第3話 試験、開始

 やってきた試験官は、いかにも公務員ふうの髭を神経質になでつけながら、試験は予定通り行われる旨を告げた。


「えー、先ほどの、槍状の物体……はですね、アー、天龍種ドラゴンの、えー、事故であった旨、確認が取れましたので」

「事故? それはまことかしら?」


 鋭い質問は、魔獣の群れに矢を浴びせかけたエルフの少女から発せられた。

 試験官はおどおどと、


「事故であるか否かといいますのはー、あー、主観的な、えー、要素も、含みますのでー」

「ではあの魔獣は?」

「あれもですね、えー、事故であります」

「確認させて下さる? あの魔獣と槍については、試験の評価には含まれないということですわね?」


 少女はシュロを見ながら尋ねた。試験官は大きく頷く。


「試験開始前の行動は一切評価に含まれません」


 きっぱりと言い放たれ、シュロは苦笑する。

 エルフの少女はふふんと笑い、


「まあ良いでしょう。準備運動ていどにはなりましたわ」

「他人に矢を射かけるのが準備運動とは。エルフの倫理観はミジンコ並みでしょう」


 小さく、けれど確実に聞こえるようにロップが言うと、エルフの少女がぎろりとこちらを睨みつける。

 けれどロップは涼しい顔でいる。か弱い草食動物に見えて、意外と肝が据わっているらしい。


 気まずい空気の後、試験官が試験についての説明を始めた。


「試験はごく単純なものです。本日中、つまり今から十六時間の間に『デミ・ヴィラーズ」をクリアしてください。

 『デミ・ヴィラーズ』は、今回の試験用に我々が作成した模擬もぎダンジョンです。

 ダンジョン自体の難易度は初心者から中級者向け。ただし、外から持ち込んだ魔獣や素材もありますので、ご注意下さい」


 初心者から中級者向けのダンジョン。

 ということは、普通の魔術師や戦士であれば、ものの半日で攻略が可能である。

 

「ただし! 事前に通訳者に渡している金属板プレートに書かれた、三つの素材を集めて頂く必要があります。

 加えて! 皆様方にお付けしている通訳者――彼らを五体満足の生きた状態で守り通して頂かなければなりません」


 シュロは頭の中で整理する。

 要するに試験の課題は三つだ。


 ダンジョンをクリアすること。

 要求された素材を集めること。

 ――そして、ロップを守ること。


 誰かが質問をした。


「どこを評価されるかは事前には明かされないんですよね?」

「ええ。ですが、これはダンジョン管理人の国家試験です。管理人は、高い職業意識を持ってダンジョンに入る必要があります」

「職業意識、ですか」

「ダンジョン管理人の究極の目的は、ダンジョンの治安を守ることにあります。依頼人を守ったり、素材採取などの依頼を達成することも大切ですが、究極的にはダンジョンの保全が目的です。――それをお忘れなきように」


 シュロはそれを胸に刻み込む。


「よーするに、お前もダンジョンも丸ごと守ればいい……ってことだな!」

「簡単だという顔をしているが、ほんとうに簡単かどうかは分からない」

「そーなんだけど! ……でも、どっちが悪いとか、どっちが正しいとか、そういうことを考えなくていいのは、楽だろ?」

「? 質問の意味が分からないです」

「分かんないならそれはそれで」


 どこか楽しげなシュロの様子に、ロップは耳をひくつかせる。


 周りの候補者たちは、それぞれの通訳者と作戦を立て始めている。

 ロップたち通訳者の仕事は、ダンジョン内の魔獣の言葉を翻訳し、受験者に伝えることだ。

 試験を構成するための一つの要素にしか過ぎないが、それでも、共にダンジョンに潜るのであれば、腕の立つ方が良いだろう。


 ロップは、他の通訳者の顔ぶれをちらりと見る。

 エルフの亜人にドワーフ。鋭い爪を持つ猫の獣人に、いかにも力がありそうなサイの獣人。

 あちらには魔術に長けていそうな鉱石の妖精もいる。


 対する自分は、どうだろう。

 ロップには鋭い爪も、ものすごい力も、卓越した魔術の知識も技術も――なんにもない。

 翻訳魔術や軽い治癒魔術はできるが、攻撃魔術はからっきし。戦闘では逃げ回るだけの役立たず。


「……外れくじを引いたと思わないですか」

「えー? 外れくじ? ロップが?」

「ん。私は攻撃魔術が使えない。殴る蹴るの暴行も素人同然」

「っていうか、外れくじって意味分かってんのか?」

 

 そう返され、ロップはむうっと唇をとがらせた。


「外れ。当たりじゃない。貧乏くじ。ババ。引かなきゃよかったと思う、あの、外れくじです」

「なんでよ。俺、お前が俺の通訳者でマジでよかったーって思ってんだけど」

「な、なんでです」

「耳が良いだろ。魔獣の群れを真っ先に検知したのはお前だし、そもそも槍に気づいたのもお前だ」

「でもお前は、私が気づくより先周りして、気づいていたです?」

「いや、お前が何かに反応してるなーって思ったら、すごい殺気に気づけたから。ぜんぶお前のおかげなの」


 あっさりと言い放ったシュロは、話は終わりだとばかりに荷物の点検を始める。


「お前の方の荷物も見せてくれ」

「えぅ、は、はい……」

「水と食料か。ってかあめとかチョコとか多すぎねえ?」

「う、うるさいです」

「ごめんごめん。救急セットと、こっちは通訳者の証明バッジか。んで財布と……ブラシ?」

「毛並みをきれいにしておくのはこの世で最も大事なこと。乙女の髪、馬のたてがみ、錬金術師のひげと同じ」

「いや錬金術師のひげは別に……まあいいか。あとは布? と小さな袋か」

「砂です」


 どちらも小さいものだ。ロップの両手のひらに収まるほどの黒い布と、砂入りの小袋。

 

「通訳に使うもの。気にしないが吉でしょう」

「りょーかい。……これだけか? 武器はねえの?」

「武器は携行けいこう不能。通訳者は常に腹を見せた犬のようにあるべきです」

「あー、丸腰じゃないといけないってことね。ま、通訳者は仲介役だもんな」

 

 ロップはシュロのリュックの中を覗き込む。


「お前の荷物は武器だらけ。ロープに短剣に弓矢に……羊皮紙ようひしに書かれた、補助用の魔術陣。こんな使いこんだ武器では店も開けねえぞこのダボハゼが」

「たまにそーゆー言葉が混じるのはお前の先生のせいか? それともお前の本音か?」

「? 通じないか? 私の言っていること、分からないです?」

「いや、そうじゃなくて……ま、いっか」


 かわいらしいロップの口から「ダボハゼ」「コノヤロー」という古めかしい罵声が出てくるのは、ちょっと、いやかなり、妙な気持ちになる。

 本人がそれを罵倒ばとうと思わずに発声しているからなおさらだ。


「たくさん武器を持っている。お前は戦闘のプロか?」

 

 あどけない表情で尋ねられ、シュロは思わず苦笑した。

 それからリュックを背負いなおし、ロップの方を見下ろす。


「ま、神威の槍パンデモニウムクラスの武器としょっちゅうやりあうくらいには、プロだったよ」


 *


 試験開始の時刻になった。


「それでは試験を開始致します」


 試験官の言葉と共に、ロップとシュロの体が淡い金色の光に包まれる。


「な、なんだ?」

「転移魔術。スタート地点は、受験者それぞれにオーダーメイド」

「なるほど、同じ場所からスタートするより合理的か」


 またたきの間に、二人は全く異なる場所に飛ばされていた。


 光る苔に覆われた岩石。上から垂れ下がっている乳白色の石。ひんやりとしたこの空間は、鍾乳洞しょうにゅうどうに似ていた。

 ロップの耳がぴるぴると動く。

 二人の他に生きているものの気配はない。ひとまずは安全のようだ。


「ここは……メトセラの洞穴」

「洞穴か。あの天井辺りにふよふよしてる赤い光はなんだ?」

「キノコの胞子。害はない。それより私たちは比較的下層に飛ばされた可能性大。この下にボスがいるでしょう」


 地図こそ与えられていないものの、通訳者にはこのダンジョンの大まかな様子が知らされている。

 メトセラの洞穴の下層には、このダンジョンを統べるボスがいたはずだ。


 初手でこんなに深くまで飛ばされるとは、ついていない。

 上層を攻略したあとは、また下に戻って来なければ。

 そう思っていたロップだったが、シュロはあっさりと言い放った。


「っしゃ、じゃあさくっと最下層まで潜ってボスを殺して、ダンジョンクリアしちまうかあ」

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