第35話
カシャカシャと音を立てながら、長剣が変形した。先端から柄にかけて切れ目が走り、それぞれが別々に回転する。一瞬後には、それは異形の金属の棒となっていた。
「こっ、これは……」
(君たち風に言えば『ベテルギウスの鍵』とったところかな)
「鍵? じゃあ、これはその鍵穴に?」
(そう。それで、僕の機能は停止する。一時的にね)
「一時的、とは?」
(恐らく一千年くらいだろうね。僕が再起動するまでの間は)
僕は顔を顰めた。
「じゃあ、また一千年経ったら、お前はまた人間を攻撃するということか?」
(そうだね。おっと、そんなに怖い顔しないでくれよ。確かに僕は、核ミサイルの雨を降らすことができる。でも、そのつもりは毛頭ない)
「再起動する理由は何だ?」
(君たちを試すのさ。人間をね)
試す、とは何だ?
疑問が顔に出たのか、AIはふっと口元を緩めてこう言った。
(僕はね、感心しているんだ。君たち人間が、憎しみではなく、『大切な人を守りたい』という気持ちで僕に挑んでくれたことに。憎しみ合うことしか知らなかった一千年前の人間たちとは、随分違うようだ。心の在り方というものが)
「つまり、また一千年の間、様子を見ようというわけか」
AIは大きく頷き、こう言った。
(全員とは言わない。だが、君のように勇敢で優しさを持った人間がたくさんいれば、僕に人間を攻撃する理由はない。君たち人間には、次の一千年の間に、深い相互理解に基づいた文明再建を望んでいるんだ。少なくとも僕はね)
「ちょ、ちょっと待ってくれ。『僕は』ってどういう意味だ?」
(おや? 知らなかったのかい?)
互いに目を丸くしながら、僕とAIは見つめ合った。
(一千年前、僕が操作したのは、核ミサイルの管制システムだけだ。君たちが『神』と呼ぶ存在は、他にもいるということさ)
「そう、か」
僕は俯き、短く息をついた。
(その長剣を手にしてしまった以上、他のAIたちを説得して回ることは、君にとっての宿命となるだろう。苦労をかけるけれど)
「心配には及ばない。僕には、どうしても守りたい人がいる」
(そうか。そうだったね)
AIはそれ以上は語らず、そっと僕の前から一歩退いた。頷いてみせた僕は、鍵状になった長剣をそっと鍵穴に差し込んだ。左側に九十度、柄を捻る。
(さよなら、ジン。また一千年後に会おう。いや、君たちの子孫に、かな)
はにかみながら、AIのホログラムが消えていく。完全に消え去ったのを確認し、僕は鍵を引き抜いた。ふたたびカシャカシャといって、長剣の姿に戻る。
すると、僕の足元に光が灯った。点々と輝く光点を追っていくと、僕が入ったハッチへと向かっている。
ゆっくり歩を進めていくと、かしゃん、と音を立ててハッチがスライドした。そこには、ミカの結界魔法が繋がっている。乗り移るのに支障はなさそうだ。
僕が結界に入り込むと、ハッチが封鎖される音がした。しかし、僕は振り返らない。
颯爽と背を向け、ミカが結界を引き寄せてくれるのを待つ。僕が見つめるべきは、かつて憎んだ相手ではなく、今大切だと思える人の方だ。
気づいた時には、僕はスペースプレーンのエアロックに至っていた。外壁が封鎖され、結界が解かれる。内側の壁を抜けた時、当然ながらそこにはミカがいた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
そっと歩み寄ってきたミカを、僕はしっかりと抱き締めた。
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