英雄には向かない職業~最強英雄、ダンジョン管理人試験に挑みます~

雨宮いろり・浅木伊都

第1話 最強の受験者


 模擬ダンジョン「デミ・ヴィラーズ」。

 その入り口には、三十人にのぼる受験者と、彼らに一体ずつ専属せんぞくする通訳者が、きっかり同数集まっていた。

 試験開始までの時間を持て余した彼らは、探りあうような会話を交わしながら、その時を待っている。


 彼らは国家資格である「ダンジョン管理人」の試験を受けるために集まった猛者もさたちだ。

 合格率一パーセントの試験に挑むとあって、その顔つきは引き締まっている。

 

 隅にいた通訳者の少女が、ぱっと顔を上げた。

 少女の名はロップ。

 垂れたウサギの耳がひくついた。その先端はダンジョンの入り口に向けられている。


 その様子に気づいたのは、ロップの担当受験者であり、今日の相方であるシュロ・アーメアだった。

 目立たぬ黒色の髪、思慮深い焦げ茶色の目。

 しなやかな筋肉のついた体躯の持ち主である少年は、油断なくロップの様子を見守っている。


「……」


 彼は黙って、腰に帯びた剣に手をかけた。

 しばらく耳をそばだてていたロップは、その美しい翡翠色ひすいいろの目を細め、そうして――叫んだ。

 

敵襲てきしゅう!」


 凛とした声に、その場の全員が即座に武器を構えたのは、さすがつわもの揃いの受験者たち、といったところだろう。

 彼らが構えるのと同時に、ダンジョンの入り口からどっと現れたのは、魔獣の群れ。


『グルゥォオオオオオッ!』


 獅子にも似たその魔獣は、本来であればダンジョンの深層に棲息しているはずだった。

 それがダンジョンの外に出てくるなど、ありえない。


 ありえない、と受験者たちが微かにたじろいだ隙をついて、シュロが最前に躍り出る。


 まずは先頭の一頭目掛けて強く踏み込む。長剣を跳ね上げるように振るい、魔獣の首を跳ね飛ばした。

 初撃の鮮やかさにロップは息を呑んだ。手慣れた攻撃に魔獣たちは怯み、シュロから素早く距離を取る。

 けれど跳び退った先には、他の受験者たちの刃が待ち構えている。

 

 ここに集まっているのは「ダンジョン管理人」試験を受けるような強者だ。

 冷静に、かつ的確に魔獣を殺めてゆく。

 けれど、魔獣の群れはダンジョンから湧き出る泉のごとく押し寄せて、一向に減る様子はない。

 

「まだ湧いてきますの! 面倒ですわね!」


 エルフの少女が舌打ちと共に叫ぶ。小山ほどの大きさもある魔獣の胴体を魔術で粉砕すると、空中に躍り上がった。


「良いでしょう! この私が、殲滅せんめつしてさしあげてよ!」


 彼女の両手に描画された、薄青色の魔術陣。幾重にも重なり、回転し、大きく大きく広がってゆく。

 暴風が吹き荒れ、彼女の金糸のような髪をかき乱す。その様はどこか神々しい。


「『我が守護女神、月見ず月のエレナの名において、我が矢を驟雨しゅううの如く降り散らせん!』」


 祈りの詠唱と共に、頭上を覆うその魔術陣からおびただしい量の銀矢ぎんやが現れた。

 銀矢ぎんやは大雨のように降り注ぎ、魔獣の手足を打ち砕いて地面ごと耕す。

 しかしこの混戦状態だ。他の受験者たちもその矢面に立たされ、慌てて各自が退避行動に出る。


 シュロは自分の相方であるロップをすばやく抱え、いち早く銀矢の範囲外に飛び出していた。


「うひー、派手にやってくれるじゃん?」

「あのノーコン馬鹿! エルフの目が良いというのは嘘だと確信するです!」


 ロップが憤慨した様子で叫ぶのに、シュロは苦笑を返す。


「それに、魔獣の群れなら、アルファを見つけて始末するのが一番早いしな」

「同意。さてはお前、プロのダンジョン攻略人?」

「そうじゃなきゃ『ダンジョン管理人』受験しようなんて思わねえよ。つーかこれ、常識では?」


 魔獣の群れの奥まったところ、ひときわ巨大な隻眼せきがんの個体を見つける。

 太い尾は二本に分かれ、蛇めいた鱗が生えかかっていた。


「あれがアルファだな。よっしゃ」


 シュロはロップを安全な場所に置くと、混戦状態の中に飛び込んでいった。

 といっても雑魚ざこはいちいち相手はしない。

 魔獣の背中を軽やかに飛び、アルファに接近する。


 アルファはそのあぎとを大きく開けて咆哮ほうこう

 その口に簡素な魔術陣が現れ、火炎を放つ。


「”撫子なでしこ”一千展開!」


 シュロは呪文を詠唱しながらその真ん中に飛び込んだかと思うと、青白い炎もろともにアルファの顔を薙ぎ払った。


 苦悶くもん咆哮ほうこうがとどろく。シュロは一切の情けも容赦もなく、その剣でアルファの首を――ねじ切った。


 シュロは無傷だ。よく見れば剣先に微かな防御魔術を展開している。それで炎の威力を殺したのだろう。

 それを悟ったロップは驚いた。


「一瞬の間に、そこまで……!」


 群れのボスを失ったことに気付いたのだろう。魔獣たちの動きが鈍くなる。

 負け犬のような鳴き声を上げながら、魔獣たちがダンジョンの中へと戻ってゆき、受験者たちは安心したようにため息をつく。


 警戒が緩んだその一瞬、ロップの耳は空を切る音をとらえる。

 どこから。上から。


 ――上から?


 凄まじい轟音ごうおんと共に「なにか」が地面に落ちてくる。

 それより早くシュロの詠唱が響いた。


「――ッ! ”乱れ桜”三千展開!」

 

 剣先に出現した魔術陣が黄金に輝きながら、堂々とそびえたつ塔のごとく展開し、落ちてきた「なにか」を受け止めた。

 金属が激しくこすれ合う音が聞こえる。

 黄金に輝く魔術陣が受け止めているのは、どうやら、槍の穂先であるようだった。


 ばきん、ばきん、と魔術陣が打ち砕かれてゆく。けれどそのたびに、槍の威力はがくんと衰えていって――。


「このまま、はじき落とす……ッ!」

 

 シュロが剣を振るう。

 岩石同士がぶつかるようなにぶい音ののち、地面を穿うがつような凄まじい衝撃が彼らを襲う。


「きゃあっ!」


 粉塵が立ち込めるなか、ロップはそれを目撃する。


 先程アルファの首を叩き落としたシュロが、粉塵のただ中に立っている。

 少年の目の前に突き刺さっているのは、雷神がかつて振るったと言われる――”神威の槍パンデモニウム”。

 身の丈の何十倍もあろうかというその槍を、シュロはただ一本の剣と、魔術陣のみで防御して見せた。


 あれが直撃していたら、受験者たちは全員即死していただろう。




 この攻撃は完全なるイレギュラー。完璧なる不意打ちだ。

 他の受験者たちは、まだ何が起こったのか把握できていないようで、きょろきょろと辺りを見回している。

 

 一瞬の間に何が起こったのかを把握はあくし、己に降りかかる刃をふり払って見せたのは、この少年――シュロ・アーメアだけだった。


「な、何が起きたのかよく分からんが……」

「もしかしてあの少年がなにかやったのか?」

「分からん! だが、もしそうだとすれば――相当な使い手だぞ」

「ああ。魔力の量も尋常じゃねえ」


 受験者たちがシュロをマークし始めたことに、気づいているのかいないのか。

 シュロは剣先を地面に下ろすと、短い息を吐いた。


「魔獣に槍……なるほどな。ダンジョン内ではいついかなる時も油断してはならない。それを試すための試験ってわけだな!」


 どう思考すればそうなるかは不明だが、彼はこの一撃を「ダンジョン管理人試験」の試験の一環とみなしたらしい。

 緊張した面持ちで剣を鞘に納め、ロップに話しかける。


「で、次はどうすればいい?」

「……とりあえずは、会場内で試験管の説明を聞くと吉でしょう」

「了解だ!」


 意気揚々と歩きだすその後姿を見つめること一瞬、ロップは自分の仕事を思い出し、慌ててその背中を追った。

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