第19話 乱入者

 火龍はトカゲの姿に似ている。

 黒く細長い体に、ちろちろと青白い炎をともしながら、岩の上を素早く這って歩く。


 シュロはリュックからボウガンを取り出す。ヴィクトリアもまた、魔術陣から数本の矢を呼び出し、火龍に射かけた。 

 だが二人の放つ矢は、むなしく地面に突き刺さるだけだった。


「速い……ッ! 動きが追えませんわ!」

「動きを先読みするんだ! そしたらびゅっと撃て!」

「ちょっと、英雄語使うのはお控え頂けませんこと!?」

「え、英雄語ってなんだ英雄語って!」

 

 速すぎて狙いが定められない。そのすきに火龍は、天井近くの場所に陣取り、有利な態勢になった。

 シャッと威嚇音いかくおんを立てた火龍は、ぐぱりと大口を開けた。

 その口の中に、青白い魔術陣が展開される。


「火炎攻撃ですわ!」

「問題ない。――”睡蓮”三千展開!」


 剣先に現われた魔術陣が、薄桃色の光を放ちながら回転する。

 火龍が凄まじい熱量の炎を吐き出す。

 それに呼応するかのように、シュロの剣先から透明な氷がほとばしる。

 

 充満する熱気を圧倒的な冷気でねじ伏せ、吐き出した炎ごと氷の中に封じ込める――それはシュロの操る中で、最も美しい魔術だった。


「ぜぇええりゃああっ!」


 気迫一閃、その冷気ごと火龍を断ち斬った。

 が、その手ごたえは軽い。


「……脱皮したのか!」


 シュロが切りつけたのは、火龍の抜け殻だった。 

 瞬時に脱皮し、抜け殻を残した火龍は、再び地面の中に潜ってしまった。


「逃げたの?」

「いや、隠れてるだけだ。次来るぞ!」


 しかし火龍はなかなか姿を見せない。

 地面から蒸気が吹き上げるたびに、火龍と勘違いしてびくりとしてしまう。


 その状況に焦れたのだろう、ヴィクトリアが両手にあの小手を顕現させる。


「ちょちょちょ! さすがにそれはやばいんじゃ……!?」

「地面をドガンと一発やれば、火龍も驚いて出てきますわよ」

「世の中そんな単純じゃないと思うけどなあー!」

 

 ロップは耳をひくつかせる。

 地面の下の音は聞き取りにくいが、徐々に聴力を取り戻しつつある彼女にとっては、ちょうどよい肩慣らしだ。


 そうしてやがて、ごうんっ、と岩のぶつかり合う音と、火龍の威嚇音を聞きつける。


 ぱっと振り返ったロップは、やる気満々のヴィクトリアの服を強く引っ張った。


「きゃ……ッ」

「足元です、シュロ!」

「了解っ!」

 

 ヴィクトリアが立っていた場所に、シュロが剣撃を打ち込む。


『ギャアッ!』


 金切り声を上げながら、火龍がばっと飛び出してくる。

 顔面に切り傷を負った火龍は、狂ったように壁を這いずり回り、無茶苦茶に炎を吐き散らす。

 運悪く炎を食らったのはトリニティだった。

 

「あちちち! あっづい!」

「トリニティ! 大丈夫か!」

「へーき! てか一応私、ここのダンジョンの支配者なんですけどー! こうなったら支配者権限で……!」


 翼を出現させたトリニティが、右手を高くかざし、呪文を詠唱しようとした瞬間。


 岩を打ち砕くすさまじい音と共に、桃色の物体が壁を突き破ってきた。


「へっ?」


 飛び散る岩石。立ち込める蒸気と噴煙。


 その中でもはっきりと見える、ハダカデバネズミを巨大化させたようなその物体は――。

 顎を大きく開くと、ぐわんっ、と火龍を食らってしまった。


 ばぎょばぎょ、もっちゃくっちゃ、と。

 骨や皮ごと火龍を咀嚼する音が、どこかぼんやりと響いている。


「……こ、こいつが、もしかして?」

「うん、こいつが――タルタロスだよ!」


 巨大な濃いピンク色の、気持ち悪い生き物。

 赤っぽい液体を全身に滲ませ、太い手足には出来損ないのような爪が申し訳ていどに備わっていて。

 大量に生えそろった、歯並びの悪い歯で、ばりばりと火龍の尾っぽを噛み砕いていた。

 

「向こうからきてくれたのはありがたいけど! どーすんのこれ!」

「えっと! とりあえずぶん殴ったら良いかしら!」

 

 ヴィクトリアが両腕の小手に魔力を籠める。


「『我が守護女神、月見ず月のエレナよ。加護受けし我が双腕にて、汝が敵を打ち砕かん!』

「あっ、待て!」

「どおぉおおおりゃあああっ!」

 

 地面を紙切れのようにぐしゃぐしゃにしてしまう、ヴィクトリアの一撃が、タルタロスの顔面を穿つ。

 だがその一撃は、水面を殴るかのように手ごたえがなく。

 皮でぶよついたタルタロスの体は、ヴィクトリアの打撃を吸収し、威力を分散させてしまった。


 むしろヴィクトリアの方が拳を痛めたらしく、涙目でぴょんぴょんと飛び跳ねているいる。


「~~~~んもうっ、なんですの! キングスライムをぶん殴ってるみたいですわ!」

「タルタロスは打撃にめちゃくちゃ強いんだよ! 切るしかない!」

「でも、切ってしまったら、こいつの巣が分かりませんわ! 私の通訳者が!」

「わーってる! 俺に考えがある」

 

 シュロは剣を納めた。そうしてリュックから、魔術陣の描かれた羊皮紙を取り出す。

 

「『”鳳仙花ほうせんか”一千展開』」


 羊皮紙はぼうっと赤く光り、シュロの体に染み込んでいった。

 

「これでよっし! んじゃ、あとよろしく~」


 シュロは一人で頷くと、タルタロスの方に駆け寄ってゆく。

 武器もなく。攻撃や防御の姿勢も取らず。

 無防備な子どものように駆け寄ったシュロは、そのまま――。


 あんぐりと開けられたタルタロスの口の中に、飛び込んでいった。

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