第4話 開始五分でボス戦
"さくっと最下層まで潜って、ボスを殺す。"
能天気すぎるシュロの言葉に、ロップがため息をついた。
「そう簡単に行くわけないだろノータリン」
「ひどいな!? っていうかなんでだよ!?」
「ダンジョンボスはギミック
「えー、でも、素手でも岩は砕けるぞ?」
のんきなシュロの言葉に、ロップはじとりと自分の担当受験者を見た。
「お前の脳みそは筋肉でできている? エビ顔負けです」
「エビって全身筋肉って言うよな。ってかそう考えると、エビ食うのちょっと怖くなってきたんだけど」
「共食いになるでしょう」
「うるせえ」
と言いながらもシュロはどこか嬉しそうだ。
ロップの顔がますます渋くなる。
「ののしられて喜ぶ趣味があるのはヘンタイだと先生が言っていた。お前はヘンタイです?」
「変態じゃねっつの。いやまあ、こうやって喋りながらダンジョン潜るの久々だなーと思って」
「それは事実? 戦闘のプロなのにです?」
「戦闘のプロだからこそ、こんなお喋りしながらダンジョン攻略なんかできねーぜ。生きるか死ぬか、だからな」
ロップは神経質に耳をひくつかせた。
「ともかく。ボスより何より先に、集めるべき素材を確認するが吉でしょう」
「あ、そっか」
ロップは嘆息し、ポケットから一枚の薄い
「ええと、必要素材は……月見ず月の
「いずれもこのダンジョンで取得可能。それぞれの素材の説明は必要です?」
「おう。よろしく頼む」
ここに書かれている素材の知識はある。けれどシュロはあえてロップの説明を促す。
もしかしたら、自分の思い込んでいるものと、試験官が要求する素材は異なるかもしれない。その取り違えを防ぐためだ。
ロップはすらすらと説明してくれた。
月見ず月の
ダロウの
「ん。俺の考えてる通りの素材だ。でもここって初級者から中級者向けの模擬ダンジョンだよな?
「――取得できない素材を試験には出さないです。そこは試験官を信頼するが吉でしょう」
「……なるほど? 了解」
ロップは、火喰い鳥はいるのか、というシュロの問いかけには答えなかった。
火喰い鳥は棲息していなくとも、火喰い鳥の羽は採取可能。そういうことだろう。
とくれば、そういった素材の手掛かりはどこにあるのか、という話になる。
「他に何か試験官に
「ないです。……今は」
”今は”というのは、恐らくロップのサービスだろう。
聞くべき時が来れば、彼女はきっと別のことを口にするに違いない。
それを悟ったシュロはにっと笑った。
「やっぱりあんたは、良い相棒だ」
「お世辞ととるが吉でしょう。で、これからどうするです」
「どうもこうも、さっき言っただろ。ボスを殴りに行く!」
シュロは鍾乳洞の奥へと進んでゆく。ボスを倒すという目的を変えるつもりはないらしい。
だが、やはりと言うべきか。
下層へ至るための階段には大きな錠前と、絵柄を合わせるタイプのシリンダー
「魔術防壁。力業で壊すのは不可能」
「まあ、壊したら階段ごと崩れそうだしな。なんか聞こえる?」
ロップは耳を澄ませる。
シュロの心音さえ聞こえるほどの高性能な耳は、遠くで魔術の稼働する小さな音を聞きつけた。
「恐らくは
「なんで?」
「稼働しているなう――。つまり、捕縛は現在進行形で展開されているです」
「俺たちより先に、誰かがボスに向かってるってことか?」
意外にもロップはきっぱりと首を振った。
「ノー。最初の転移先は女心のようにランダム。ですがボスの目の前に転移される可能性を通訳者は寝耳に水」
「聞いてない、ってことか。じゃあ捕縛魔術は、いったい何のために稼働してるんだ?」
「私は答えを持っていない」
シュロはしばらく考え込むように錠前を見ていたが、やがてリュックをごそごそとやりだした。
「やー、この試験、持ち込み可でほんと助かったわ」
「それは……ヘファイストスの
取り出したのは、花の
「どんな錠前もたちまち開ける伝説のある鍵ですか!?」
「そ。というわけで、開錠~」
ややあって、鍵があっさりと開いた。シリンダー錠の方もだ。
気づけば
ダンジョンのボスへ至る道筋は、あっけなく開かれてしまった。
シュロは鼻歌交じりに階段を下ってゆく。ロップは呆気にとられながら尋ねた。
「……お前、何者です」
「シュロ・アーメア」
「名を聞いてるわけじゃないスットコドッコイ。――ヘファイストスの
「うん」
「それは――。ッ、止まるです!」
踏み出しかけたシュロの足が空中で止まる。その足が踏むはずだった階段には、一本の蜘蛛の糸。
魔術の気配を帯びたそれは、ぎらりと怪しく輝いて、
「っぶね、よく気づいたな」
「湯気が立つほど新鮮な魔術は、ことこと音がする」
「ってことは、この魔術を仕掛けたやつは、まだ近くにいるってことか」
シュロは軽やかな
ダンジョンの床が、ひんやりとした大理石のそれに変わる。
壁も似たような材質でできているらしく、ロップが眉をひそめた。
「音がこだまです」
「聞こえづらいか?」
「イエス。でも、捕縛魔術がどこで使われてるかくらいは判定可能」
ロップは耳を澄ませた。
その
「いま!」
「ああ! 俺にも聞こえた、こっちだな」
二人は悲鳴の方に向かって走った。
奥まったところにある、神殿めいた柱の間を抜け、巨大な扉を潜り抜ければ、そこには。
いびつに生えた大樹のような何かと、それにからめとられた一人の女の姿があった。
「んもーっ! は、な、せーっ! 私をなんだと思ってんのよーっ!」
普通の女ではない。締め上げられて動かせない腕には、茶色の毛が生え、鋭いかぎづめまで生えそろっている。
獣人だろうか、とロップは思う。
金色に輝く目、艶やかな長い赤毛の髪を持つ女は、黒ずんだ大樹にぎちぎちと締め上げられ、
「あの大樹は……?」
「恐らくサガレン――植物の魔物だろう」
「でも、あんなにでかいのは私も初見。あっちがダンジョンのボスの可能性もなくはないのでは?」
ロップの言う通りだ。
けれど、シュロは一目で分かった。
「いや違う、このダンジョンの支配権を持ってるのは、あの金色の目の女の方だ。――でも、どうして襲われてるんだ?」
「それは……ッ、こっちにも来る!」
床から生えた
ロップとシュロは左右に飛んで避けた。
「うわっ!」
避けたはずだった。
けれどシュロの右足には、蔦の先端が絡まっていて――。
蔦が思い切りしなって、シュロの体を何度も地面に打ち付ける。
床が抉れる鈍い音が何度も、何度も、部屋じゅうにこだました。
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