうじゃが」
気遣わし気な視線を漂わせるサント。それはやがて、ミカの下へ行きつく。彼女の目元には、何故か水滴が浮かんでいた。
「お、おい、どうしたんだ、ミカ?」
僕がそう声をかけると、
「なっ、何でもない!」
ミカは自分の腕で乱暴に目元を拭い、ふいっと目を背けてしまった。その横顔が悔し気な色に染まっているように見えたのは、気のせいではあるまい。
※
そして現在。車内は沈黙していた。
カッチュウは戦車の操縦に神経を注いでいる。サントは電力供給のため魔法を行使し、会話できるほどの余裕はない。
この二人が黙り込んでいるのは仕方がない。だが問題は、ミカまでもが沈黙しているということだ。
普段なら、一体どうしたんだと尋ねるところ。だが、先ほどのミカの涙を見た後では、流石に僕でも声をかけるのは躊躇われる。
時折何かを呟いているようだが、戦車の走行音で聞こえない。いや、聞こえなくて幸いだったのかもしれない。
草原では、時折敵性動物が見え隠れしていた。しかしいずれも、この鋼鉄の塊の前に、狩りを諦めてすごすごと退散していった。
もしかしたら、この戦車は『神』がわざと僕たちに与えたものではないのか? かつて僕に短剣を与えたように。
だとしたら舐められたものだ。と、怒りたくなるのは山々だったが、冷静に考え直す。
戦車があるとないとでは、僕たちの移動速度は全く異なる。無論、戦車を使った方が、早く安全で体力的にも助かる。
ここはカッチュウの言う通り、『神』の意志に従ってやるしかあるまい。
カッチュウが戦車を止めたのは、その日の太陽が傾きかけた頃だった。
「こ、こいつは……」
「どうしたんです、カッチュウ?」
カッチュウは正面のディスプレイに見入っている。
「サント、すぐに走行可能なだけの電力を残して、結界を展開できるか?」
「造作もないわ」
「ジン、ミカ、お前たちは車内に残れ。俺が偵察に出る」
そう言うと、カッチュウは操縦席頭上の円形の板をずらし、完全武装したままするりと車外へ身を乗り出した。すたん、と地面に着地する音が聞こえる。
それから数秒後、響いたのは轟音だった。ズダダダダダダダッ、という銃声に、それをサントの結界が弾く鋭い音。カッチュウはすぐさま引き返してきて、再び操縦席に引っ込んだ。
「カッチュウ、これって……!」
「ああ、どうやら攻撃を受けているらしいな!」
殺人的な音が飛び交う中で、僕たちは言葉を交わす。
しかし、僕には外がどうなってるのか分からない。
「一旦退くぞ! あの機銃掃射の射程外まで後退だ!」
機銃掃射? ここにも火薬を使った武器があるのか?
などと疑問符を浮かべている間に、カッチュウは慣れた手つきでレバーやボタンを操作し、戦車を後進させた。
機銃掃射は、開始された時と同様すぐさま沈黙した。ふう、と息をついて兜を外し、汗を拭うカッチュウ。
「外はどうなってるんです?」
「ほれ」
尋ねた僕に差し出されたのは、ディスプレイのうちの一つ。ミカも一緒に覗き込む。サントには想像がついているらしく、ディスプレイに興味を示すことはなかった。
そのディスプレイは色付きだったが、画面のほとんどを占めているのは灰色の背景だった。
「何だ、これ……」
だんだん映像が引いていく。草原の緑が下から見える。その頃になって、僕はようやく察した。
映っているのは、巨大なドームだ。軽く内側に湾曲し、ひっくり返したお椀型をしている。だが、完全に外界から封鎖されているわけではない。天井はぽっかりと開き、そこから細長い建造物がいくつも建っている。
「ここは地図にある『文明の里』のようだ」
『文明の里』? ああ、確か地図上で、僕らの通過点になっていたところだ。ここで移動手段を得て、東へと渡らなければ、『ベテルギウスの弓』に到達することはできない。制限時間は、あと二日半。
しかし、『文明の里』の住民たちは、僕たちに助力をする気はないらしい。あれだけの機銃弾を浴びせてきたのだから。
「仕方ない。遠距離射撃で、あの機関砲を潰す。砲撃用意!」
自分を叱咤するかのように、声を上げるカッチュウ。すると、自分の身体がやや傾いた。砲塔が回転しているらしい。
「距離よし、照準よし、てッ!」
バスン、という砲撃音。思いの外軽い音だ。それから数発、バスン、バスンと連射される。それから僅かな間を置いて、ドン、ドンと空気が揺れる。
しばしの間、こちらからの砲撃も、向こうからの銃撃も止んだ。
「カッチュウ、状況は……?」
恐る恐る尋ねると、カッチュウは操縦席のシートに背中を預け、レバー類から手を離した。
「どうやら、西側にある機関砲は潰せたようだな。押し入りみたいで悪いが、今はそんなことを言っていられる場合じゃない。早速、海峡を渡る協力者を見つけるぞ」
そう言って、カッチュウは再び戦車を前進させた。
※
『文明の里』の外壁は、予想以上に堅牢だった。戦車の砲弾にもいろいろな種類があったが、カッチュウは主に貫通徹甲弾を使用。何度も、しかし少しずつ場所をずらしながら砲撃し、外壁に半円を描く。
次に榴弾を装填し、勢いよく放った。すると、貫通弾で描かれた半円部分の内側が綺麗に消し飛んだ。
「よし、突入だ。ジン、ディスプレイを渡しておくから、ミカと一緒に見てろ」
微速前進で、湾曲した壁の向こうへと入っていく。そこに広がっていたのは、驚くべき光景だった。
「これは……街?」
呟いたのは、ミカだった。僕はと言えば、驚愕のあまり声を発するどころではない。
古文書の中の絵画にあった、『近未来都市』。そんな構想上の街が、たった今眼前に展開している。最も、ディスプレイ越しではあるが。
その全景は、大まかに言えばこうだ。
まず、極めて広大なお椀を引っくり返したような外壁の内側に建物が並んでいる。しかし外壁の上部は穴が空いていて、高層建築物は、そこからひょっこり頭を覗かせている。
建物の驚くべき点は、その高さだけではない。地面から、きっちり垂直に建てられているのだ。正直、異様な光景である。
例えば、建物、すなわち住居や倉庫といったものは、自然の素材、つまり木材・石材などを使って造る。しかしそれでは、完全に垂直な建造物など造りようがない。
だが、『文明の里』の建築物は、いとも容易くそれを成し遂げている。一体上はどうなっているのかと、僕は頭上を仰いだ。
しかし、それでも高層建築物の頭頂部を窺うことはできない。暗雲とも黒煙ともつかないもやもやが、都市全体を覆っている。
「何なんだ、あれは?」
「その推察は後回しだ。もう少し、戦車で進むぞ」
ディスプレイを操作しながら、カッチュウが告げた。
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