第31話

 ユウジの顔から、ふっと笑みが消えた。


「私は君たちの敵ではない、と言ったはずだが?」

「信じられるか、そんなもん! 大体何だ、その、はいぱー……っていうのは?」

「長時間睡眠状態に入ることで極端に寿命を延ばす、否、仮死状態になって半永久的に生きることを可能にする仕組みじゃ」


 ヴィンクの怒声と疑問に応じるサント。その声は、珍しく緊張感ではち切れそうだった。


「じゃ、じゃあ、家族を離れ離れにされた、ってのは……?」

「強制的に、志願させられたんだ」


 うずくまり、歯を食いしばりながらタケオが答える。


「お前たちは世界の危機を救うエリート兵士だ、名誉に思えって言われて、ハイパースリープに……」


 その言葉を聞いてから、僕はユウジを睨みつけ、問いを投げた。


「あなたの目的は何なんですか」

「だから言っているだろう、少年? 『神』を殺すことだ」

「だったらあなたが率先して行えばいいのでは?」

「できることならそうしている。だがそれには、この近辺の大陸にある、『神殺しの魔剣』が必要なんだ。ちょうど君が運んできてくれたようだが」


 ユウジは腕を組み、顎で僕を、否、僕が背負っているものの方をしゃくった。紛れもなく、長剣のことだ。


「あなたは『神』を憎んでいるのですか」


 すると、ユウジが一瞬で鬼のような形相になった。


「憎まない人間がどこにいるものか!」


 顔は真っ赤で、目は吊り上がり、その声は怒り以上の『何か』に震えていた。きっとこれが、彼にとっての『憎しみ』なのだ。


「私の妻と二人の息子は、『神』による攻撃で死んだ! だから私は復讐を誓い、同胞を募ってハイパースリープに入ったのだ!」


『誰かにとやかく難癖をつけられる筋合いはない』――そう言って、ユウジは兜を地面に叩きつけた。


「少年、その長剣を渡してくれ。そうすれば、あと一日でこの戦争は終わる。人類はようやく、再び繁栄の火を灯すことができるんだ。さあ――」


 ゆっくりと歩み寄ってくるユウジ。僕が警戒していると、横から足を掴まれた。タケオだった。


「駄目だ、ジン……。あいつの頭の中には、復讐心しか残っていない……。オルコウ以上の、正真正銘の化け物だ……。長剣を渡しては、駄目、だ……」

「分かってるよ、タケオ」


 そう言って、僕はユウジの前で仁王立ちになった。


「ユウジさん。僕も両親を『神』に殺されている。奴を憎む気持ちは分かるつもりだ」

「そうか! なら早くその長剣を――」

「だけど」


 僕は言葉を切った。ユウジの足が止まる。


「だけど、憎んでばかりいるのが人間じゃない。僕はこの旅で、そう思った」

「は? な、何を言ってるんだ、少年?」

「もし憎しみだけで戦っていたら、人間は『神』の鉄槌を待つまでもなく、自分で自らを殺してしまう。そんな人間の負の部分を体現するような人物に、この剣は渡せない」


 そこまで僕の台詞を聞いて、ユウジは口元を歪ませた。


「いいか、少年! あいつは、『神』は、我々人類の天敵だ! 憎むべき相手だ! それを、その長剣を使えば始末できる! そうすればまた人類は繁栄を――」

「繁栄は戻るかもしれない。だけど、争いも戻るかもしれないよね」


 そう言い放って、数秒後。ユウジは大きなため息をついた。


「そうか。本当ならこんな真似をしたくはなかったが……」


 ユウジはさっと拳銃を振り上げた。銃口は、ぴたりと僕の眉間に定められてる。だが、放たれた弾丸は、サントの構築した結界に阻まれた。ちりん、と地面に落ちる。海風が、無言でそれを転がしていった。


「ふむ。それでは提案だ、少年。君は君の、私は私の武器を駆使し、決闘しようじゃないか。無論、勝った方が長剣を持って『神』を殺しに行く。今まで使い慣れているだろうから、決闘が終わるまではその長剣は君が使って構わない。どうだ?」

「受けて立ちます」


 即答である。しかし、結界の外に出ようとした直前、何かが僕の手に触れた。


「気をつけて、ジン」


 ミカの手だった。こんなに柔らかで優しいものがあるのかと、正直僕は驚いた。が、びっくりしている場合ではない。


「行ってくるよ」


 そう言って僕は、サントの結界から抜け出し、ユウジと相対した。


         ※


 僕がゆっくりと結界の外に出ると、ユウジが自動小銃を背中から引き抜くところだった。これも、タケオと同じだ。弾倉を確認し、バチンと銃身に叩き込む。それから屈みこみ、兜を取り上げて被り直した。


 僕は自動小銃の仕組みや扱い方を知っている。相手の出方は分かっている、ということだ。だが、タケオの上官ともなれば、どれだけ精密な攻撃を加えてくるかは分からない。タケオだって、何体も敵性動物を倒してきたのだから。

 それに、こちらは剣だ。斬って、刺す。場合によっては殴る。自動小銃に比べれば、遥かに単純な扱いしかできない。そこは信じるしかない。この長剣が、僕を担い手として認めてくれているということを。

 もし認められていれば、僕の身体は軽くなり、驚異的な運動性能を発揮することができるはず。一気に圧倒するしかない。


 ふと思いつき、僕は長剣の鞘をその場に放り投げた。身体を軽くする、という目的もある。だが、もう一つは――いや、実際に戦ってみなければ分からない。


「準備はいいか、少年?」

「いつでも」

「そうか」


 兜の向こうから浴びせられる、刺すような殺気。相手が腰だめに自動小銃を構えたのを見て、僕は勢いよく跳躍した。

 スタタタタタタタッ、と聞き慣れた発砲音。火薬の臭い。僕は跳躍の途中で軌道を変え、一旦回避することにした。着地する直前、思いっきり身体を伸ばして、足裏で地面を叩きつける。


 ドゴォン、という派手な音と共に、コンクリートが弾ける。一種の目くらましだ。

 相手が怯んだ瞬間、僕は勢いよく長剣を振るった。コンクリート片と朝霧が一気に切り裂かれる。しかし、その軌道上には誰もいない。

 横転して回避したのだ、と気づいた時には、銃弾がばら撒かれていた。斜め下から放たれる弾丸を、僕は長剣で弾く。弾き切れなかった二、三発が脇腹を掠めたが、こんなもの、負傷の内には入らない。


 相手の立ち上がる気配に合わせ、僕は柄を握り込んで突進。刺突する。相手はこれを、上半身を捻じって回避。

 僕が斬撃の体勢に入る瞬間、相手は思わぬ行動に出た。自動小銃を手離したのだ。


「ッ!」

「ふん!」


 両腕で勢いよく僕の腕を引っ掴み、僕の肘に膝を叩き込もうとする。僕の利き腕が右であることを察し、潰しにかかったのだろう。

 僕は慌てて右手を引っ込める。今度は僕が相手の足を掴み込もうとしたが、その足はさっと引き戻された。


「ぐっ!」


 重心を崩した僕は、左腕で長剣を持ちながら右側に転倒。今度はユウジの足が降って来る。踏みつけだ。原始的だが、こういう場合には有効な打撃となる。

 僕は相手の片足を狙い、左手一本で長剣を振るった。

 手応えはあったが、装甲板を削るだけに留まる。それでも警戒してか、相手は飛び退き、自動小銃を拾い上げた。僕も立ち上がり、長剣を構え直す。


「ほほう、やるな、少年」

「僕じゃない。長剣が僕を認めてくれたからできたことだ。あんたにはできない」

「ふっ、面白いことを言ってくれる!」


 再び自動小銃が唸る。僕は腰を折り、上半身をギリギリまで下げて、真正面から立ち向かう。長剣を盾代わりに、弾丸を弾いていく。頬に一発もらった。これもまた掠り傷だ。


「はあっ!」


 それから、斜め上方に長剣を振りぬいた。だが、相手の巧みな姿勢制御と牽制射撃を前に、剣先は装甲板を掠めるに留まった。


 僕は疑問を抱く。何故、ゴーレムや岩雪崩を蒸発させた時のような破壊力が発揮されないのか。

 もしかしたら、これも『神』がもたらした試練の一つなのかもしれない。長剣に宿った魔力を使うことなく、目の前の男を倒してみせろということか。


 僕は無理やり、斜めに地面を蹴りつけた。身体を横たえるようにして、縦向きに長剣を回転させる。自動小銃を翳し、頭上を防御するユウジ。また防がれたか。しかし、


「チイッ!」


 舌打ちをしたのは相手の方だった。そして、僕もその状況を理解した。

 自動小銃が真っ二つになったのだ。魔力を用いずとも、このくらいの切れ味は保証されているらしい。

 問題は、そこで発生した火花が、自動小銃の火薬に引火したらしいということだ。


 どうにか身体を爆風の範囲外に運ばなければならない。僕は空中で身体を捻り、両足で思いっきりユウジの胸板を蹴った。一回転し、さっと長剣を眼前に翳す。直後、相手の自動小銃は爆発、四散した。

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