第24話 ウサギの罠

 シュロとロップは、念のためにタルタロスの巣をくまなく探してみたが、火喰い鳥ランキラの羽は見つからなかった。


「そううまくいくはずもない、か」

「でも結構レアな素材があるです。羽と交換できそうなものも見える」

「交渉材料にするってわけか。っていうかそれなら、黄金鍵ピックと交換って交渉もできるよな」

「釣り合わない。私ならうそを疑うです」

「確かに、詐欺だよな」


 そう言いながら、シュロは金属板プレートを二度タップした。

 現れた赤い点――他の受験者たちの位置を確認する。


「それじゃ、近い位置の受験者から話しかけていこう」


 階層を上がり、遭遇した受験者に話しかけてみる。いかにも強そうな壮年男性の受験者や、抜け目なさそうな獣人、鉱石の精霊の受験者もいた。

 しかし彼らは火喰い鳥ランキラの羽に関する情報は持っていなかった。


 それどころか、金属板プレートの仕組みも分かっていない者が多く、逆にシュロがアドバイスをする羽目になった。


「なかなかうまくいかないな」

「気長にいくです。時間はまだたっぷりと、さながら一日目のシチューのようにある」


 階層を一つ上に上がると、ドワーフの通訳者を連れた剣士と遭遇した。なかなかの闘気を放っている。


「どーも。あのさ、単刀直入に言うけど、火喰い鳥ランキラの羽とか持ってないか? 良かったら俺の持ち物と交換してほしいんだけど」


 シュロは極めて友好的に話しかけてみた。しかし、反応はかんばしくなかった。

 剣士は顔を歪めて唾を吐き捨てると、いきなり背中の二刀流を抜きはらったのだ。


「はッ! そんなもの持ってるわけねーだろ! っつーか、この俺に丸腰で話しかけてくるなんて馬鹿なヤツ! お前も他の受験者みたいに、試験終了まで寝かしつけてやろうかあ!」

「どういうことだ? 他の受験者を襲ったのか?」

「ああそうだ。もう三人くらいは狩ってやったぜ!」

「行動力のある馬鹿は厄介」


 ロップが心底面倒くさそうな声で呟くと、剣士の男は面白いほど激高した。

 唾を飛ばしながらぎゃんぎゃん吼えちぎっているのには見向きもせず、


「あの赤い点は、意識を失っている、もしくは死んでいる人間を表示しない」

「あ……だから赤い点が三十人ぶんなかったのか! じゃあその、意識を失ってる受験者については、自分たちで探すしかないわけか」

「イエス。面倒。こいつのせい」


 じっとりとにらまれて、剣士の男はさらに怒り狂う。

 二刀流を構え、何の予告もなくロップ目がけて跳躍した。

 けれどその攻撃はシュロにたやすく受け止められ、さらに地面に突き飛ばされてしまう。


「このや、」


 ろう、と言い切ることはできなかった。

 シュロの抜いた剣が、ぞんっと空気を切り裂いて、男の眼前にまで迫っていたからだ。

 必殺のルクトゥンの一撃は、けれど、男の体に触れることなく寸止めに終わる。ぴしりと揺れる空気だけが、時間の経過を教える。

 けれど、シュロの放った殺気は、確実に男の体をぶち抜いていて。


「は……はっ……?」


 一瞬遅れて、男の体がおこりのように震え始める。

 シュロのまなざしのその昏さ、その重さ! 

 黄泉よみの淵をかいま見るような、死神に足を掴まれたような、そんな紙一重の死が彼の眼からは感じられた。

 失禁せずにすんだのは、男の功績ではない。

 彼の通訳者であるドワーフが、彼に情けをかけて、膀胱ぼうこうを強制的に締めあげる魔術を使ったためだ。


 ドワーフは、被っていた帽子をちょっと脱いで、謝罪のしぐさをした。


「我の担当受験者が失礼をした。して、お探しの火喰い鳥ランキラの羽だが……」

「持ってるのか!?」

「否。我らはそのような素材を持ってはおらぬが、持っている女ならば知っている。彼女もお前のように交換を求めてきた」

「マジか! ほんとに彼女は羽を持ってるんだな?」

「ああ。あれは間違いなく火喰い鳥ランキラの羽だろう」

「よっしゃ! その人はどんな素材が必要だって?」

「確か、ミノタウロスの聖斧せいふと言っていたか」


 ミノタウロスの聖斧せいふ。武器のように聞こえるが、植物の別名である。しかもスズランに似た非常に愛らしい花で、根っこは媚薬などに使用される。


「情報助かったぜ! ありがとな」

「礼には及ばぬ。虫の好かんこの受験者に痛い目を見せてくれたお礼だ。――しかし、少年よ。用心せよ」

「んん? どういうことだ」

「その女は、配布された金属板プレート以外、身に一つも金属を帯びておらなんだ。武器でさえも持っておらぬ」

「金属を……?」

「魔術師であれば武器を持たぬことはままあるゆえ、些事さじではあるのだがな。ドワーフは武器を持たぬ者を信用しておらぬがゆえ、僭越ながら忠告させてもらった」


 そう言うとドワーフは、茫然自失ぼうぜんじしつの受験者の襟首をつかむと、ずるずると引きずっていった。

 彼らを見送るシュロは妙な顔をしていた。


「? 情報を得た。喜ばない?」

「ああ、いや……金属を持ってない、ってのがちょっと気になってな。っていうかそのミノタウロスの聖斧せいふって、花だよな? このダンジョンにあったか?」

「ミノタウロスの聖斧せいふなら、上層で見かけた記憶がある」

「上層ってことは、別にレアな素材じゃないんだな? なんでわざわざ交換なんて……」


 二人は顔を見合わせる。


「罠?」

「その可能性が高いな。乗らない方が良いかもしれない」

「大さじ一は賛成。ただ、小さじ一くらい反対」

「だいたい賛成だけどちょっとだけ意見があるってことだな? 言ってみてくれ」

「その罠が何なのか分かれば――罠を外して、エサだけかっさらう作戦を立てられる」

「なーるほど? ロップにしちゃリスキーなこと言うじゃねえか」


 ロップはかすかに口の端を吊り上げた。


「ウサギを追いかけた先にあるものが、今晩の食事ばかりとは限らない。二度と這い上がれない落とし穴が待っていることもあるでしょう」

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