第13話
「うおおおおおおおっ!」
腰だめに短剣を握ったまま、僕は勢いよく黒煙に突っ込んだ。目が痛くなったが、そんなことを言っている場合ではない。
煙が晴れた時、そこにあったのは陸亀の顔面。僕はひょいっと跳躍し、鼻先に飛び乗る。そして、構えた短剣を、力一杯その頭部に突き刺した。
しかし、手応えは今までに感じたことのないものだった。
短剣が弾かれたわけではない。欠けたわけでもない。短剣は、見事に陸亀の頭部を突き刺さっている。
それでも陸亀は、面倒くさそうにかぶりを振って、僕を払い落とした。
「おっと!」
僕は受け身を取って、衝撃を最小限に抑え、急いで短剣を手元に手繰り寄せる。そして、唖然とした。
普通なら、短剣には獲物の血痕が付着するはずだ。それなのに、今この短剣には、血どころか水滴一粒ついていない。まるで、砂で固めた山に刺し込んだ時のような感覚だ。
さらに言えば、カッチュウが発した三連発の榴弾を受けてなお、陸亀は血の一滴も流してはいない。
まさか。僕は察した。
この陸亀に見える動物は、本当は動物ではないのではないか? こんな荒野で、水源から離れて縄張りを造るなど、動物として不可解極まる行動だ。自殺行為と言ってもいい。
つまり、こいつは初めから生きてなどいない。『神』によって造られた、すなわち『神』が僕たちに与えた試練なのではないか。
陸亀がどんな攻撃を繰り出してくるかは分からない。だが、こんな異様な大きさ、外見、性質を有している、という時点で、何者かによる手が加えられたというのは想像に難くない。
陸亀は、殺気を纏わせながらも、自分から攻めるということをしない。
要は、この質量の物体をどかせばいいということになる。しかし、どうやって?
僕が思案している間に、陸亀は脚部を捻じり始めた。
「コイツ、一体何を……!」
「伏せろ、ジン!」
カッチュウの叫びに、僕は即座に応じた。すると、陸亀は思いっきり身体を捻り、自らの身体を一回転させた。
「なっ!」
砂礫が暴風雨のように吹き荒れ、周囲のものをことごとく破壊していく。もし僕が座り込んだままでいたら、上半身が石ころの連続ジャブを喰らって血塗れになっていたことだろう。
「一旦退くんだ、ジン! 作戦会議だ!」
「了解!」
僕は、頭上から降って来る巨大な足を回避し、短剣を掲げたまま後退。カッチュウと合流した。
※
「こんな奴、どうやって相手をすれば……」
「今の我々の武器では、駆逐するのは不可能だろうな」
森林に戻った僕に、カッチュウが冷えた口調で応じる。ミカはといえば、僕とカッチュウの顔を交互に見つめている。
ちなみに僕は、じっと視線を陸亀の方へ遣っていた。攻撃を加えるつもりはないが、ここを通すわけにもいかないのだ。そう強く訴えられているように感じる。
どうにか陸亀をあの荒野からどかさなければ。しかし、今の僕たちの戦力では――って、待てよ。
「ミカ、今、どのくらい魔力を使える?」
「えっ? 今朝からほとんど使ってないから、ものを動かすのは問題ないけど。あ、もちろん、あの亀は例外ね」
「だろうなあ」
「ジン、お前、何を考えてる?」
僕はあぐらをかいたまま、カッチュウと目を合わせた。
「あの溶解液を吐く植物……。あいつの群生地帯に、あの陸亀を誘導できればと思って。植物は考えることはしません。近づくものになら何にでも、それに反射的に溶解液を吐きかけるんだと思います」
「つまり、あのデカブツを植物に溶かさせる、って言いたいのか?」
「はい。その通りです」
カッチュウは兜を小脇に抱えながら、ふむ、と短く唸った。
「危険な作戦になるぞ。植物は自分からは動けない。だから陸亀の方を動かすことになると思うが、そうなると、植物と陸亀の間に挟まれる形で、誰かが誘導にあたることになる。そう簡単に生きては戻れないと思うが……」
「あ、あのっ!」
黙り込んでいたミカが手を挙げた。
「あたしの結界魔法だったら、あの溶解液を通さずにいられると思います」
「確かか?」
「はっ、はい!」
カッチュウの鋭い視線に震えながらも、ミカは肯定する。
「となると、俺とジンがいかに動いて陽動するか、だな」
「ええ。仮に『神』に仕組まれた動物だとしても、こちらが動けば注意を惹かれはするはずです」
「つまり、全火力をデカブツの横っ腹に叩き込んで、植物のいる方に向かわせる、と」
僕はこくりと頷いた。
「陽動は僕一人でやります。カッチュウさんは、榴弾で相手を追い立ててください」
「なっ!」
これにはカッチュウも驚いたらしい。慌てて立ち上がる。
「ジン、お前は自分一人を危険に晒すつもりなのか?」
「ミカが守ってくれます」
「し、しかしだな……」
「あの、カッチュウさん」
ミカが、今度は堂々とした風で会話に入ってきた。
「ジンなら一人でも大丈夫ですよ!」
「ミカ、お前まで自信過剰に――」
「違います! この七年間、ジンと一緒に狩りを行ってきた者としての、客観的評価です!」
「客観的って、あのなあ……」
カッチュウは面の上から、眉間に手を当てる動作をした。
ううむ、このままミカに会話の主導権を握らせるのはよくない。今は時間が惜しい。
「カッチュウ、残りの榴弾はどれくらいありますか?」
「ん? ああ。榴弾と手榴弾を合わせれば、あのデカブツを一瞬浮かせることもできるだろが……」
「よかった、それなら上手くいきそうです」
「作戦があるんだな、ジン?」
僕は無言で頷いた。
※
作戦はすぐさま実行に移された。
僕が陸亀に向かって駆けていくと、奴はのっそりと起き上がった。土くれを振り落としながら前足を伸ばし、その威容を見せつける。
しかし、見せたいものがあるのは、こちらとて同じだ。短剣を一振りして、妖光を輝かせる。ずしん、ずしんと音を立て、陸亀はこちらに身体を向けた。
下手に接近してくる気配はない。自分の周囲にある、溶解液を吐く植物を、やはり警戒しているのだ。
次は、ミカの出番。敵に気づかれないよう、陸亀の尻尾の向きに一枚の、ただし分厚い障壁を造った。
そしてカッチュウが、陸亀の後ろ足や尻尾の周辺に、ありったけの爆薬を仕掛けていく。
一度森林に引っ込んだカッチュウは、僕に視線を寄越す。それから、僕が頷くのを見て手元の機械を操作した。次の瞬間。
ドオオオオオオオン、という爆音、それに真っ赤な爆光が発生した。
ここで重要なのは、陸亀の背後に障壁を造っておいたこと。荒れ狂う爆風は障壁に行き場を閉ざされ、容赦なく陸亀の臀部を前に押し出した。
このまま短剣を構えただけでは、僕は突き動かされた陸亀に衝突する。後方に跳躍し、回避を試みる。しかし、陸亀を回避するには、あまりにも周囲に植物があり過ぎた。
次々に溶解液を噴出させる植物たち。だが、ミカは素早く障壁を解き、僕の周囲を守るように、結界魔法を行使した。
タイミングを計るのは大変だったはずだが、何とか間に合った。
僕を狙って吐き出された溶解液は、結界を通過することが叶わず、地面に流れ落ちていく。
そこに、先ほどの陸亀が突っ込んできて、頭部から勢いよく溶解液を浴びた。
すると、グゥーーーン、という重低音が響いた。きっと、陸亀の悲鳴だ。
また、これは植物たちにとっても災難だった。何せ、これだけの図体の動物が突っ込んでくるのだ。溶解液で捕食する前に、自分が磨り潰されてしまう。
すると、潰された植物の内部から、どっと溶解液が溢れ出した。
僕は慌てて横歩きの姿勢で駆け、被害を最小限に抑える。
しかし、陸亀はそうはいかない。生憎、陸亀には結界魔法がないし、その巨体が磨り潰したことで流出した溶解液は、凄まじい量に及ぶ。これらを全身で浴びながら、陸亀はどんどん溶かされていく。
目が潰れ、牙は溶けだし、甲羅には穴が空き始める。見るに堪えない光景だった。
僕が森林に戻ると、ミカはぱっと結界を解いた。
「ミカ、大丈夫か? 魔力の使い過ぎで調子を悪くしたんじゃ……」
「大丈夫だよ、ジン。魔力と体力は別物だから。でも、酷い臭いだね」
そう言って、手で口と鼻を押さえながら、ミカは陸亀『だったもの』がいるあたりに目を遣った。
陸亀は、既にほとんどの部分が溶かされ、今や甲羅と一部の鱗を残すのみとなっていた。
「カッチュウ、進めそうですか?」
「ああ。爆薬を椀飯振舞した甲斐があったというもんだな」
カッチュウの兜には、現在、目に当たる部分が出っ張っている。双眼鏡のように、遠くを見渡す時に使う道具なのだろう。
「よし二人共、水分補給しろ。このまま真っ直ぐ荒野を抜ければ、目的地はすぐそこだ」
「分かりました」
声で答えるミカと、首肯する僕。
さて、次の問題は、魔女が僕たちの助力となってくれるかどうか、だな。
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