第33話 追撃

 シュロとユヴァルは、デザストルが放った一撃を呆然と見ていた。


「デザストルの攻撃、ダンジョン直撃したぞ!」

「マツリカ! マツリカ状況はどうなってる!」

『ああもうっなんだあのデカブツは!? シュロの防御も混合神の防御も食い破る一撃だと……!?』


 解析はマツリカに任せ、シュロはデザストルの行動を観察した。

 ダンジョンを半壊させるほどの一撃を放ったあとだ。さすがにすぐには動けない。

 けれどその体内には、着々と魔力がたまりつつあるようだった。


 ダンジョンの状況を、通信魔術越しにマツリカが報告する。


『損害はでかいぞ。ダンジョン半壊、混合神は翼をやられて追撃は期待できん』

「トリニティ……!」


 もう少しシュロの方で威力を殺しきれていれば、トリニティも無傷だったかもしれない。

 自分の弱さを悔やみかけたが、今すべきはそんなことではない。デザストルは再び魔力を蓄えつつある。


「これ二発目すぐ来そうだな」

「今度はトリニティ・オブ・セレスの防御魔術は期待できんぞ。どうする、シュロ」

「っていうか、一撃目あれで、追撃がすぐ準備できるのって、なんか変だと思うんだけどな」


 魔力は無尽蔵に湧いてくるわけではない。いくらデザストルの魔力炉心が特別製とはいえ、一撃目と二撃目の間が短すぎる。


 と、デザストルがシュロとユヴァルに気づき、その前脚を振り上げた。

 赤子がだだをこねるように、両腕で地面をたたく。デザストルほどの巨躯ともなれば、たったそれだけでも立派に脅威だ。


「くっ……」

「下がれ、ユヴァル!――”鬼百合おにゆり”八千展開っ!」


 シュロの剣先に宿ったごうごうたる炎が、デザストルの前脚を襲う。けれどすぐに避けられ、鋭い爪の一撃がシュロの足元をえぐった。


「炎がだめなら、斬撃か? ”紫陽花あじさい”八千展開」


 剣先に風が渦巻く。白い軌跡を描いて逆巻く風は、剣呑な鋭さと魔力を帯びている。

 真空を帯びた刃がデザストルの前脚に食い込む。よく練り上げられた魔力は、暖めたナイフでバターを切るかのように、デザストルの爪の何本かを切り堕とすことに成功した。


『ギャアアアアアッ!』


 あんな巨体でも痛覚はそれなりにあるらしい。赤黒い血をほとばしらせながら、デザストルは悲鳴を上げた。

 そのまま狂ったように身をよじらせ、爪で地面をえぐり散らす。

 それを身軽なステップで避けながらも、シュロは密かに毒づいた。


「っとぉ、この力が面倒だな……!」


 洗練されていなくても、デザストルはただ暴れるだけで脅威になる。


「早く倒さないと、皆が――ロップが、危ない」


 戦うことを知らない、丸腰の少女。こんな巨獣の前ではひとたまりもないだろう。

 シュロはロップの小さな顔を思い浮かべながら、ぐっと剣を握りなおした。

 ルクトゥンとして何度も窮地を脱出してきた。今回だってきっとどうにかなるはずだ、いや、どうにかしなければならない。


「あんなデカブツでも弱点はあるはずだ。よく観察すれば突破口は見えてくるはず……!」


 シュロは”紫陽花あじさい”を用いて、デザストルの後ろに回り込んだ。


「……んん?」


 デザストルの背中に妙な紫色の文様が刻まれていた。

 普通の魔術陣に描かれた、動植物の意匠とは少し異なる。禍々しく、いびつな、左右対称ですらないその文様からは、おぞましい気配が漂っている。

 恐らくは巨人族の魔術だろう。シュロは通信魔術を展開し、マツリカに連絡する。


 自分が見たものを説明すると、マツリカは興奮を押し隠した声でたずねた。


『それ、左右非対称だよな? 黒みがかった紫で、文様に規則性がなくて、見ただけでヤバいって分かるような?』

「そうだけど」

『あーもうっ! どうしてそれを思いついたのが僕じゃないんだ! そうだよなそりゃそうさ、デカブツにブースターのっけて派手に自爆させりゃあ、ダンジョンの一つや二つ吹っ飛ぶのは当たり前だ!』

「おいおいマツリカ、興奮してないでアレが何なのか教えてくれよ」


 マツリカはコホンと咳ばらいをして、言った。


『あれは”エウダイモン”と呼ばれる魔術陣の一種だ。呪いに近い魔術で、あの魔術陣を付与された生体から、魔力をしぼり取ってしまう』

「しぼり取る……?」

『いきものは、常に百パーセントの力を出しているわけじゃない。リミッターがかかっているわけだな。けれどエウダイモンは、そのリミッターを強制的に外してしまう』

「てことは、デザストルは……百パーセントの力を強制的に出させられてるってわけか。厄介だな!」

『まずあの魔術陣をどうにかしないと』


 シュロは剣を構えなおす。


「”紅花べにばな”八千展開!」


 紅蓮の炎が弾け飛び、デザストルの背中を襲う。けれど魔術陣はびくりともせず、かすり傷さえもつけられない。


「固いなおい!」

『だめだ! エウダイモンにはちまちました物理攻撃はきかない! デザストルなんぞ足元にもおよばないような、けた違いの魔力をぶち込めば破壊はできるだろうが……』

「ダンジョンが壊れた今、それだけの魔力を確保できる場所がないってことだな」

『そちらへ向かう。僕ならある程度エウダイモンの効果を弱められるはずだ。僕は呪いのプロだからね!』

「分かった!」


 ――その応答で、一瞬対応が遅れた。

 窮鼠きゅうその速さでデザストルが繰り出した右腕の一撃。それは無慈悲に正確にシュロの頭上から降り注ぐ。

 避けようにも、周囲はデザストルが耕したせいで、ひどく足元が悪かった。


「鳳仙花、」


 防御術式の展開にはわずかに足りない。シュロは直撃を覚悟した、が。


 桃色の物体がデザストルに突っ込んでいき、軌道をわずかにずらした。

 ずどぉんという鈍い音と共に、デザストルの拳が地面を穿つ。


「珍しい。英雄も油断することがあるです?」


 聞き覚えのある涼やかな声。シュロは耳を疑った。

 デザストルに突っ込んだ桃色の物体――その正体はタルタロス――の上に立っているのは、まぎれもない、あのロップだ。


「ばっ、おまっ、こんなとこで何してんだ!?」

「そのカッコ、暑くないです? 黒ずくめはファッション音痴の逃げ場と先生が言ったです」

「誰がファッション音痴だ! って、そういう話をしてるんじゃなくて、さっさと逃げろバカ!」

「もちろん。お前と一緒に」

「だめだ、俺はここでこいつを足止めしないと」

「ノー。私がここへ来た理由、お前を連れてくるため」


 そう言ってロップは無理やり口の端をつりあげてみせた。虚勢を張ったその笑みは、かすかにふるえているけれど。

 ロップは言い放った。


「私だって、手伝うはできる」

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