第11話 魔獣アドラと通訳者

 ロップの翡翠色ひすいいろの目が、じっとシュロを見つめている。

  

 殺すか、それとも通訳を通して対話を試みるか。


 投げかけられた二択を、シュロは苦もなく選択する。


「通訳、頼めるか」

「イエス。最初に何を伝える?」

「えっと……俺たちは敵じゃないってこと。ダロウの渦巻きスパイラルを手に入れたら、すぐここを立ち去ること」


 ロップは布をばさりと振るう。と、その布が巨大化し、四人がけのテーブルほどの大きさになって、彼女の目の前に浮かび上がった。

 続けてそこに砂を流し込む。

 きらきら輝く黄金色の砂は、ロップの指先の動きに合わせて、布の上をすべってゆく。

 けれど、砂の動きには、規則性があるようには見えなかった。

 布の上に砂をこぼしてしまっただけのように見える。


「なんだ……? 布に砂をぶちまけただけじゃないのか?」

「まあ見てなよ」


 ロップが何かの詠唱をすると、砂の色が緑色に変わった。

 砂自体の持つ輝きも、かすかに小さくなったようだ。


 ――それだけ。それだけのことであるのに、アドラの動きは劇的に変わる。


 脚をやたらに動かすのを止めた。それだけでなく、こけの色が元の緑に変わったのだ。

 トリニティが安心したようなため息を漏らす。


「分かってくれたみたいだね。私たちは敵じゃない、って」

「そうなのか?」

「そ。アドラはね、体の苔の色と発光で意思疎通するの。緑色に変わったってことは、少なくとも即攻撃してくることはない、ってこと」

「トリニティにも、アドラの言葉が分かるのか?」

「喜怒哀楽くらいは。でもそれは、私がこのダンジョンの支配者だからであって、ダンジョン外のアドラの言いたいことは全く分からないと思う」


 再びロップが詠唱する。布の上の砂の色が、薄い緑色に変わり、発光が強くなった。

 光は、ぱっぱっ、と短いスパンで明滅を繰り返している。


 するとアドラは両脚を複雑なしぐさでうごめかし始めた。

 今までの威嚇いかくするような動きではなく、三人を誘うような、手招くような、そんな動きだ。


「……ダロウの渦巻きスパイラルは、少し入り組んだ所にあるそうです。場所を教えるかわりに、ごほうびが欲しい、と」

 

 ロップは目を細めて、うごめく脚の色と動きを見定める。


「欲しいものは――わすれな草と多羅葉たらようの実を、三つずつ」

「そっか! どっちも、アドラが嫌がる成分を出してるから、近寄れないんだっけ」

「イエス。でも、その素材なしでは、立派な巣は作れない。ゆえに彼らは挑戦し続けている、そうです」

「へえ、そんなに細かいところまで言葉が分かるもの? すごいね、ロップ」


 微妙な色の違いを見定めながら、慎重にアドラの目的を探るロップ。

 トリニティはそれを感心したように見つめながら、シュロにアドバイスした。


「もちろん、アドラたちの要求に応える義務はない。彼らを脅して、渦巻きスパイラルの場所を聞くのもアリだけど――私はおすすめしないかな」

「別に脅す気はないけど、どうしておすすめしないんだ?」

「アドラは、森の賢者と呼ばれている。利他的りたてきで、心おだやかな生き物なんだよ。それに、彼らの巣にはいろんな小動物が住み着いていて、一風変わった生態系せいたいけいを築いている」

 

 シュロは試験官の言葉を思い出した。


「ダンジョン管理人は、ダンジョンの環境を保全するのも仕事――か。っしゃ、そんなら、わすれな草と多羅葉たらようの実を採取してやろうぜ!」

「それを伝えても問題ないです?」

「ああ。頼むぜロップ」


 ロップは頷くと、砂の色をピンク色に変えた。

 それを見たアドラたちは、まるで万歳をするように脚を上に向ける。

 

「よかった。――喜んでるです」


 そう言って、ロップはふわりと笑った。

 シュロはその笑みにどきりとする。

 基本的に無表情なロップが、年相応の柔らかな表情を浮かべているから――だけではなく。

 そのほほえみが、あまりにも無防備で、かわいかったからだ。


 どきどきする心臓を持て余しながら、シュロは言葉を絞り出した。


「お……おお。喜んでるっぽいってのは、俺たちでも分かるな」

「うんうん! でもね、シュロ? それは、アドラと戦うんじゃなくて、対話する、って道を君が選んだからなんだよ?」


 トリニティはにこにこと上機嫌だ。

 彼女はこのダンジョンの支配者だ。言い換えれば、このダンジョンの魔獣はすべて、彼女の所有物ということになる。

 混合神に限った話ではないが、神という存在は、支配欲の強いいきものだ。

 ダンジョン内の魔獣を必要以上に殺すということは、神の所有物を不当に奪うことと同じ意味を持つのである。


「襲ってくる魔獣を殺すのは、仕方がないことだと私でも理解してる。でも、アドラたちのような、積極的にこちらを襲ってこない魔獣を殺すのは、少し違うって思ってたから――」


 シュロの手をきゅっと握りしめ、トリニティが嬉しそうに笑う。


「だから、君が対話の選択肢をとってくれたことが嬉しい」

「……」


 けれどシュロは、その言葉に黙り込んでしまった。へらり、と取りつくろうような笑みを浮かべる。


「……そんな、たいそうな人間じゃないんだ、俺は」

「シュロ?」

「アドラたちが移動を始めるです。……シュロ。今は探すべきものに集中しやがれコンチクショー」

「あ、ああ。そうだな」


 剣を取り上げ、シュロは歩き出した。

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