第18話 火龍

「あったあった! あれだよ、ダロウ!」


 トリニティが指さす先には、賢者が持つ杖のような形をした植物が、地面からちょろりと生えていた。

 灰褐色のそれは、ずいぶんと小さな植物で、トリニティの手に収まってしまうほどだ。


 しかし引き抜いてみれば、その根は実に数十メートルにも及んだ。


「んっだこれ!? 長すぎだろ!」

「ここは日が当たりにくい場所だからねぇー。少しでもたくさん地面から栄養を吸い上げないと、生きていけないんだよ」


 四人がかりで、せっせと根を丸めてゆく。


「おばあさまと編み物をしたときのことを思い出しますわ。こうして毛糸を丸めたものです」

「念のために聞くけど、編み物って毛糸と編針を使う、あれだよね?」

「逆にそれ以外の編み物ってなんですの……」

「ヴィクトリアのことだし、なんかこう、討ち取った相手の髪の毛とか内臓とか編み込んでるのかなって」

「どんな蛮族ですのエルフは!?」


 ものすごい長さだった根は、彼女たちのおかげで手のひら大に丸められ、見事シュロの荷物に収まった。


 さっそく金属板プレートを見てみれば、既に二つの素材の文字がぴかぴかと光っている。


「順調だね、シュロ! あと一つだ!」

「その一つが大変そうだけどな」


 これで必要な三つの素材のうち、二つが揃った。

 残り一つを手に入れた時点で、ロップが五体満足で生きていれば、自動的に試験に合格したことになる。


「よっしゃ、次の目的地はタルタロスの巣、だな」

火喰い鳥ランキラの羽の手掛かりがあるところですわね!」

「お前の通訳者が食われかけてるところだよ」 

「うぐう」


 その前に、まずはタルタロスがどこにいるのかを知る必要がある。


「ヴィクトリア、何か心当たりはあるか」

「今私たちがいるのは、十階層あるダンジョンのうち、第二階層のところですわよね」

「そうだな」

「私が通訳者を置いて――もとい、嫁にやってきたのは、第四階層のところですの。でもそこは巣ではないようでしたわ」


 トリニティが、傍にあった木に手を当てる。


「ダンジョンの支配者として命じます。タルタロスの巣はどこにある?」


 木はさやさやと梢を鳴らすのみだった。


「……うーん、やっぱり同じ階層じゃないと分からないみたいね」

「了解。じゃ、まずは第四階層に降りて、そこから下ってみるか」


 四人は階層を二つ下った。



 第四階層に入ると、むわりとした熱気が押し寄せる。

 見れば黒ずんだ岩がごろごろと転がっており、その隙間から蒸気が噴出している。


「ここは……火山帯か?」

「ううん、この地下に火龍が住んでるんだよ」

「ああ、道理で熱いわけだ」


 耳をひこひこさせているロップの腕を、ヴィクトリアがぐいっと引き寄せた。

 一瞬遅れて、ロップの立っていた場所から蒸気が勢いよく噴出する。


「ご注意あそばせ。お前が吹き飛べば全てご破算ですわよ」

「う、ありがとです。耳は八割がた回復、完璧まではあとちょっと待って欲しい」

「無理するなよ。痛くなったらいつでも言え」


 シュロはしばらく観察していたが、蒸気が噴き出るときには前兆があった。

 小石がカタカタ鳴り、前触れのような細い煙が立ち上るのだ。

 その兆候ちょうこうを注意深く見ていれば、ロップの耳に頼らなくても、自力で気づけそうだ。


「~~にしても! 暑すぎじゃないここ!?」


 トリニティは胸元をぱたぱたやりながら、翼を出して風を起こしている。

 ヴィクトリアも、身に着けていた防具を魔術で取り払い、涼し気なノースリーブ姿になっている。

 エルフらしい華奢な体躯でありながらも、出るところはしっかりと出ているヴィクトリアの肢体を、トリニティはライバル心剥き出しで眺めた。


「むむむ……ただの筋肉エルフだと思ってたら、意外と……」

「女神の加護受けし私の体が黄金律で最高でビューティフルなのは当然ですから、そんなに褒められても反応に困りますわ」

「ほ、褒めてないですう~、意外とって言っただけですう~」

「それより、ロップは脱ぎませんの?」

「……脱ぐように、できてないです」

「なんで? ポンチョの下は素っ裸なの?」 

「そ、そんなわけないノータリン。ただ、その、この状況では、脱ぐ気持ちにならない……!」

「えー。あつくなーい?」

「熱中症になってしまいますわよ」

「ひゃうっ! さ、触るなです!」

「あらまあ、こちらの方が意外と、ですわよトリニティ」

「どれどれ」

「だから! 触るなと!」


 もぞもぞ、ごそごそとやっている三人の少女を、微笑ましく見守っていたシュロだったが――。

 彼の中に蓄積された戦場の経験が、警告を鳴らした。


 すらりと剣を抜けば、その気配を感じ取ったヴィクトリアたちも、すぐに戦闘態勢に入った。


「……来る」


 岩を打ち砕く凄まじい音と共に現れたのは――細長い肢体を持つ火龍だった。


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