第5話 撃破
凄まじい勢いで床に叩き付けられるシュロを見て、ロップが悲鳴に近い声をあげた。
「シュロ!」
「ううん、彼はあっち!」
「良かった! でも、いつの間に……?」
「分っかんないけど、ともかく! 私も逃げなくちゃ!」
かぎづめで蔦に切りつける女だったが、拘束はどんどん強まってゆく。
柔らかな体に、蔦の棘が食い込み、いく筋もの血を流す。
魔力が吸い取られているためだろう、白い肌からは徐々に血の気が失われつつあった。
「あんたがダンジョンのボスだな? 待ってろ、今助ける!」
シュロは剣と防御魔術で、襲い来る蔦をいなしながら、サガレン本体の方に向かっていく。
けれどおびただしい量の蔦が、シュロの体を遠くへと押し流していってしまうのだ。
「ちまちました攻撃じゃだめだ! ”
「だめです! あのダンジョンのボスは、まだダンジョンを支配してる!」
「分かってる! ダンジョンの支配権が彼女にあるうちは、彼女を守らないと!」
このままボスごとサガレンを焼き尽くすのはたやすいが、それではこのダンジョンを正常に保つことができない。
ボスを守りながら、サガレンを殺す。それもただちに。
そんな離れ
接敵を許さないこの大樹は、さらに厄介なことに、急所である
「こいつ……急所、どこだ!?」
一見すると木のような体表は、ときおり液体のようにどろりと形を変え、魔力の炉心を次々に動かしている。
例えシュロがその
それどころか、その一撃から魔力を吸収して、すぐさま回復してしまうようだった。
既にダンジョンのボスの体は、ほとんど蔦に覆われてしまっている。
あのサガレンが、ボスほどの巨大な魔力を持つ存在を飲み込んでしまえば――。
爆発的に生長してしまうだろう。ダンジョンを突き破るほどに。
「くっそ、何とかしないと……! 俺は絶対に、この試験に受からなきゃならねーんだ!」
いっぽうのロップは器用に飛び跳ねて蔦の攻撃をかいくぐりながら、全神経を耳に集中させていた。
踊るような足取りは、
サガレンの繰り出す蔦のうち、半数をその身に引きつけておきながら、息切れする様子もない。
当然だ。ウサギの獣人は、牙も爪も持たない。
相手の隙をついて逃げることが、彼女たちが唯一取れる手段だった。
追いすがる蔦を切り払い、シュロが叫ぶ。
「ロップ、まだ逃げられるか!」
「朝飯前だコノヤロー」
涼しい声で返したロップは、じっとサガレンに耳を集中させた。
動き回る魔力の炉心の位置を把握することなど造作もない。例え部屋中に凄まじい攻撃音が反響していたとしても。
――シュロの吐息、落ち着いた心音、よどみない足運びの音。
――蔦が地面を叩く音。しなる蔦が空気を切り裂く音。
その中でもはっきりと分かる。
どこか重みを帯びた炉心の音を、ロップは確実にとらえている。
「……右右左上、左下から右上、上上下下右左右……だったら、次は! 右上!」
大樹の体表が、またしてもどろりと姿を変えた。
炉心の位置は――右上。
「……見切ったです! シュロ、炉心の位置は規則的に動いてる! さながら時計!」
「りょーかい! 俺が接近するタイミングで指示くれ!」
「えっ……と、分かったです!」
シュロは蔦の攻撃を避けながら、サガレンの本体に接近してゆく。
その様子をうかがいながら、ロップは魔力炉心の位置を見極め続けていた。
シュロに絡みつく蔦を、剣先の防御魔術が振り払う。
剣を構えなおしたシュロは、サガレンにもうあと二、三歩で届く位置にいた。
「”
シュロの剣先にごうっと炎がともる。
それは概念の炎だ。周囲の魔力を凝縮させ、高濃度の魔力に変換したものを、炎の形に似せているらしい。
凄まじい魔力量が渦巻き、地鳴りのような音を立てる。
少年の体には過ぎたほどの力を、けれどシュロは苦も無く操っている。
高度な火炎魔術を乗せたシュロの剣は、主人の命令を待つ忠犬のように、ロップの指示を待っていた。
その事実にぞくぞくしながら、ロップは叫ぶ。
「……ッ、左!」
「っしゃおらああっ! 食らえええっ!」
火炎魔術を乗せたシュロの一撃が、サガレンの左側面をえぐる。
ぐにゅり、と剣がめり込んだ断面から、青紫色の液体がどばっとふき出した。
サガレンの体がこわばり、変形をやめる。
「きゃっ」
全ての蔦が急に地面に垂れた。解放されたボスがどさりと落ちてくる。
ぎぎ、ぎぎぎ……と何かがきしむような音を立てながら、その大樹はまるで岩のような色に変わってゆく。
そうして、シュロが剣先でつついた瞬間。
サガレンは、ばきり、とすさまじい音を立てて砕け散ったのだった。
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