限界突破50回目(3)
僕とフォルトゥナの2人、そして宮園さんと高橋の2人が四人がけの席で向かい合って座っている。
ここは学校にほど近いところにある喫茶店で、平日の客入りはそれほどでもないが、土日は激混みになる有名店だ。おすすめはマスター自作のベイクドチーズケーキと、マスターが挽きたて淹れたてにこだわったブレンドコーヒー。煎りたてにはこだわっていないのかというとそうでもなく、そこは焙煎のプロが友達にいるから全まかせというのは常連の間では常識だ。毎日適量が届けられるので、実質煎りたて挽きたて淹れたての三拍子揃ったすばらしいコーヒーを飲むことができる。
宣伝には力を入れていないので、平日は空いていることが多いからこうして利用することができるのだ。
ちょっとお高いのは難点だが、たまに飲むとすさまじくリフレッシュされて、一ヶ月くらいがんばっちゃえるような気になるから不思議なものだといつも思う。
僕と高橋の前にはそのブレンドコーヒーがあり、宮園さんの前にはアイスティー、フォルトゥナの前にはティーポッドとティーカップが置かれている。ホットティーは2杯立てだ。ふたりともどうやらコーヒーは苦手らしい。ここでコーヒーを飲めないなんて、とってももったいないことだと思う。うん、もったいない。
高橋がここにいるのは、もちろん僕が声をかけたからだ。
宮園さんとの話の中に高橋の名前も出てきていた。戦い方を先輩である僕や高橋に教わりたい、というのが宮園さんの要求だ。見返りを求めるつもりはないが、ひとりで受ける気もなかった。高橋も巻き込んでしまおうというのは僕なりに考えがあってのことだ。
ワケアリ顔をしたまま僕はコーヒーを口に運ぶ。
「……やっぱりここのコーヒーはおいしいなぁ」
僕は「ほぅー」となんとも言えないとろけるような吐息を吐き出した。これで今後一ヶ月がんばれそうだ。
「たしかにそうだな」
高橋も香りをたのしむようにカップを傾けちびりと煽り、コーヒーを口に含んだあともすぐには飲み込まずに口内に最高の香りを充満させて馴染ませて味わっているようだ。
「……なにを通ぶってるんだか、ふたりとも」
フォルトゥナがテーブルに頬杖をつきつつ、あきれ顔で僕を見る。……行儀が悪いですよ、女神様。
「ぶってるんじゃなくて、通なんだよ」
反論してみた。ジト目で返される。……ごめんなさい、調子に乗りました。
「フォルトゥナちゃんも恵理ちゃんもコーヒー飲めたらよかったのにな」
いきなりちゃんづけとはさすが高橋だ。まぁ、宮園さんはちゃん付けで呼んでしまえるくらい愛らしい子だとは思うけど。僕は高橋じゃないから宮園さんと言う他ない。
「私はダメ。口の中が煙くて」
「それが美味しさだと思うけどな、俺は」
「……人の好みはそれぞれよ。私は芳しい紅茶が飲めてうれしいけどね。エリリンもそうでしょ?」
フォルトゥナに急に振られて宮園さんの肩がビクッと跳ねる。加えていたストローが口からポロッと溢れる。
「え、エリリン……? あっ……わたしの、こと?」
「そうよ」
「わたしも、コーヒーは苦いからちょっと苦手で……。でも、ここの紅茶は美味しいです!」
エリリンといきなり呼ばれたことに動揺していたものの、宮園さんはうれしそうな笑顔を浮かべた。フォルトゥナもちょっと馴染んじゃえばいきなりフランクになるから、相手からすれば急変で驚くだろうな。僕もいきなりリョーくんだったが、高橋だけは高橋君呼びなのがちょっと笑える。
こうして無事にアイスブレイクを果たしてしゃべりやすい雰囲気ができあがった。
オンラインゲームのクランやグループに入るときに、話しやすい空気を作ってくれるマスターがいると安心なのはこういう場作りがうまいからなんだろうな。フォルトゥナにはその才能がありそうだ。人見知りだけど。
「……ねぇ、宮園さん」
「あっ、はい……なんでしょう?」
フォルトゥナと紅茶談義に入りそうだったので、僕はあまり時間をかけすぎてもアレなので本題を切り出すことにした。ただお茶をしに来たわけじゃないからね、僕達は。
「さっきの話、もう少し詳しく聞かせてくれないかな」
「あっ、はい……そう、ですよね」
改めて話をしようとすると緊張したのだろうか、宮園さんはストローをくわえてチュルっと紅茶を口に含んだ。それをコクリと飲んでから、真剣な眼差しで僕を真正面に捉える。
「さっきも言ったように、実はわたし…………わたし自身と戦うことになったんです」
宮園さんは衝撃の事実を告げたという雰囲気をまとっているが、僕達にとっては、まぁ、そう来るだろうという範疇の話だ。高橋がすでに同じようなことをしている。ひとりいればもっと他に同じような状況にいる人がいたっておかしくはない。ちょっと間近で続出したってのは気になるけど。
「念のために聞くけど、その自分自身との戦いっていうのは自己啓発とか哲学の類じゃないよね?」
「ちがいます! ……ち、ちがいます」
最初の声が思ったより大きかったのだろう。宮園さんはちょっと立ち上がりかけたが、すぐに気付いて顔を赤く染め、ゆっくりと座ると小さな声で言い直した。
「だから念のためだって。そこがちがっていると、僕達にとってもあまりよろしくないからね」
「そうだな」
顔を赤くしたままの宮園さんに対して僕はあくまで僕達の立ち位置で話を続けた。高橋も腕を組みながら、うん、とうなずく。
「ドッペルゲンガーと戦うっていうのは、文字通り物理的に戦うということで合ってるよね」
「…………はい」
宮園さんは僕がドッペルゲンガーと口にしたことで驚いた顔をしていたが、そもそも彼女自身がそう言いながら僕に声をかけてきていた。ドッペルゲンガーを倒すために戦い方を教えてほしい、と。
改めて確認したことで言葉の綾という線は完全に消えた。
つまり、宮園さんも僕や高橋と同じように、ドッペルゲンガーを倒して限界突破して強くなる、というまるでゲームのようなものの参加者のひとりだということだ。
ドッペルゲンガー自体が1000人いるというだけでも衝撃的だったのに、まさかその元となる人間も何人もいるとは思ってもみなかった。そうなると、世の中にはどれほどのドッペルゲンガーがいるんだ、という話になってくる。
……万単位? いや、もしかしたら百万単位かもしれない。
同じ容姿の人間がそこかしこにいる状況を想像した僕は、あまりにも機械的な世界に軽い恐怖を覚え、ブルッと身震いをした。
ドッペルゲンカイトッパー ヒース @heath-b
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