第6話 女神様が仲間になりました

ロップは全身の緊張をほどき、長いため息をついた。


「はう、……なんとかなった、です?」

「みてーだな。おいボス、大丈夫か?」


 シュロに手を貸してもらいながら立ち上がったのは、長身の女だった。

 猫のようにらんらんと輝く金色の瞳。

 小さな顔はどこか高貴な雰囲気をたたえていて、誰もを魅了するほどの美を持っている。


 くるぶしほどまで伸びた赤い髪は、おうとつのはっきりとした彼女のボディラインを引き立てるようだ。

 白い長衣トーガに隠されているけれど、その胸の豊かさは隠しきれていない。

 よく見れば、蔦ですっかり傷つけられてしまっているが、背中には三対の翼が生えていた。


 鋭いかぎづめ、三対の翼、目を見張るほどの美貌に、そこいらの魔獣では太刀打ちできないほどの魔力量とくれば、その正体は――。


「お前、混合神(こんごうしん)だな。魔獣にしちゃ魔力が高すぎる。混ざってんのは女神に獅子の魔獣に……猫の精霊ってとこか?」


 混合神。ヘファイストスのような純然たる神には、神威しんいで一歩劣るものの、凄まじい魔力を持つ魔性のいきものだ。 

 人に協力的なものもいれば、人に害なすものもいる。

 試験の手伝いをしているところを見ると、彼女は前者らしい。


 女はなつっこい笑みを浮かべた。


「大正解っ! よく分かったね。無知な攻略者は、私を天女獣ハーピィなんかと間違えるもんだけどね」

「ハーピィは魅了魔術しか使えない。でも混合神なんて、試験の最終関門にしちゃ、ずいぶん強すぎやしないか?」

「ご心配なく。一部の力は封じられてるから、受験者ていどの実力でも突破可能だよ」

「そか。――ありがとな、さっき何度かアシストしてくれただろ」


 大樹の抵抗をいなし、どうにか接近することができたのは、このボスが囚われの身でありながらも魔術を用い、つたの妨害をしてくれたからだ。

 そのことについてシュロが礼を言うと、ボスはにこりと微笑んだ。


「無礼でむかつく侵入者を倒せるんなら、あの程度の助太刀はとーぜんでしょ。

 あ、遅れたけど私はトリニティ。このダンジョンの支配者で、ボスやってまーす」

「俺はシュロで、こっちはロップ。よろしく!」


 それから、とシュロは振り返る。

 小柄なウサギの獣人は、急に視線を注がれて、驚いたように目を見開いた。


「ロップ、お前も、ありがとう。やっぱお前の耳はすげーよ」

「……ウサギの獣人ですので。耳がいいのは、太陽が東から上るのとおなじくらい、あたりまえ」


 そっけない返答。

 けれど、その頬が微かに赤くなっているのを見ると、照れているのかもしれない。


「つーかあのサガレン、何なんだ? このダンジョンのものじゃねーみたいだけど」

「ご賢察けんさつ! あれは私の眷属けんぞくですらない。だけど、力を封じられているとは言え、この私を完璧に捕縛し、あまつさえ飲み込もうとしてた」

「混合神を飲み込めるだけの魔力ってことは、同じ混合神レベルの……。いや、違うな。サガレンの能力をそこに振り切ってるんだ」

 

 ロップはよく分からず、小首をかしげる。


「能力を振り切る?」

「そうだな、――トリニティ捕縛専用サガレンになってる、言ったら分かりやすいか? そのためだけにこいつはここに送り込まれた」 

「それは……トリニティを捕縛して、のみこんで、ダンジョンの支配権を狙うやつがいるという理解で吉ですか?」


 シュロは静かに頷いた。

 ロップはうげえと顔をしかめて言い放つ。


「最悪」

「そう、最悪だ。この特殊なサガレンをここに放り込んだやつは、ダンジョンのボスを封じ込めるだけの実力があって、なおかつこのダンジョンを乗っ取ろうと企んでいる――」

「あ……ダンジョン前の魔獣と、神威の槍パンデモニウムも、もしかして」

「そうだ、それもイレギュラーだったんだな。魔獣と槍、それからこの大樹をよこしたのが、同じやつだとすれば……マジできな臭いことになるぞ」


 むう、とトリニティは考え込むしぐさをした。


「この状況だからねえ。試験を中止した方が良いかもしれな――」

「それはだめだ!」

「ど、どうしてです」


 思いもかけない強い拒絶に、ロップはびくりと耳を震わせる。


「あ、や、驚かせてすまん……。けど、どーしても今回試験に受かる必要があるんだよ」

「試験は半年後も開催。半年も待てねーのかイラチ」

「待てない」


 きっぱりと言い切ったシュロは、へらりと笑ってトリニティに手を合わせた。


「頼む! あいつを倒したんだ、このダンジョンはまだお前の支配下にあるだろう?」 

「……」


 トリニティはしばらく、検分するようにシュロを見ていたが――。

 ややあって、にっこりと破顔した。


「良いわ。不覚を取ったのは事実だけど、私だって神のはしくれ。このダンジョンを維持して、試験を続行させてあげましょう」

「ほんとか!」

「しかも、今ので私を倒した――つまり、ダンジョンクリアの条件を満たしたってことにもしてあげる」

「ありがたい!」

「た・だ・し」


 トリニティがシュロの腕を取り、体を密着させる。


「私も一緒に連れて行かなくちゃだーめ」

「……はい?」

「だってだってー! あんなふーにさっそうと現れて! 私を守りながら気持ち悪いうねうねをやっつけて! しかも魔力は今までで会った人間の中で一番すごいとなれば、気に入らないわけないでしょ!」

「気に入るって、まだ会ったばかりだろうが」

「混合神の審美眼センスを疑う気? それにね、私、の男の人って、大好きなの……!」


 絹糸のような髪がシュロの体に絡まる。

 豊満な体が、ぎゅむぎゅむと遠慮なくシュロの体に押し付けられているのを見、ロップは小さくため息をついた。


「言うことを聞くが吉でしょう。混合神といっても神は神、気持ちを損ねては不利益しかない」

「んなこといったって、お前ここでボスの役割しなきゃいけねーんだろ!? ここで受験者に倒されなきゃじゃん」

「大丈夫。神とはこういうこともできるのです!」


 得意げにトリニティが指さした先にいたのは――トリニティにうり二つの、小柄な赤毛の美少女だった。

 あどけない表情に、人間そのものの華奢な手足。

 年のころは十二、三歳くらいだろうか。


 ロップよりも年下のようだが、その胸はオリジナルと同じくらい豊満で、なんとも言えないアンバランスさがある。


「これは私の分体。要するに分身だと思ってもらえれば良いよ。独立しているから、彼女が死んでも私には何の影響もないし」

「えー……」

「でも、五感はしっかり私に直結してるから、大切にしてくれなくちゃ嫌よ」

「五感が繋がってんなら、痛い目や怖い目にも合わせらんねーじゃん……。ったく、ロップがいてくれるからいいけど」

 

 うぇ、とロップは変な声を漏らす。


「わ、私がいても無意味。溺れる者がつかむわらにもならないです」

「ん? ロップがいれば敵との遭遇そうぐうを避けられる、つまり痛いのも怖いのも回避できる、だろ?」

「それは、その、虚偽ではないですが」

「だろ? ま、気楽に気楽に」

「気楽に気楽にぃ♪」


 小さなトリニティは、にこにこと笑いながらシュロと手をつないでいる。

 のんきなものだ、とロップは恨めしく思った。

  

「荷物が一つ増えたです……」

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