第9話 聖眼、入手


 腹に響くような咆哮ほうこうと共に出現したのは、三重展開の魔術文様。

 植物と鹿を模した、複雑な意匠いしょう文様もんようは、歯車のように噛み合いながら凄まじい勢いで回転している。

 青い火花を散らせながら出現したのは、先端を白銀に染めた美しい矢だった。


 ――その数、約八百本。


 切っ先は全てシュロたちに向けられていて、ロップは尻尾の先まで冷え上がるほどの恐怖を感じた。

 だというのに、シュロは微動だにしない。

 相変わらずの涼しい顔でたたずんでいる。


『掻き切る首もなくなってしまうだろうな? では死ね――”我が守護女神、月見ず月のエレナの名において、我が矢を驟雨しゅううの如く降り散らせん!”』


 矢がシュロ目がけて――否、ロップとトリニティの上にも降り注ぐ。

 トリニティはとっさに翼を広げ、ロップをその中に包みこんで守ろうとした。


「八百本ていどでよくまあそんなでかい面ができるよ」

『……なに?』

「物量で圧倒する気なら、こっちも物量でお返ししよう」


 そう呟いたシュロの剣先に顕現したのは、橙色の小さな光。

 それが周囲の魔力を巻き込み、みるみるうちに輝く光球へと姿を変える。

 一人の人間が操るには、あまりにも過ぎた魔力であるにも関わらず、シュロは苦痛の色さえ見せない。まるで日常茶飯事であるかのように。


「――”紅花べにばな”三千展開」


 凄まじい魔力を凝縮していた光球が、爆発する。


 すべてを灰燼かいじんに帰すその光線は、降り注ぐ八百本の矢を過たず燃やし尽くし、そして――。

 

『な、にぃぃいいっ!?』


 ジルの体を直撃した。銀色の体が紅蓮ぐれんに染まる。


 むろんジルも逃げようとした。

 けれど当然間に合わず、即座に展開した防御魔術も、あっけなく食い破られる。

 紅花の名を冠したシュロの炎は、ジルの銀色の毛を舐めつくし、筆舌尽くしがたい痛みを与えた。


 痛みに身もだえ咆哮ほうこうする獣を見、シュロはふっと剣先を下ろし、炎を断ち切った。


『な……んだ、と? 我を、殺さぬと、いうのか……!』

「これは試験だからな。戦争じゃない。侵略でもない。殺す必要なんかないだろ?」


 どこか嬉しそうなその言葉に、ジルは顔を歪めた。

 圧倒的な力の差を見せつけられたばかりでなく、慈悲をかけられたことは、誇り高き銀狼には耐え難かったのだ。

 

 ジルは引きちぎるようにして胸元の聖眼ウジャトを取り払うと、シュロの方に投げた。

 うまくそれをキャッチしたシュロは、小さく頭を下げる。


「ありがとな」

『……覚えておけ。我を殺さなかった報いは、いずれその身に返ってくる。月見ず月の女神の加護は、このていどではないぞ』


 よろめきながら立ち上がったジルは、それでも凛と前を向き、去っていった。

 トリニティは蹄で地面を抉りながら、ヒヒンと得意げにいななく。


『今度は私も参戦するから、覚えときなさいよっ! でもま、私の出る幕なんかないかもだけど』

「そうだな。次も俺一人でなんとかできるだろうし、何より!」


 シュロはにまっと笑って、少し焦げ付いた聖眼ウジャトを二人に見せつけた。


「一つ目の素材、入手だぜ!」

「おっめでとー!」


 変身を解いたトリニティが、シュロにぎゅうっと抱き着いた。

 彼女の豊かな胸が、二人の体に挟まれて、ぎゅむ、むぎゅうと形を変える。


「シュロってばすごいすごーい! まっ、私の協力があったんだから!? とーぜんではあるんだけどー!」

「おめでとうです、シュロ。金属板を見てみると吉でしょう」


 ロップの言葉に、シュロは懐の金属板を取り出す。

 トリニティを倒したことで、黄金に輝いている金属板。

 必要な素材のうち、手に入れたばかりの聖眼ウジャトの文字が、赤くなっていた。


「なるほど。手に入れた素材が分かりやすくなってるんだな」

「それだけではない。よく見ろスットコドッコイ」

「んー?」


 金属板をじっと眺めていると――そこに、白い線で簡素なマップが描かれてゆくのが分かった。

 ぼうっと浮かび上がるような、かすかなマップ。

 十階層に分かれたそれは、どうやらこのダンジョンの簡単な地図であるようだった。


「お! マップか! なるほど、一つ目の素材を入手した段階で出現するようになってくるんだな」

「イエス。残る素材はあと二つ。どちらかタップしてみると吉でしょう」

 

 試しに『ダロウの渦巻きスパイラル』の文字をタップしてみる。

 すると、マップの上の階層の方で、赤い点がいくつか明滅し始めた。


「そこに渦巻き《スパイラル》があるということです」

「便利だなー! じゃあじゃあ、火喰い鳥ランキラの羽はどうだ」


 『火喰い鳥ランキラの羽』の文字をタップしてみる。

 するとマップから光が消え、反応がなくなってしまった。

 うーむ、と渋い顔のシュロ。


「やっぱ、この素材は曲者だな。トリニティの話じゃ、ドロップも採取もできないって言うし」

「でも、このダンジョン内にあるのは、間違いない事実。お前がいまここにいるのと同じくらい、確実」


 きっぱりとロップが言い放つ。その言葉に、シュロも力強く頷いた。


「だよな。それに、渦巻き(スパイラル)を手に入れたら、この金属板にも何か変化があるかもしれないし」

「うんうん、常に前向きなのはシュロの長所だよね。――それじゃ、次の目的地は?」

「当然、このマップ通り、上を目指すのみだぜ!」


 いえいっ、とハイタッチするトリニティとシュロ。を、白けたように見ているロップ。


「もー、ロップも! もっかいいくよ!」

「結構です。間に合ってます。大丈夫です」

「お断わり三連発食らうと結構しんどいんだけど!? 四の五の言わず、神様の言うことには従う! はいもっかい! いぇーいっ!」


 無理やりハイタッチさせられ、死んだ魚の目をするロップは、聞こえないようにつぶやいた。


「これだから女神は強引でいやです……」

 

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