第20話 タルタロスの巣

 シュロが、自分からタルタロスの口に飛び込んだ。


「……はぁっ!?」

「ちょっとお!?」

「馬鹿ですの!?」


 ぼうぜんとする少女たちをよそに、タルタロスは、自分の口の中に飛び込んできた獲物を、嬉々として噛み砕いている。

 けれど、どんなに頑張っても、骨どころか皮にさえも牙を立てることができない。


 しばらく口の中で獲物をねぶった結果、タルタロスは、ここで食事をすることはやめにした。

 つまり、巣に戻ることにしたのである。

 ごっくんとシュロを飲み込んでから、もぞもぞと体を反転させるタルタロスを見、ロップがはっとしたように叫ぶ。


「あ……! そうか、タルタロスは、食べられない獲物を巣に持ち帰る習性くせがあるです」

「そういうこと! じゃああいつの後を追えば!」

「巣に着けるというわけですわね。ですが、なんの説明もないのはどうかと思いましてよ!」


 元来た道を戻るタルタロスは、ぶよついた体からは想像ができないほどのスピードで進む。


「ちょっ、は、速くないあいつ?」 

「タルタロスは食べるために速い。一晩で、小さなダンジョンの魔獣を、全部食ったという話があるです」

「それに、あの巨体を維持するためには、四六時中何か食べていないといけないのでしょうね。意地汚いったら」

「と、タルタロスの嫁に選ばれなかったエルフが負け惜しみを言っています」

「え、え、選ばれなかったわけではなくてよ!? というか、あんなの、こちらから願い下げですわ!」


 そうして十分ほども走った頃だろうか。タルタロスが速度を緩め始めた。

 タルタロスは自分の巣に獲物やつがい、子どもを運び込んで、共に暮らす。

 獲物の骨や排泄物はいせつぶつは、巣の外側に押し出す習性があるので、それらが見えてきたら、巣が近い証拠だ。


「魔獣の骨だらけ。巣が近いでしょう」 

 

 大きな獣の骨をひょいっと飛び越え、ロップたちはついにタルタロスの巣にたどり着いた。


「うっわあ……」

 

 そこは巨大な洞窟だった。タルタロスが三匹ぶん、みっしり詰め込めるくらいだ。


 恐らくこのタルタロスは、試験のために、外部からこの模擬ダンジョンに連れて来られたのだろう。

 巣には下半身だけ食べられた魔獣や、消化できなかったであろう剣・防具、魔術具が山積みになっている。

 もしかしたら、外で火喰い鳥ランキラの一羽や二羽、平らげたこともあったかもしれない。

 だからヴィクトリアの言う通り、ここで火喰い鳥ランキラの羽を探す価値はありそうだった。


 清潔とは言いがたい巣の中の、わらや草が敷かれた一段高い場所に、一人の獣人がいた。

 サイの獣人だ。ということは、彼がヴィクトリアの通訳者だろう。

  

「ヴィクトリア様! 助けに来てくださったのでごぶぁっ」


 タルタロスはサイの獣人に突っ込んでいくと、ねちょねちょと謎の分泌液を出しながら頬ずりし始めた。

 ぐぎゅう、ぎゅう、と汚い鳴き声を上げながら、体をくねらせているところを見ると、求愛行動に近いのかもしれない。

 あるいは発情行動か。いずれにしても気持ちのいいものではない。


「と、ともかく! あんたの通訳者は無事だったってことが分かったわね!」

「現在進行形で舐めまわされているが、広い意味では無事。喜べ」

「喜んでいいのかしらね……? というか、急いでシュロを助けないといけないのじゃないかしら」

 

 三人は恐る恐る顔を見合わせた。


「しゅ、シュロー、出てきていいよー……」


 と、声をかけても、タルタロスはうんともすんとも言わない。当然だが。


「ど……どうやって助ける……?」

「切るとシュロは言っていたです。誰か切るものを持っている? 私はない」

「私は弓か小手が武器ですから、剣は不得手でしてよ」

「てことは、私しかいないってことかあ……」


 トリニティは渋々と言った様子で、翼をばっと広げた。

 右手を掲げ、幼女の姿からダンジョンのボスの姿に変化する。

 長い赤毛がはらはらと背中にこぼれ、美しいラインを描くのを見て、ヴィクトリアが意外そうな声をあげる。


「お前、そんな姿にも化けられるんですのね」

「化けられるっていうか、こっちが本来の姿だよ……。気が進まないけど、シュロが消化される前に、助けてあげなくっちゃね」


 巣の中に転がっていた適当な剣を拾うと、トリニティは空中に舞い上がった。


「とは言ったものの、剣ってどうやって使うんだろ……ていやーっ?」

 

 剣を持って、タルタロスの背中に突進してみるものの。

 ヴィクトリアの鉄拳にも微動だにしなかった魔獣に、歯が立つはずもなく。


「うわうっ!?」

「トリニティが巣の反対側まで弾き飛ばされましたわ!?」

「だから切らなきゃですって……わあっ、こっちに来るです!」


 タルタロスがのそのそと起き上がり、分泌液をまき散らしながら三人の元へ突っ込んでくる。

 ヴィクトリアはトリニティを助け起こすと、慌てて脇へ飛んで避けた。

 

「お前、ダンジョンの支配者なら、その力でどうにかできませんの?」

「そっか!」


 再び空中に舞い上がったトリニティは、両手を高くかざした。


「ダンジョンの支配者として命じます! タルタロスを拘束せよ!」


 その声に応じて、土壁から岩がせり出してくる。

 岩は互いにがっちりと組み合って、タルタロスの体をがっちりと地面に押し付け、拘束してしまった。

 ごぎゅう、ぎうううう、と嫌な鳴き声を上げながら、タルタロスが抵抗する。

 

「シュロを中から助けるのは私がやるわ!」

「了解。この隙にノーコンエルフは自分の通訳者を確保。私は火喰い鳥ランキラの羽を探す」

「ノーコンという言葉には異議を唱えたいですが、今は見逃して差し上げますわー!」


 ロップは、自分の背丈の二倍ほどもある、未消化の山に果敢に手を突っ込んだ。

 たちまち何かねばついた液体で体が汚れてしまい、毛並みもぐしゃりと乱れてしまう。


「うえ……このべたべたがどこから出たのか、考えたくもないです……」


 これでもない、あれでもない、と消化されなかった剣やら装具やらを引っ張り出す。

 と、彼女の聡い耳がぴくりと動いた。


 タルタロスの体の中から、聞き覚えのある声がするような気がする。


「……シュロ? いえ、これは……?」   


 そう呟いた時だった。


「――そこまでだ、ヴィクトリア・デ・カスティージャ! トリニティ・オブ・セレス!」


 どすのきいたユヴァルの声が、タルタロスの巣にこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る