第29話 ダンジョン管理人
「ほらそこ! 喋ってないで手ェ動かすんだよこのダボハゼが!」
「ったく、なんで俺たちが……!」
「仕方ないさ。ルクトゥン様が率先して動かれているんだ、俺たちが座ってるわけにはいかないだろ」
兵士たちは岩石の除去に駆り出されていた。
ロップの耳では、この岩石の下に生き物は埋もれていないらしい。しかしこの道を通さなければ、救助作業ができないのだ。
誰よりも巧みに魔術を操ることのできるシュロは、ロップと組んで救助の最前線に立っていた。
シュロはつい先ほどまで
ロップが言うには、かなり心臓の音が弱くなっていたというから、もう間に合わないかもしれないが――。
それでもシュロは祈るような気持ちで、助かってほしい、と思う。自分のためにも、ロップのためにも。
だって、助かってくれなければ、何のために自分たちは汗水流しているのか、分からなくなる。
皆が休む間も、ロップは決して腰を下ろそうとしなかった。
いつも耳をひくつかせながら、最後の一人まで助けようとする。
「これで数十人は助けたか……。ここがメインの通りだったって言うし、一番人が多かったな」
「しっ。きこえない」
「すまん」
シュロはしばらくロップの様子を見守っていた。常に緊張していた耳からふっと力が抜けたすきを見計らって、尋ねる。
「ロップ、もう取り残されてるヤツはいないな?」
「……しんぞう、おと、きこえない。いきてるは、ぜんぶたすけた。だいじょうぶ」
ロップははふうと長い息を吐いた。
そこへハルシナがやってくる。砂と泥にまみれた二人を見て、やれやれと笑った。
「相当頑張ったようじゃないか? おいで、一旦休憩だ。これ以上続けるとお前たちが怪我をしちまうからね」
ロップとシュロは、皆が忙しく立ち働いている端っこに腰かけた。ロップがどこからか水を持ってきて、シュロに渡してくれる。
二人は並んで水を飲んだ。戦闘とはまた違った疲労感に包まれながら、シュロは隣の少女を見る。
「お前、通訳者になりたいのか?」
「……なりたい。はるしな、てつだう、できる」
「今でも手伝ってると思うけど」
「まだこども。たよる、できない、みんな、おもう」
どうやらロップは、ハルシナを助けたいのだが、今のままでは子どもすぎて皆にナメられてしまうのが嫌らしい。
通訳者になれば、多少は一人前扱いされる。そのために資格を取りたいのだ、とつたない言葉で語った。
「おまえ、かおかくす、りゆう?」
「ん? ああ、この
「……?」
「分かんないか。えーと、王様からもらった服だから、ずっと着てる」
「もらったもの、だいじする、だいじ」
「……でも、ほんとは違うのかも。俺、たぶん、人前でこれ脱げなくなってる」
目元の所だけ露出したルクトゥンの服装は、考えていることを押し隠すのにぴったりだった。
どんなに迷っていても、怒っていても、悩んでいても、全部を包み込んでくれる黒い衣装。
「これ脱ぐとさ、戦場でのことがぶわーって蘇ってきて。細かいこと思い出しちゃうんだよな、殺した相手の眼の色とか、最後に使った魔術の詠唱とか、そういうの。夜とかそういうの思い出すと、なんかこういたたまれなくなるっていうか、どうしたらいいかわからないっていうか」
「し、しんぞう! しんぞう、おと、こわい!」
ロップが慌ててシュロの手を握る。耳の先がぴるぴると震えているのが、なんだかかわいそうだった。
「おまえ、しんぞう、ふっとぶ」
「え、どういうこと」
「こわいおと、する。いたい。くるしい。おと、かたい」
「ふうん……?」
ぴんときていない様子のシュロを見かねて、ロップが立ち上がる。またどこかから、携帯食料を持ってきて、シュロに押し付けた。
「たべる。たのしい、おもう。だいじ」
「お、おう、サンキュ」
それは、シュロには甘すぎるキャラメルヌガーだったが、ロップは嬉しそうにちまちまとかじっている。
「お前甘党なの?」
「あまとう?」
「甘いの好き?」
「だいすき」
真剣な顔で言われて、シュロは思わず笑ってしまった。
*
雨が上がり、夜が訪れ、そうしてあっという間に夜が明けた。
途中で仮眠や休憩を挟んだものの、シュロとロップはほとんど働きっぱなしだった。
その頃にはダンジョンに本格的な救助隊がやってきて、ハルシナの作業を引き継いでいた。
シュロたちにも迎えがやってきた。去る前にロップやハルシナに挨拶したかったシュロは、洞窟の外に出た。
雨の湿気を含み、少しうるんだような朝焼けが、疲れた体にじんわりと染みる。
「お、少年! もう帰るのかい?」
フードを取ったハルシナが、にこにこと笑いかけながら歩み寄ってきた。その後ろには、目を赤く腫らしたロップの姿があった。
「ロップはどうしたんだ?」
「ん? ああ、泣いてただけだよ」
「な、なんで泣くことがあるんだよ」
「さあ、あたしは知らないけど。こういう救助の仕事の後はさ――もっと助けたかった、って、毎回泣くんだよねえ」
早口の会話をすべて理解しているわけではないが、なんとなく自分のことを言われていることくらいは分かるのだろう。
ロップはぐしぐしと目をこすると、
「つぎ、がんばる。もっと」
と決意表明をしていた。ハルシナはそれを目を細めて見ている。
「……この子はさぁ、耳が良いから。誰かの心臓の音が小さくなってゆくのが、聞こえてしまうんだよね」
「死ぬのが、聞こえるのか」
「ぜんぶ助けるなんて、どだい無理な話なんだがね。あたしらは神じゃない。地を這ういきものにできることなんざ、たかが知れてるってのに」
呆れた様子で言いながらも、ハルシナの顔は優しい。
手のひらから零れ落ちる砂のように、失われてしまう命。それを
手でこすってしまったのだろう、赤くなったロップの頬を、朝日が照らしてゆく。
急に、シュロの胸にこみあげてきたものがあった。どんな感情なのか分からないまま、ただこの少女のひたむきさに、胸を締め付けられている。
こんなふうに生きられたら、という思いがよぎる。
戦場で機械のように人の命を刈るのではなく。軍の中で、政治的な立ち回りをするのでもなく。
もっと純粋で、もっとありきたりで、もっと素朴な、そんな何かを追い求められたら。
ハルシナはそんなシュロをじっと見つめている。
「さーてと、救助も終わったことだし。仕上げに入ろうかね」
「仕上げ?」
「そうとも! だってあたしはダンジョン管理人だ。崩落したダンジョンを元通りにして、再起動してやらにゃあ!」
白い歯を見せて笑ったハルシナは、ふっと視線をダンジョンの入り口にやった。
両手を合わせ、祈るように詠唱を始める。
「『さあさ現われよ魔力の流れ、たゆたう太古の命の温度、たなびく炎ゆらめく水面に草生い茂る大地の轟き。――ハルシナが世界の端より伏して
大地からごうっと魔力が噴出する。マグマのように、上昇気流のように、重力に逆らって空へと向かう。
崩れたダンジョンが地鳴りを立てながら復活してゆく。逆巻く風に誘われて、朝日に洗われた岩石が、再び地面に積みあがってゆく。
「わ……」
シュロは見とれた。それは
ハルシナの後ろに立つロップもまた、その光景に目を奪われているようだった。その横顔を盗み見ながら、シュロは胸に兆した思いに気づく。
「――ああ、そういうことか」
崩れたものが再び形と秩序を取り戻してゆく。シュロが戦い、敵を追い払いながら全てを焼き尽くすその間にも、こうしてひっそりと、立ち上がろうとするものがある。
「これで元通りか」
「うんにゃ、全然! これは入れ物を直しただけに過ぎない。ダンジョンのボスを迎える必要があるだろ? それに、どんな魔獣が住み着き、どんなダンジョンが構築されてゆくか、まあ半年くらいは見守る必要があるだろうね」
「大変なんだな。ダンジョン管理人ってのも。俺、管理人が何をしてるのかなんて、全然知らなかった」
「地味な仕事だからねえ。ま、国家公務員だから、食うに困らんのが良いところさね」
何でもないように言ってハルシナは笑った。
再起動され、
――ダンジョン管理人になってみたい。そうして、こんなふうに、世界を見られたらどんなにいいだろう。
*
迎えの兵士たちに囲まれて去ってゆく、黒服の少年。
その後姿を見送りながら、ロップはふと、彼の名を聞いていないことに気づく。
「なまえ。きかなかった」
「あのなりだ。聞かないほうが良かったんだと思うよ。それにさ、これはあたしの勘だけど――あたしたち、あの子ときっとまた会うよ」
「じゃあ、いい」
ハルシナの勘は外れない。ロップは安堵して、次にあったら絶対に彼の名を聞こうと決めた。
その時までには、きっと自分の言葉も上手くなっているだろう。
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