第13話  剛腕エルフ・ヴィクトリア

 突如現れたエルフの少女ヴィクトリアは、大混乱をもたらした。

 銀色に輝く矢が、雨のように頭上から降り注いでくるのだから、たまったものではない。


 しかもその矢には、エルフ特有の純粋な魔力が込められていて、一撃一撃がひどく重い。

 けれど、無慈悲に降り注ぐ銀矢は、流星群のように美しかった。


「な、なんだお前は!」


 ユヴァルの意識が一瞬それる。

 その隙を見逃すシュロではない。強く一歩を踏みこみ、接敵。

 ロップを矢から守るための防御術式を展開しながら、抜刀した剣で、ユヴァルの腕を狙う。


 だがユヴァルも既に剣を抜いていた。ロップを地面に放り出し、両手でシュロの剣戟けんげきを受け止める。


 ぐわん、と剣がぶつかりあう重い音が響く。

 練達れんたつした者同士の、重たい剣戟けんげきが何度も撃ち交わされる。


 視線が交差する。シュロはかつての同僚の、底光りする緑色の目を真正面から見つめた。

 そのまなざしの強さにユヴァルは一瞬怯んだ。けれどすぐに自分の責務を思い出す。


「行かせんぞ、シュロ!」

「いいや、押し通る! ”紫陽花あじさい”三千展開!」

「っ」

「吹き飛べッ!」


 剣先から放たれた強烈な疾風に、ユヴァルは応じきれなかった。

 屈強な体がいともたやすく吹き飛ばされる。

 その魔術は、降り注いでいた矢もついでにまとめてはじき返してしまった。


 それを見たヴィクトリアが、はしたなくもチッと舌打ちする。


「往生際が悪いですわよ!」

「潔くなくてすまんな! ――トリニティ、いけるか!」

「もっちろーん!」


 降り注ぐ矢は、一時的にではあるが、サガレンの動きを鈍らせたようだ。

 羽ばたいてつたから逃れたトリニティは、少女の姿に戻りながらシュロのもとに駆け戻る。


「アドラたちは実を持って逃げたみたい! 私たちも、早く!」

「ちゃっかりしてんなぁ!」


 シュロはまだ気を失っているロップと、トリニティを抱きかかえると、凄まじい勢いで走り出した。

 

「あっこら! お待ちなさい!」


 さすがはエルフと言うべきか。ヴィクトリアは、最高速度を出しているはずのシュロの横にたやすく並ぶ。


「あなたには言いたいことが山のようにありますのよ! よいこと、まずは――」

「んなことより、逃げるのが先だ! あいつめちゃっくちゃしつこいからな!」

「あら、そうなんですの?」


 ヴィクトリアは優雅に振り返る。

 おくれ毛がたなびく様までもが、計算されているのかと思うほど美しい。


「確かに、追いかけてきていますわね。しかもまあ、ぞろぞろと大勢で」

「お、大勢?」


 トリニティがシュロの腕の中で恐る恐る振り返る。

 武具の音もかまびすしく、一行を追いかけてくる兵士の群れが見えた。


「ほんとだあいっぱいいる! え、っていうか、あいつらの装備って国王陛下の紋章ついてない!?」

「ついてるだろうなあ~」

「のんきに言ってる場合!? あいつらと戦うってことは、王国付きの兵士を敵に回すってことだよー!?」


 トリニティの泣き言を、ヴィクトリアは鼻で笑った。


「私の邪魔をするのなら、王国付きの兵士だろうと、国王陛下ご本人だろうと、容赦しなくてよ」


 そううそぶいたヴィクトリアは、くるりと踵を返す。


「『我が守護女神、月見ず月のエレナよ。加護受けし我が双腕そうわんにて、汝が敵を打ち砕かん!』」


 詠唱と共に、ヴィクトリアの細腕に黄金色の装具が現れる。

 エルフらしい唐草文様の刻まれた小手こてには、魔力が充填じゅうてんされているのが分かった。


 両手の小手を、ガキィンッ! と打ち鳴らしながら、ヴィクトリアは押し寄せる兵士たちを睨みつける。


「私に歯向かった愚かさを後悔なさい!」


 地面を蹴る。

 細い肢体が宙に躍り出るさまは、森を音もなく駆け巡り、たぐいまれな狩猟の技術を持つエルフらしい美しさに満ちている。

 

 が。


「――どおっりゃああああああ!」


 らしからぬ野太い掛け声と共に、ヴィクトリアの右腕が地面を穿つ。

 彼女の魔力はさながら飛び魚のように地中を進み、そうして兵士たちの足元で――爆発した!


 足元が砕け散り、地面の破片やらが入り混じった、凄まじい暴風が兵士たちを襲う。

 逃げようにも、辺り一帯はヴィクトリアの魔力に侵食され、地割れでぐちゃぐちゃになっている。

 さながら巨獣が暴れまわったあとのような――そんな悲惨な光景が繰り広げられているのにも関わらず。


 ヴィクトリアはサディスティックに微笑む。怜悧れいりな美貌がひときわ美しく映える。


「そのまま、おくたばりあそばせ!」


 ダメ押しにもう一発、左腕の一撃。

 ただでさえボロボロの兵士たちは、悲鳴を上げる暇さえなく、壊滅した。


 シュロたちはそれを、呆然と見つめることしかできない。


「……す、っげえ……」

「え、エルフって、あんなマッチョな種族だったっけ?」

「知らん……。あいつ、弓より近接格闘のが得意なんじゃないか……?」


 身軽に森を行き、華麗に矢を射かけるエルフのイメージが、がらがらと音を立てて崩れてゆく。

 

 と、シュロの腕の中でロップが身じろぎした。


「うう……うるさい……」

「ロップ! ロップ、大丈夫か!」


 ゆっくりと目を開けたロップは、両手で耳をぽふんと押さえながら、


「うるさいのは、あの、ノーコンエルフです……?」

「ヴィクトリアが今兵士を追っ払ってくれてるから、もう少し頑張れ!」

「安全な場所に行ったら、私が一度体の様子を診るわ。今はとにかく距離を置かなくちゃ!」


 トリニティが片手を高く掲げる。


「ダンジョンの支配者として命じます。あの兵士たちを封じ込めて!」

 

 その言葉に呼応するように、四方八方から木々の枝が伸びて、兵士たちの行く手をふさいだ。

 小型の魔獣が押し寄せ、こちらを追おうとする兵士たちを小突き回しているのも見えた。

 

 そのすきにシュロたちはこのフロアを後にした。


「お待ちなさい! 話はまだ終わっていなくてよ!」


 と追いすがるヴィクトリアを引き連れて。

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