第7話 聖眼を狙え

 覆面ふくめんをした少年は、血と勝利の歓声のなかにたたずんでいる。

 投げかけられる勝利の言葉も、彼を称賛する言葉も、まるで水中の中で聞いているように遠い。

 少年は唇をわななかせ、吼えた。


 それから少年は笑わなくなった。

 どんな財宝も、どんな名誉も栄光も、少年の表情を動かすことはなく。

 国一番の道化どうけも、傾城けいせいの美女も、少年の心を溶かすことはできなかった。


 敵を打ち倒し、栄華に満ちた国のまんなかで、かつての勇者はただうつろに生きていた。

 ――あの少女に出会うまでは。


 *

  

 ボスのエリアを後にした三人は、次の作戦を立てることにした。


「もうボスを倒すって条件はクリアしたんだし、あとは必要な素材を集めるだけだね!」

「おう! そんじゃここらで素材をもっかい確認しとくか。必要なのは――」


 シュロは必要素材が書かれている金属板プレートを取り出す。


「あれ、なんか色が変わってる。金色に光ってるぞ」

「ああ、それはダンジョンのボスわたしを倒したって証拠よ」

「なるほどな。で、これから集めなきゃいけない素材はっと」


 月見ず月の聖眼ウジャト。月見ず月の女神エレナの加護を示す、手のひらに収まる程度の装飾品。

 ダロウの渦巻きスパイラル。植物の根。内臓系の病気の治療に使われる。

 火喰い鳥ランキラの羽。魔獣の鱗。幼い子供を守る時のみ発現する。

 

「……なるほど? ちょーっと難易度高いかもね?」


 トリニティは、そのあどけない顔に渋い表情を浮かべる。


「前の二つは、まあ何とかなるだろーけど。火喰い鳥ランキラの羽はめんどくさいよ」

「このダンジョンに棲息してなさそうだもんな」

「ううん、それだけじゃなくて、ドロップアイテムにもないし、採取アイテムでもない」

「……まじで?」


 ドロップアイテム。ダンジョン内の魔獣を倒した際に、まれに魔獣からドロップするアイテム。

 採取アイテム。岩を叩いたり、木をゆすったりすることで得られるアイテム。


 そのいずれでもないのなら――どうやって羽を入手したらいいのだろうか。


「大丈夫、神は乗り越えられない試練をあたえなーい。絶対絶対手に入れられるからね! 一緒にがんばろー!」

「おう!」


 トリニティとシュロは拳を高く突きあげて、気合十分だ。

 一方のロップは、それを興味がなさそうに見守っている。


「それじゃ、羅針盤をどこに向ける?」

「行先をどうするか、ってことだな。今は一番下の層にいるんだよな。じゃ、上にちょっとずつ登っていこうぜ」

「了解です」


 三人はダンジョンの上層を目指して歩き始めた。

 ひっきりなしに耳を動かして、敵を探っていたロップだったが、ふと思い出したように声を上げる。


「そーいえば! 忘れてたです。シュロ、なんでお前はヘファイストスの黄金鍵ピックを持っている?」

「あー……思い出しちゃった?」

「脳裏に刻まれた。忘れる理由があるわけないだろアホンダラ」


 ロップは小首をかしげた。


黄金鍵ピックを持てるのは、ものすごい武人がほんの数人と聞くです。大きな首を取った、めったにいない武人です」

「あー、うん。そうだな、武勲を上げて、国王陛下に認められないと黄金鍵ピックは与えられない」

「しかもこの世に五本程度しか存在しないと聞くでしょう。そんなものを持っているなんて、お前――」


 シュロの口元が引きつる。

 いたずらがばれそうな子どものような表情で、どぎまぎとロップの言葉を待つ。

 

 「――誰かに借りたです?」


 へ、とシュロの口から、吐息めいた声が漏れる。

 きょとんとした顔には、十八歳の少年らしいあどけなさがあった。

 ロップは生真面目な口調で、


「それほど実力のある人間が、ダンジョン管理人なんて受験するはずがない。国王陛下はそんな人間を手放すことはないと断言できるでしょう。ということは、ほんとうの持ち主から、これを借りたですか?」

「……あ、あー! そうそう、借りたの、そう、借りたんだよー。だってやっぱ、こーゆーのって、あったほうが便利じゃん?」

黄金鍵ピックを持てるくらいの人間が知り合いなら、コネで管理人になるのも吉でしょう」

「いやいやー、コネはだめでしょ。正攻法でいかねーと」


 へらりと笑って見せるシュロ。

 それを面白そうに見つめながら、トリニティはぽつりと呟いた。


「おっかしーなー? 黄金鍵ピックって持ち主の名前が刻まれていて、貸し借りはできないって聞いたけどなー?」

「で、デマだろ? だって俺が持ててるんだし」

「そーね。シュロは借りれてるもんねー?」

 

 意味ありげな目線をよこして笑うトリニティ。

 彼女にはシュロの「嘘」などとっくにお見通しらしかった。


 シュロは慌てて会話をそらそうと試みた。


「そ、それにしてもさ。ロップの耳ってほんとにすごいよな」

「うん、それは私も思った。まさか魔力炉心の位置を、耳で把握できる獣人がいるなんて!」


 トリニティの言葉に、ロップはそっけなく返す。


「すごいのは、私の言葉を頭っから信じたシュロ」

「へ? 信じるに決まってんじゃん」

「……私の耳だけをたよりに、危険な敵にまっすぐぶつかっていく人間は――あんまり、多くはいない」


 ロップとて資格を持つ公認の通訳者だ。パーティに随伴してダンジョンに何度も潜ったことがある。

 けれど、ロップの耳が拾った情報が、そのまま受け入れられることは少なかった。

 

 特に戦闘ではひどかった。

 『戦闘に口出しするな』と退けられたり『ウサギの獣人などに頼るほど落ちぶれていない』と吐き捨てられたり。


 だというのに、シュロは。

 なんのためらいもなく、ロップの言葉を信じて突っ込んでいった。


「私の言葉を信じて、危ない所に突っ込んでいくは、お前が馬鹿だからか?」 

「え、でもだって逆にお前の耳を信じない理由がなくない?」

「……そーゆーものです?」

「そーゆーもんじゃね? っていうか、神威の槍(パンデモニウム)が近づいてくるのに気づいた時点で、お前の耳は一級品だろ」


 一級品。

 その言葉に、ロップは驚いたような表情を浮かべる。

 それは彼女が自分の師匠以外から初めて受けた、心からの賛辞だったから。


「あ、あぅ……」


 初めてだから、どう答えればいいのか分からない。

 分からないけれど、その言葉を受け取った時の、胸の奥がじんわり暖かくなるような気持ちは、どうにか伝えたい。そう思って、どうにか言葉を絞り出す。


「あ……ありがと……」

「いやいやこちらこそだぜ! 魔術で探知妨害するような敵とかもいるしさ。前に戦ったパカーアップ・グラウラーなんか透明で見えなくって――」

「パカーアップ・グラウラーって、北で一番でかいダンジョンのボスです? そんなのと戦ったのか、お前は?」

「あー!? あー、そ、そんなダンジョンのボスと戦うわけねーじゃん。ど、同姓同名の違う敵だよ」


 そうですか、と言うロップはどこか釈然としない様子だったが、それ以上は追及してこなかった。

 はふう、と安堵あんどの息をつくシュロ。それをにまにま笑いながら見ているトリニティだった。


 

 三人はダンジョンを上っていく。

 上るにつれて、岩石だけではなく、植物も見かけるようになった。

 天井にはびっしりと光る苔が生えていて、それがまるで夜空に輝く星々のようだった。


「下じゃなくて上に向かっていくのって、なんか変な感じだな~」

「ダンジョンは基本階層式になってて、強いボスほど下にいるもんねえ」

「でもまあ、ボスを倒すってミッションはさくっとクリアできたわけだし? 良い感じで進められてるよな?」

「そーだねっ」

 

 トリニティはシュロとごきげんに手をつなぎながら、鼻歌を歌っている。

 さすがは混合神というべきか、鼻歌ていどでも美しいメロディになっているのはさすがだ。

 

 ロップはその後ろをついて歩きながら、シュロに尋ねた。


「シュロ。聖眼ウジャト渦巻きスパイラル、どっちから探す?」

聖眼ウジャトからかなー。魔獣はあちこちにいるから、手に入るチャンスも多いだろ」

「その認識には異議がある。月見ず月の魔獣は少ないです。チョコチップマフィンに入ってるチョコチップていど」

「え、チョコチップマフィンって結構たっぷりチョコチップ入ってないか?」


 シュロが言うと、ロップは憤慨ふんがいした様子で首を振った。


「ノー。マフィンの断面はチョコチップでみっしりが望ましい。かじればチョコの味しかしないようなマフィンが良いマフィン」

「それはもうチョコを喰った方が早いのでは」

「モグリめ。チョコチップマフィンとチョコそのものでは違いが過ぎる、それはカエルとオタマジャクシくらいに」

 

 マフィンについて熱く語るロップ。

 そう言えば彼女の食糧袋には、あめだのタフィーだのが大量に入っていたな、とシュロはこの獣人の甘党ぶりを思い出すのだった。

 そこへトリニティが会話に加わる。


「ま、チョコチップマフィンの話は後にして。月見ず月の魔獣――正確に言えば、月見ず月の女神、エレナの加護を受けている魔獣は、確かにそう多くはないよ」

「イエス。まず群れで生活しない。用心深さは私たちウサギの獣人と同等と言われるほど」

「そうよね。このダンジョンで、ピンポイントで見つけるのは難しくない?」


 二人の言葉に、シュロはふふん、と不敵な笑みを返してみせた。


「おいおい、なんか忘れちゃいないか? 月見ず月の女神エレナの加護を受けているものは、凄まじい力と共に、どうしようもない特性を受け継いじまってる」

「どうしようもない、特性……?」

「あ、もしかして」


 小首をかしげるロップ。シュロの思惑に気付き、苦笑を浮かべるトリニティ。


「そう、月見ず月の加護を受けているものは――めちゃくちゃプライドが高いんだよ」

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