第24話【第五章】

【第五章】


「ふむ。ここから半日もあれば、この島まで辿り着くじゃろう」


 眼前に広げられた地図を指差し、サントが告げる。


「ここに、ミカを生き返らせることのできる薬草があるのか?」

「そうさな。『可能性が高い』とだけは言えるかの」

「そんな悠長なことは言ってられないぞ。『神』は――」


 割り込んできたカッチュウを片手で制しながら、サントは続ける。

 

「そう、『神』から提示された制限時間がある。移動にかかる時間を考えれば、猶予はないぞ。『神』の居場所までの足は手に入れたとしても、薬草を取りに寄り道することを考えれば」

「ああ、心配すんな」


 ヴィンクが、ここでも壁に背を預けたまま答える。


「あたいの相棒『パール・クラフト』号なら小回りも利くし、この時期には、東に向かうのにいい風が吹いている。だから心配すんなって言ったんだよ」

「じゃ、じゃあ!」


 僕はすかさず手を挙げて、


「ヴィンクの言う化け物を倒しに行きましょう! どこにいるんです? あ、ああ、作戦を……」

「慌てんな、坊や。一筋縄ではいかねえ相手だ」

「詳細を説明してくれ、ヴィンク。俺も、そいつに今の装備で立ち向かえるか、確かめておきたい」

「オーライ」


 僕とカッチュウにまとめて頷きかけ、ヴィンクもまた床にあぐらで座り込んだ。


「あたいらはその化け物を『ゴーレム』と呼んでいる。土と岩で形作られた巨人だ。体高は、あー、ざっとここから天井までと同じくらいだな」


 僕は頭上を見上げ、息を飲んだ。


 僕たちが話し合っているのは、地下鉄の駅のホーム。周辺には民間人がいて、食物の入った袋を吸ったり、遠目に僕たちを観察したりしている。

 夜も更けてきたのか、だんだんその人数は減っているようだ。恐らく就寝室があるのだろう。


「で、そいつの耐久力は? 俺の自動小銃は通用するか?」

「残念だが、大した打撃にはならねえだろう。耐久力、俊敏性、破壊力、どれをとっても他の敵性動物の比じゃねえ。逆に、コイツを倒せたらすぐにでも出発できる」

「迅速であることに誤りはない、か」


 ぽつりと呟いたカッチュウに、僕は首を傾げて目線で問うた。


「ああ、今のはかつて、俺の仲間だった奴の言葉だ。頭痛はだいぶ軽くなってる」

「よかったのう、カッチュウ」


 サントはそう述べるに留めた。だが、僕には察しがつく。

 きっとこの先に、カッチュウの過去が全て明らかになる事態が起きるのだ。それは起こってみないと、どんなものか分からないが。


「ん?」


 疑問の意を表したのは、サントだった。じっと地図の一点を見つめている。


「我輩も初めて気づいたんじゃが、この地下鉄の終着点に、何かがあるようじゃ」

「何か?」

「強力な魔力反応がある。これは……武器かのう?」

「ヴィンク、ゴーレムって、武器を使う?」

「それはねえな。連中は、視界に入るもの全てを、己の拳と足で叩き潰そうとする。それ以外に能はねえよ」


 ということは、地図上にある武器を使って、ゴーレムを倒す手もあるということか。もちろん、使ったことはないし、どんなものなのかも分からないけれど。


「あたいと彼氏は、コイツを倒そうとして戦いを挑んだんだ。三年前、ちょうど夏に。しかしまあ、残ったのは奴の死骸じゃなく、彼氏の圧殺死体と隻眼になったあたいだけだった」


 ヴィンクの端的な、しかし印象的な過去話に、皆が一旦黙り込む。

 しかし、次に口を開いたのもまたヴィンクだった。


「あんたたちの戦い、見せてもらったよ。あたいとあんたたち三人が総力でかかれば、ゴーレムを仕留められるかもしれない」

「よし。早速だが、ゴーレムを討伐するぞ。この線路の出口が、『文明の里』の外にあるというのは確かなんだな?」

「おいカッチュウ、しつこいぞ。決まったならさっさと行こうぜ」


 こうして、僕たちは電灯に照らされた明るい線路を、足早に進んでいった。

 待っていてくれよ、ミカ。必ず助けてやるからな。


         ※


「まずあたいから」

「頼む」


 地下鉄の終着駅のホームの階段を、そっと見上げるヴィンク。それに続くカッチュウ。

 階段上部は天井が崩れており、外の様子が垣間見られた。ちょうど真夜中であるようだ。


「敵性動物の気配はなし。よし、皆上がってきな」


 カッチュウに続いて、僕とサントが階段を上がる。

 外の空気は清浄であり、かつ晴れている。周囲は森林部になっており、聞かされていたゴーレムの姿は見られない。


 僕がふっと息をついた、まさにその時。


「地震か?」

「甘いぜカッチュウ。敵さん、早々にあたいらの気配を察知しやがった。皆、離れろ! 四人共ばらばらに展開するんだ!」

「了解!」

「りょ、了解!」


 カッチュウに従い、武人らしい応答をする僕。その僕の両足の間を引き裂くように、地面にひびが入った。


「下から来るぞ!」

「分かっとるわい!」


 カッチュウの言葉に、サントも緊張を隠しきれない様子で応じる。

 地面が盛り上がり、凄まじい砂礫を降らせながら、件の化け物は顕現した。


 それは、のっそり出てくるというものではなかった。地面が爆発を起こし、凄まじい暴力性がそこから飛び出してきたようだ。砂塵の向こうに、その影を見ることができる。

 しかし、だ。


「んっ⁉」


 その影は、あまりにも巨大だった。が、ヴィンクの説明と違う。地下鉄のホームの天井よりも、体高は遥かに上だ。その影、ゴーレムを覆っていた砂塵が、一瞬で吹き飛ぶ。


「あ、ああ……」


 その巨躯を前に、僕は情けない音を喉から発した。

 四肢も胴体も巨木の幹のように、円筒形でできている。胴体は特に太いが、人間同様の関節を有する四肢もまた、十分な長さと太さがある。

 頭部は、その胴体の上にちょこんと乗っていた。濃い赤色の光を発している。


 だが、言葉を尽くしても語り切れないのは、やはりその巨大さ。ヴィンクが出発前に説明したよりも、遥かにでかい。中くらいのビル一棟分はあるのではないかと思われるほどだ。


 挨拶代わりにとでも思ったのか、ゴーレムは勢いよく両の拳を地面に打ちつけた。二つの点を中心に、地面が捲り上がって再び土埃が立ち込める。


「くっ!」


 視界が利かない。それでも僕は、自分に向かって赤い点が迫ってくるのを察した。紛れもない殺気である。

 僕は横っ飛びし、そのままわざと転んで横転、ゴーレムの進行方向からズレる。それでも、僕の身体は、数メートルは舞い上がった。

 受け身を取ったからいいものの、回避してまでこの破壊力だ。今の突進をまともに喰らっていたら、一瞬で僕の身体は粉微塵になっていただろう。


「ケリー、ゆけっ!」

「待てサント! 俺が一掃射浴びせてみせる!」

「無茶すんな! 坊や、無事だな?」

「は、はいっ!」


 僕が返答の叫びを上げた直後、聞き慣れた銃声が轟いた。ゆっくりとそちらに振り返るゴーレム。その勢いだけで、砂塵が吹き払われる。

 カッチュウの放った弾丸は、しかし、ことごとく弾かれた。ぱらぱらと、呆気なく銃弾が地面に零れていく。


「よし、関節部を狙うんだ! ケリーを戦わせてくれ!」

「我輩に指示するな!」


 文句を垂れながらも、サントはそばに雷のような光を発生させた。ケリーの獅子化である。

 ケリーは真っ直ぐではなく、大きく弧を描くように接近する。そして、カッチュウとサントの会話を聞いてたのか、ゴーレムの膝の部分に噛みついた。


 ゴーレムよりはずっと小さいが、ケリーとて立派な魔女の眷属である。足の一本くらい、もぎ取ってくれるのではないか。


 しかし、それはあまりにも安直な考えだった。実にあっさりと、ケリーは突き飛ばされてしまったのだ。


「チッ! カッチュウ! あんたは榴弾でデカブツの頭を撃て! あたいが膝の関節をぶった斬る!」


 ヴィンクが叫ぶ。それに応じ、カッチュウはゴーレムの頭部に集中砲火を浴びせた。ドン、ドンという爆音が轟き、ゴーレムの頭部を包む。

 身を引くくして接敵するヴィンク。


「はあっ!」


 彼女のサーベルは、過たず相手の膝を切り裂く。が、


「ッ!」


 ヴィンクはサーベルを手離し、慌てて後退した。何事だろうか?

 よく見ると、サーベルは相手の膝にめり込んでいた。ヴィンクはその場に留まる愚を犯さず、回避行動に移ったのだ。


 せめて榴弾がゴーレムを破損させていれば。しかしそれは、甘い考えだった。

 黒煙が晴れた時、ぬっと現れた相手の頭部。それは、やや煤がついたくらいで、損傷しているようには見えなかった。


 こちらの攻撃は、ことごとく弾かれている。次にまたゴーレムが突進を試みたら、回避できるかどうか分からない。

 だが、皆が僕の短剣よりも威力の高い武器を持っているのは事実だ。僕にできるのは、時間稼ぎくらいだろう。


 僕は短剣に念じ、妖光を灯らせた。


「おい、こっちだデカブツ! こっちを見ろ!」


 ぶんぶんと短剣を振り回す。


「ジン! 無茶をするな!」


 カッチュウの声がしたが、無視。反対に、ゴーレムはこの光に目を奪われた様子だ。

 僕は一つの考えに至っていた。関節部は、確かに脆い。膝の裏を狙えば、勝機を見出せるのではないか。


 しかし、それがまずかった。僕は考えるのに囚われて、相手の挙動に注意を払いきれなかったのだ。そしてふっと気づいた時には、ゴーレムが猛突進してくるところだった。

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