第30話 戦闘開始
シュロとロップは、一年前に出会っていた。
昔話をを聞いていたロップの顔が、驚きに固まる。ぽかんと開いた口がかわいい。
「どっ……どういうことです!? なんで黙ってたです!?」
「なんか、言うタイミングなくって」
「わ、私は、あの男がお前だと知らなかった! 顔を隠していたし、名前も聞かなかったから」
「気づいてなさそうだな~とは思ってた。でもまあ別にいっかなって」
「軽い……! わ、私とお前が組むことになったのは、お前が何かしたです?」
「ルクトゥンのコネ使ってちょっと。ロップ、言葉だいぶ上手くなったよな」
「~~~うーっ!」
ロップはえも言われぬ気恥ずかしさに襲われる。あの頃は確かに、カタコトというレベルではなかった。
「っていうかロップ、もうハルシナさんとはダンジョン潜ったりしないのか?」
「……今は修行です。通訳者としてはまだ未熟。一人でダンジョンにも潜れない。経験を積んだら、また先生と潜るでしょう」
「そっか。俺が試験に合格したら、お前と一緒に組みたいなーとか思ってたけどな」
少し寂しそうに笑うシュロを見て、ロップは切なげに視線を落とした。
「俺はまた戦場に戻るけど。ロップも頑張れよな。また前みたいに、どこかのダンジョンでひょっこり会う可能性だって――」
言葉が不自然に途切れる。
その頃にはもう、ロップの聴力もフル稼働していた。
「……重たいものが動く音? 近づいてきてるです?」
「デザストルだよ」
それまで黙りこくっていたマツリカが、よろよろと立ち上がりながら吐き捨てるように言った。
「デザストル……だと?」
「そうさ。お前を狙ってきている」
「……巨人族か」
「だろうな。僕だってまずお前を潰してからこの国を責めるさ。――やれやれ、指先に多少痺れは残るが、おおむね問題なさそうだな。さあシュロ、戦闘だ。怪獣退治はお手の物だろ?」
「ああ」
頷いたシュロの顔は、まるで抜身の刃のごとく、冴え冴えと冷たい。
*
「ふんっ、ぐぬううううううううううっ!」
「わ……うわわ……」
「おっりゃああああああああ!」
気合一撃、ヴィクトリアは全力で檻を引きちぎろうとした。
が。剛腕エルフ相手に、檻は驚異の粘りを見せた。
「さ、さすがに素手では無理そうですわね……!」
「でも見て! ちょっと歪んでるよ!?」
魔術防御の施された檻を、わずかながらも素手で捻じ曲げたヴィクトリア。そのポテンシャルが恐ろしい。
ヴィクトリア、トリニティそしてダンの三名は、相変わらず牢屋に閉じ込められたままだった。ロップたちの安否も分からぬまま、無為に時間を過ごしている。
しかし、どうにも様子が変だ。兵士たちはなんだか慌ただしく走っていくし、看守の数も減っている。
「上で何か起きているのかしら? きな臭いですわね」
「ねえダン、さっきのキノコの胞子で何か情報が分かったりしないかなあ」
ダンは、手の中の赤い胞子に向かって、素早く指文字を切る。
「……なにか起きているのは確かみたいです。『試験官たちが、試験中止の可能性があると言っている』そうです」
「はあ!? そ、そんなの私許してないよ!? 試験が中止になったら、シュロが困るもん!」
「理由は分かりませんが、何か起こっているのは確かみたいですね。国王軍の応援がダンジョンに駆けつけているという噂があるようです」
国王軍の応援? ヴィクトリアとトリニティは顔を見合わせる。
「トリニティ・オブ・セレス!」
ユヴァルが息を切らせてやってきた。彼の傍には、試験官の部下らしき腕章をつけた男も立っている。
「即刻、試験を中止してくれ」
「なんでよ?」
「デザストルが近づいてきている!」
「で……デザストル!? 北の国の、恐ろしい魔獣? なんでそんなものが!」
「シュロを狙ってきたんだ。巨人族の連中、シュロさえ殺せば容易にこの国を侵略できると思っていやがる!」
興奮のあまりグァウと咆哮するユヴァルからは、怒りと焦りが感じ取れる。
トリニティは困ったように下唇を噛む。デザストルがすぐ近くにいるとなれば、試験は中止すべきだろう。
「でも、そしたらシュロが」
「その気遣いは不要だ混合神。シュロは試験を放棄する」
「は? あんた誰よ」
「王国軍大隊長、魔術師マツリカだ」
現れたワンピース姿の女は、長い黒髪と、少し影があるが、美しい容貌の持ち主だった。
聞き覚えのある声に、むむ、と警戒心を強めるトリニティだったが、後ろにいたシュロとロップを見つけてぱあっと顔を輝かせた。
「ロップ! シュロ! よかったあ、無事だったんだ……!」
「トリニティもヴィクトリアも、怪我はなさそうだな」
「? シュロ……?」
トリニティは首をかしげる。そこに立っているのはシュロであるはずなのに、見間違えようもないのに、その声ばかりが硬くてこわばっている。
ロップは耳をしおしおにさせながら、
「シュロは、もう、試験に合格できない。この女がかけた呪いは解けなかった」
「そ、そんな……」
「はじめから解けない呪いだったです。シュロは八方ふさがり。――これから、大きなけものを狩りにいく」
一瞬の間があった。ヴィクトリアは艶然と微笑んだ。
「それなら私もお役に立てるかもしれなくてよ。エルフですもの」
「まあ、戦力の一つにはなるか。君も出たまえ。後ろの獣人は、安全な場所に避難していることだね」
マツリカは指先をちょいっと振って牢屋の扉を開けた。
ヴィクトリアは優雅に扉をくぐると、それから。
――横に立っていたマツリカの顔面に拳を見舞った。
腰をしっかりと回転させ、全体重を乗せた本気の一撃だった。
一応マツリカも魔術師ではあるので、もろに食らったわけではない。攻撃を感知して防御魔術が自動的に展開されたが、ヴィクトリアの拳はそれをやすやすと食い破った。
ばぎっ、と防御を突き破った拳が、マツリカの頬にめり込む。細い体が地面に転がった。
「お前っ……!?」
「まあっ、ごめんあそばせ! 手がヌルッヌルに滑ってしまいましたわ!」
「がっつり踏み込んでたけどな今!」
シュロはマツリカに手を貸し、立たせるふりをして彼女が反撃の魔術を展開しようとするのを押しとどめた。
「離せシュロっ、この僕の顔面をぶん殴ったヤツを生かしておけるかっ!」
「はっ、よく言いますわ! 他人の思いを勝手に台無しにしておいて! 卑怯者!」
「身内で争ってる場合じゃないだろ。ほら、さっさと地上に出て迎撃するぞ。――じゃ、皆、ありがとな」
マツリカを引きずるようにして、シュロは牢屋を後にした。
ユヴァルがトリニティを目顔で促す。
「あなたもだ。試験官と結んでいた契約を破棄するために、あなたの合意がいる」
「……シュロは、あのまま、もう戻ってこないの?」
「ああ。デザストルを撃退できたとして、巨人族はまたこの国に攻め入るだろうからな」
ユヴァルとマツリカは、既に今後の戦争の動きを見据えている。
けれどトリニティたちは、まだそこまで考えることができない。あんなにあっさりとシュロがいなくなってしまったことを信じられない。
「行くです、トリニティ、ヴィクトリア。ダンジョンに人が残ると、シュロもやりにくいです」
「ロップ……。悔しく、ないの?」
「ッ悔しい! あたりまえ!」
ロップは叫んだ。大きな瞳には涙がうるんで、今にも零れ落ちそうだった。
けれど、ロップは泣かない。泣くことを認めない。
「シュロがあきらめる、いやだった。シュロの心臓の音が、どんどん、こわくなってくことも、いやです。でも、私は、シュロのかわり、できない」
「……」
「英雄なのはシュロ。ルクトゥンなのはシュロ。それは変われない。代われないです――でも、助けるは、できる」
自分を落ち着かせるように何度か深呼吸する。言葉がつっかえて、うまく出てこなかった。
上を向いて、涙がこぼれないように、ぱちぱちと瞬きした。
「私は、けもの相手では役立たず。シュロを小さじ一でも助けられるは、お前たちです」
「……分かった」
「ええ。お前の覚悟は、この私が受け取りましてよ」
ヴィクトリアとトリニティは、ロップの小さな体を抱きしめた。
「さ、参りますわよ。この際ですもの、二度と歯向かえないようにぶちのめして差し上げなくてはね?」
「うん。――混合神の怒りを買うとどうなるか、見せてあげるよ」
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