第14話 カチコミ

 シュロたちは必死に走る。もう三十分は駆け続けただろうか。


「はっ、はぁっ……! ここまで来れば、あいつらを撒けただろ」


 その言葉にトリニティは大きく頷き、がっくりと芝生の上に倒れこむ。


「も、走るの、むり……! きゅーけー! 休憩しよ!」

「賛成だ」


 シュロはロップをゆっくりと芝生の上におろした。


 ここはダンジョンでもかなり上の方にある層だ。

 魔獣が少ない上に、泉が湧き出ており、川の流れも清らかで居心地がいい。

 シュロが水をくんできてやると、ロップはそれを美味しそうに飲んだ。


「はふ。ありがとう、シュロ」

「ん。体調は大丈夫か? 耳は痛くないか?」

「まだキーンとするですが、問題なし。しばらくは遠くの音はもやもやする可能性あり」


 そう言ってうんざりしたように鼻の上に皺を寄せた。


「あの黒豹が使ったのは、耳が良い獣用の武器。耳が一番きいているときに使われると、一発で脳みそごとだめになる。迷惑」

「俺たちのチームでは、ロップが要だからな。そこを見抜いて対策してきたんだろう」


 トリニティが、ロップの額に手をかざす。ぽうっとオレンジ色の光が灯った。


「……ん、呪いの類もなさそうだね。休んだら回復するでしょ。でも無理はしないように」

「トリニティも、ありがとです」


 そうだな、とシュロはため息交じりに言う。


「一番礼を言わなきゃいけないのは、お前にだな。ヴィクトリア」

「はっ? 何を言っているの、お前?」

「お前が乱入してきてくれたおかげで助かった。あの時はほんとに終わったと思ったから」


 ヴィクトリアは呆れたように腕を組んだ。


「何を言うのかと思えば! 別に助けたわけじゃありませんわ。カチコミに来たんですのよ」

「か、カチコミ?」

「その前に聞きますけれど、そこのウサギの獣人は大丈夫そうなのね? お前たちにも怪我はない?」

「おう、ないけど、でも、」

「ならよくってよ! 思う存分やれるというものです」


 にこっと笑ったヴィクトリアが、えへん、と咳ばらいを一つした。

 

「では仕切り直して。お前たちが、女神の加護を受けた魔獣・ジルをひどく侮辱した罪――。忘れたとは言わせませんわよ!」


 ジルという名を聞き、シュロははっとしたような顔になった。


「あー! 試験の材料で必要だった、聖眼ウジャトをくれたあの魔獣か!」

「くれた!? お前が奪ったのでしょう! しかも殺すならばまだしも、情けをかけるなど、言語道断っ! 女神に顔向けできませんわ!」

「え、じゃあなに、あの魔獣はお前に助けを求めたってこと?」

「当然ですわ。同じ月見ず月の女神の加護を受けた者ですもの。仲間が受けた侮辱ぶじょくは倍返しで袋叩き、が基本でしてよ」


 シュロは苦笑するほかない。

 あの時逃がした魔獣が、こんな形で自分たちを助けるとは思ってもみなかった。


「カチコミとか倍返しとか、マッチョな女神だなおい」

「ひ弱なモヤシが何か言っているようですが、まったく聞こえませんわね」


 すました顔でうそぶいたヴィクトリアは、ギッとシュロをにらみつけた。


「なので、その屈辱を私が晴らしに参りましたの。剣を取りなさい、シュロ・アーメア。お前を殺すのはこの私よ」

「受験者同士で争っても、何の得にもならんだろ」

「あら、そんなことはなくってよ。試験課題の素材を持っている受験者もいるもの」


 その言葉にシュロははっとする。


「ってことは、その素材を譲ってもらうには――」

「相手をぶちのめすしかないでしょうね?」

「いやその前に交渉とかあるだろ。脳みそ筋肉でできてるのかお前は」

「なっ、無礼者! そんなわけないでしょう! 私は月見ず月の女神の加護を受けているのですよ!? 優雅に華麗にエキセントリックに試験を通過してみせましてよ!?」


 きゃんきゃん吼えているヴィクトリアをよそに、ふむう、とシュロは考え込む。


「てことは、三十人いる受験者の誰かが火喰い鳥ランキラの羽を持ってる可能性があるってわけか」

「あら、お前は火喰い鳥ランキラの羽が必要なのね? 愚かな男だわ、そんなことをライバルにばらしてしまうなんて!」

「ヴィクトリア。誰がそれを持ってるか、心当たりはあるか?」


 真正面から問いかけられ、ヴィクトリアは絶句する。


 ――馬鹿だ。この男は。


 受験者たちはライバルなのだ。互いを蹴落とし、上手く利用する世界だ。

 というかそもそも、ヴィクトリアはシュロに正面から決闘を挑んでいるのに。


 あまりの無礼さに、むしろ笑いがこみ上げてきそうだった。


「よしんば私が知っているとして。お前に言うと思うのかしら?」

「聞いてみる価値はあるだろ?」

「私が嘘を言うかも」

「そしたらその時はその時だ。手がかりがゼロよりよっぽどいい」

「呆れた!」


 そう言うヴィクトリアの顔は、けれど、にんまりと笑っている。

 まるで、新しいおもちゃを見つけた肉食動物のように。


「そうね――。誰が火喰い鳥ランキラの羽を持っているかは知りませんが、それがある場所については、心当たりがなくもなくってよ?」


 遠くでロップがうげえと顔をしかめる。


「うさんくささがすごくて鼻が曲がる。信じないが吉でしょう」

「そうだよ! なくもない、って実質ないのと同じだよ!」

「失礼な方々ね! っていうか、そのウサギの獣人はお前の通訳者として――」


 ヴィクトリアはトリニティをぎろりとねめつける。


「その赤毛の幼女は何なのかしら? お前の使い魔だとしたら、ずいぶん、その……ロリ巨乳が過ぎるのではなくて?」

「ろっ、ロリ巨乳じゃないもん! 言っとくけどねえ、女神ってのはだいたいおっぱいが大きいもんなのー!」

「女神ですって? 今の私にその手のジョークは禁句でしてよ?」

「ジョークじゃなーいっ! こうなったら変身して、ダイナマイト女神ボディを見せてあげるわ!」


 ぎゃんぎゃん言い合っていたトリニティが、変身しようと手をかざしたときだった。

 はふう、とロップの小さなため息が、絶妙に割り込んでくる。


「そんなことより。――なぜシュロが、あの獣人や国王の兵士に追われているのか、聞かない気です?」


 三人の少女の視線が、一斉にシュロに注がれた。

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