第14話【第三章】
【第三章】
荒野の真ん中でみつけたオアシスで水分を補充し、僕たちは前進を続けた。川から遠かったためか、件の植物の気配はない。その場で一時休憩を取り、再び歩み出す。
僕たちは、体力温存のため、ほとんど言葉を交わさなかった。それでも、あの陸亀を倒し得たという事実は、確かに自信として、僕たちの胸中に残ったように思う。
「ここからはまた森林だな。ミカ、敵性動物の気配があったら、すぐに知らせてくれ。ジンも、警戒は怠るなよ」
言われなくても分かっている。カッチュウの生存戦略のお陰で僕とミカは生き延びられたのだ。従わない道理はない。
再び僕たちは、山林が生み出す自然の木陰に入った。夏場は特に、森林と、森林以外の場の温度差に驚かされる。木の葉による日光の遮断が、これほど僕たちの体力温存に繋がるとは、今思えば予想外のことだ。
荒野を抜けて再び入った森林は、村のあった周辺の森林と大差なかった。ミカに気配探知を頼み、進んでいく。
僅かばかり歩いた、その時だった。
「ちょっと待って!」
ミカが声を上げた。
「おいミカ! 声を上げたら敵性動物に気づかれて――」
「違うよジン、魔力反応があるんだよ!」
「何?」
カッチュウもまた、ミカに振り返る。
「場所は分かるか?」
「このまま真っ直ぐ、北に向かって歩いて行けば。細かい場所は、近づけばあたしが教えられます」
淡々と語るミカ。地図を広げてみると、確かに目的地である『魔女の居城』はすぐ先であるようだ。
「よし、今日中に魔女との交渉に移るぞ」
頷く僕とミカ。
それからもうしばらく歩いた時、ミカがふっと屈みこんで、地面に手を当てた。
振り返りながら、何をしてるんだと尋ねようとした直前、
「うわっ!」
僕は飛び退いた。地面が薄い水色に輝きだしたのだ。正方形に切り取られたように、地面からは光が漏れ出してくる。人家が一つ丸々入るほどの、大きな正方形。周囲と同様に、下草の生えていた地面が綺麗に区切られるのは、何とも不思議な光景だった。
僕とカッチュウが警戒する、その時だった。
「ん?」
革袋の中で、短剣が震えている。何事かと思って引き抜くと、この短剣もまた、淡い水色に輝いていた。地面からの魔力に反応しているのか。
「ジン、ここを見て!」
ミカの言葉に、僕は慎重に正方形に踏み入った。
「これは、鍵穴の一種か?」
となれば、鍵はどこに? 答えは、文字通り僕の手の中にあった。
「きっと鍵は、この短剣だ。ミカ、下がっていてくれ」
適当に下草をさっさと根元から斬り払い、鍵穴にそっと短剣を差し込んだ。すると再び、しかしゆったりとした地震が起きた。僕は屈みこみ、正方形の中央部で事態を観察する。
すると、ゆっくりと正方形が沈み込んだ。土くれが崩れていくように、ではない。極めて機械的に、ギリギリと音を立てながら沈み込んでいく。この正方形が金属でできているかのように。あるいは、その通りなのかもしれない。
やがて、段差が付き始めた。
「これは、階段か?」
呟いたとほぼ同時に、地震は収まった。
「ジン、大丈夫?」
「ああ。どうやら地下に回廊があるようだ。魔法の罠の可能性はあるか、ミカ?」
「えっと、そんな反応はないみたい」
「では、俺たちも降りてみるか」
カッチュウが言う。
「俺が最後尾で、外を警戒する。ジンとミカ、お前たちが先に行け」
「了解」
「分かりました」
これが『魔女の居城』でいいのだろうか? 疑問に思いながらも、僕はゆっくりと階段を下りて行った。
※
階段は、思いの外深くまで続いていた。一番下段と思われるところが回廊になっているらしく、一際鮮やかな水色に輝いている。見たことはない色の光だが、どこか安心感を持たせるような、それでいて清涼感溢れる印象を受けた。
気づけば、無意識のうちに、僕は自分の両腕を肩に回していた。回廊の外と比べて、気温がぐんと下がっている。ここだけ唐突に冬にでもなったみたいだ。
壁面も床面も、そして天井までもが、水色の光沢を放つ半透明な石材で造られている。十分な深さがあったためか、カッチュウも身を屈める必要はないようだ。
「一体、ここは……」
ミカの口から疑問が零れるが、残念ながら僕もカッチュウもそれを拾うことはできない。純粋に分からないのだ。
しばらく進むと、行き止まりになった。しかし、ここにも鍵穴のようなものがある。
僕は躊躇いなく、しかしゆっくりと短剣を差し込み、捻ってみた。
ゴゴン、と堅苦しい音を立てて、行き止まりの壁面が開いていく。そこにあったのは――。
「人間、か?」
人がいた。僕たちよりもまだ幼い、十歳程度の女の子だ。彼女は目をつむり、一糸纏わぬ姿で、膝を折り、両腕で自分の肩を抱いている。
そして、浮かんでいた。床面から天井まで続く筒状の容器の中で、ぷかぷかと。
気泡が立っているところからして、どうやらこの容器は、液体で満たされているらしい。
「これが、魔女?」
半信半疑で僕が言った、その直後だった。
「ぐっ!」
再びカッチュウが、頭を押さえて苦しみ出した。
「か、カッチュウさん、大丈夫ですか?」
「何か思い出しそうなんですね?」
ミカがカッチュウの顔を覗き込む横で、僕も声をかける。
「彼女を……、彼女を起こすんだ……」
彼女を起こす? この円筒内の女の子を?
円筒から外に出すことを考えた場合、真っ先に思い浮かぶのは僕が短剣を使うことだ。しかし、そんな乱暴なやり方で上手くいくとは思えない。
「円筒の、前のパネルを……」
パネル? 操作盤のことか?
「やり方を、思い出しそうなんだ……。ジン、代わりに、操作してくれ……」
「わ、分かりました!」
それから、カッチュウは酷い頭痛に見舞われながらも、僕に指示を出し続けた。
上か何段目、左から何列目の突起、すなわちボタンを押せ、というように。そこに書かれている文字が読めない僕からすれば、自分のやっていることがいまいちよく分からない。
だが、僕が任せられた以上、カッチュウの期待に応えなければ。
そんな操作を続けてしばらく。はっとカッチュウが頭を上げた。
「カッチュウさん!」
「ああ、ミカ。俺はもう大丈夫だ。ジン、最後にそのレバーを下げてくれ」
「分かった!」
カッチュウの指の先にあるレバーをゆっくりと掴み、軽く体重をかけて押し下げる。すると、がぽん、という音と共に、円筒内に気泡が湧いてきた。内側の少女がゆっくりと下がっていき、やがてゆっくりと横たわった。
それを見計らったかのように、円筒の手前、僕たちの真横の壁面が開いた。中には、高級そうな衣服が入っている。どんな服なのかはよく分からない。
「ミカ、ひとまずこの子に服を着せてやってくれ」
「ええ」
「カッチュウさん、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、頭痛はもうなくなったよ。俺が何かを思い出すきっかけに遭遇すると、頭痛と一緒に記憶が戻るらしい」
カッチュウは、兜を取って汗を拭った。
「取り敢えず、俺たち男は背中を向けているか」
「そ、そうですね」
ミカの裸体を思い出しそうになって、僕は慌ててくるりと身体を反転させた。
※
「ジン、カッチュウさん、もう大丈夫です」
ミカの声に、僕たちは振り返った。そこに立っていたのは、ミカと、頭一つ小さい女の子。真っ白いローブを纏い、これまた白い小さな三角帽を被っている。回廊の明かりに照らされて、その姿は神々しく見えた。
詳細に造形されたかのような顔つきは、ひんやりとした冷気を漂わせているようだ。起きたばかりだからなのか、目は下半分しか見開かれていない。それでも、真っ青な瞳は見る者の目を惹くのに十分なほどに美しく、魅力的だった。
少女を観察していると、足元から、みゃあお、と声がした。猫だ。真っ黒で美しい毛並をしていて、目は少女と同じ深いブルー。首輪と思しき輪っかが、首にかかっている。
いち早く観察を終えたカッチュウが声をかけた。
「君、名前は?」
すると、少女はぐっと眉根に皺を寄せた。
「他人に名前を尋ねる時は、自分が名乗ってからだぞ、愚かもん!」
甲高い声でそう言って、少女は足を踏み鳴らした。
「あ、ああ、この甲冑を着けてる人は、記憶喪失なんだ。だから僕たちは『カッチュウ』と呼んで――」
「お主には訊いておらんぞ、若造!」
「なっ!」
これには多少、カチンときた。『若造』だと? 少女どころか幼女の分際で。
「我輩はとーーーっても強くてとーーーっても優秀な魔法使い、そう、魔女なのだ! 分を弁えよ!」
何だか話し合っているのが馬鹿らしくなるような展開である。
すると今度はミカが、
「大丈夫、誰もあなたを見くびってるわけじゃないから」
と告げると、幼女、もとい魔女はさっと振り返り、
「そうなのか、ミカ?」
と純粋な目で尋ねた。そこには早くも親愛の情が浮かんでいる。
「ここはミカに免じて許してやろう、卑劣漢共! 我輩の名はサント! こっちは忠実なしもべである――ってあれ?」
「ああ、この猫のことか?」
ちょうど先ほどの黒猫は、僕の足元でじゃれついていた。
「あーーーっ! こらあ! 我輩の許可なくケリーを誘惑しようなど、百年早いわ!」
「そうか、お前の名前はケリーっていうんだな」
僕は黒猫をそっと抱き上げた。気持ちよさそうに自分の鼻先を舐めるケリー。
「おいジン、遊んでる場合じゃないぞ。手早く用件を済ませよう」
「あっ、すみません」
カッチュウが不機嫌そうなのも相まって、僕はサントに対し、要請をしてみることにした。
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