第2話【プロローグ②】
【プロローグ②】
「ふーん……」
僕は思索に耽っていた。つい最近、古文書で『神』についての伝説を読んだからだ。
そんなに凄いことが、本当にあったのだろうか。『神』とは、それほどの力を有しているのだろうか。そもそも、この星で人間が支配者として君臨していたなど、本当なのだろうか。
一つ確かなことがある。『神』は実在するということだ。夜闇を見上げれば、その姿はすぐに目に入る。
大きな赤ん坊が、青白い光を放ちながら宙に浮いている。手足を縮め、まるで母親のお腹の中にいる胎児のような姿勢だ。性別は分からない。その肌は真っ白で、瞼はぎゅっと強く閉じられている。
「一体何を考えてるんだろうな……」
かく言う僕は、今は飛行船の貨物室にいる。木板に四方を囲まれ、芋類や干し肉が無造作に箱に詰められていた。
飛行船に乗ったのはこれが初めてだ。が、そんなことには頓着せず、昼間から丸窓に顔を引っ付け、のんびりといろんなことを考えていた。
しかし、不思議とその思考は『神』の下へと辿り着いてしまう。一体何故だろう?
僕はふと視線を下ろし、地平線を眺めた。真っ暗だ。いや、真っ黒と言ってもいい。炭で塗り潰されたように見える。
灯りといえば、それこそ『神』の放つ薄ぼんやりとした光のみ。今夜は月は出ていない。
「ふーん……」
再び息をついた僕の耳に、騒がしい声が入ってきた。
「ジン! どこにいるのよ、ジン!」
ああ、やっぱり。どうにも調子が狂う。彼女に騒がれると、落ち着こうにも落ち着けなくなる。僕はやむを得ず、上半身を起こして貨物室の入り口に目を遣った。
「あーーーっ! やっぱりこんなところにいたんだね、ジン!」
「どうしたんだよ、ミカ」
「あんたを探してくるように頼まれたんだよ! ジン、八歳以下の子供は、もう寝なくちゃ!」
「余計なお世話だよ」
「余計じゃないって!」
ミカは僕の両肩を掴み、自分の方に振り向かせた。
「船長から――あなたのお父さんから、あんたをちゃんと寝つかせるようにって言われてるのよ!」
「なあんだ、父さんか」
「ちょっと、『なあんだ』じゃないよ!」
「じゃあ、どうしてミカは出歩いてるんだ? 君だってまだ八歳じゃないか」
「ふふん、あたしはいいの! あんたを子供部屋に連れ戻す、っていう立派な任務があるからね!」
「あ、そう」
「ほーら! 早く戻るよ、ジン!」
僕に腕を絡め、ぐいぐい引っ張って行こうとするミカ。
「ジン、忘れたわけじゃないんでしょう? 私たちが移動する意味! 子供が騒いでいい時じゃないんだよ!」
「あ、ああ、分かってるよ」
不満はあったが、僕は仕方なくミカに従うことにした。
今回僕たちが移動を余儀なくされた理由。村を捨ててまで、飛行船での大移動に踏み切ったわけ。それは、作物が取れなくなったからだ。
元々僕たちが生まれ育ったのは、海沿いの広い村だった。作物も魚介類もたくさん取れて、食べ物に苦労はしなかった。
しかし、思わぬ事態が発生した。塩害だ。地面が乾いて、その表面に塩の結晶が見られるようになった。どうやら、同じ場所で延々作物を育て続けたのがいけなかったらしい。
流石に魚介類だけでは食べていけない。僕たちは内陸の、塩害の心配のない土地まで、移動を余儀なくされた。
僕は振り返り、先ほどとは反対側の窓を覗いた。僕たちが乗っているのと同型の飛行船が、二、三機浮いている。後方にも浮いているはずだから、五、六機編成の飛行船団ということになる。
これらの飛行船は、ヘリウムガスで浮かび、魔力で方向を調整されている。魔力と言うのは、『神』に人類の存在が脅かされた際、一部の人間に授けられた力のことだ。
何故そんな力が与えられたのかは分からないし、全員に付与された力でもない。だが、魔力を持つ人間の子供は魔力を引き継ぐ、という傾向はあるらしい。ちなみにミカも、魔力を行使できる。まだ幼いので、微々たるものだが。
僕の両親はと言えば、魔力とは無縁の一般人である。だが二人共、特に父さんは、村民からの信頼が篤い。だからこそ、六機の飛行船のうちの一機を委ねられたのだ。
「もう! 何ぼーっとしてるのよ、ジン! 早く部屋に戻らないと! またお父さんの拳骨喰らっちゃうよ!」
「うぐ」
唐突に、僕の意識は現実に引き戻された。そうだ、うっかりしていた。父さんの拳骨の前には、従う外ない。
「分かったよ、僕も部屋に戻るから放してくれ」
「まったくもう!」
そう言ってミカが腰に手を当てた、次の瞬間だった。眩い光が、僕たちの網膜を一瞬麻痺させた。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
悲鳴を上げる僕たち。
間もなく轟いたのは、バリバリと天を裂くような雷鳴だった。これが雷鳴だと分かったのは、最初に光が走ったからだ。地鳴りをも連装させる重苦しい音が、容赦なく鼓膜を叩く。
飛行船が傾き、揺さぶられ、非常警報が鳴り響く。魔力で船内に張り巡らされた通信管から、父さんの声がする。
《上空から落雷! 攻撃だ! 『神』に攻撃されている!》
「か、『神』から攻撃⁉」
ごろごろと干し芋が転がる。そんな床面を蹴り、僕は再び丸窓に顔を貼り付けた。そして、唖然とした。
『神』が、目を見開いている。そして、何故か僕は『神』と目が合ったと直感した。
《全船、距離を取れ! 固まっていては、いっぺんに撃墜されるぞ!》
聞き慣れているはずの父の声は、信じられないほどに緊迫している。
《魔力を行使できる者は、直ちに防御円陣を展開せよ! 一般人は、余計な貨物を投棄しろ!》
その声が響くや否や、僕とミカのいる貨物室の扉が乱暴に蹴り開けられた。
「おいお前たち! 子供はさっさと部屋に戻れ!」
髭面の男二人組に、あっさりと放り出される。
「食糧も捨てちまうのか?」
「船長の命令だ。今死んだら何にもならんだろう!」
すると、再びミカが僕の腕を引いた。
「ジン、部屋に戻ろう! 大人の言うことは聞かなきゃ!」
僕は無言で、無抵抗のままミカに引かれていく。しかし、乗員室に向かうことは叶わなかった。凄まじい人波に、押し戻されてしまったのだ。
そうか。彼らは防御円陣を組むべくやって来た、魔力を行使する人々――魔法使いだ。
「魔法使いは皆配置についたな? よし、防御円陣、展開開始!」
副船長の声に、魔法使いたちは一斉に両腕を掲げた。掌から、薄紫色の靄のような光が発せられる。すると、ぶわりと光は舞い上がり、飛行船のバルーンを包み込んだ。材質強化の魔法のようだ。
「次! 上空に防御陣を展開する! 皆で一つの円陣を描くんだ。いくぞ!」
しかしその直前、二度目の雷撃が、隣の飛行船を直撃した。
ドォン、と、馬鹿でかい太鼓を巨人が殴りつけたような轟音。それと共に、雷は呆気なく隣の飛行船を引き裂いた。
バルーンからガスが漏れ出し、真っ二つに折れ曲がるようにして、飛行船はぐんぐん高度を落としていく。
やがて、木材が何重にもへし折れるような音を立てて、飛行船は墜落した。真っ赤な炎が周囲の地面を照らす。今更ながら、僕は自分たちが、森林地帯の上空を飛行中であることを悟った。
「気を散らすな! 死んだ仲間は帰ってこない! 我々は生き延びねばならんのだ!」
再び副船長の声。魔法使いたちの恐怖と動揺を消し飛ばすように響く。
「防御陣、展開!」
すると、巨大な円が何重にも組み合わさった図形が、僕たちの頭上に現れた。円と円の間には、複雑な文様が刻まれている。大きさはちょうどこの飛行船を包み込むくらいで、これもまた薄紫色に輝いていた。
三度の落雷。防御陣の展開が遅かった船が一隻、撃墜された。これで残りは四隻。
「何とか持ちこたえろ! 不時着地点に着くまでは……!」
「副船長、こちらももう持ちません!」
「弱音を吐くな! うっ!」
次の落雷は、船を狙ってはいなかった。気流を乱し、防御陣と飛行船にズレを生じさせ、はみ出た船の横っ腹を切り裂くつもりだ。
五度目の落雷で、ついに僕たちの飛行船もバルーンが損傷、ゆっくりと墜落を開始した。
「うわああっ!」
「きゃああっ!」
何とかミカを抱き留める。しかし、このまま落下して助かるとは思えない。
その時だった。
「ミカ! ジン!」
「あっ、お母さん!」
そこにいたのは、ミカの母親だった。
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