限界突破0回目(4)

「リョーくん、すぐに戦闘準備をして」

「ちょ……急に言われても……!?」


 フォルトゥナは前方に視線を固定する。だから僕のほうを見ていない。

 僕はこれまでの人生で戦闘経験なんてない。あるわけがない。だって、ただの普通の高校生だぞ?


 でも、今は旅装束に剣も携えている。戦うことができる状態だ。


「剣を抜けば、いいんだよね……?」


 フォルトゥナが反応してくれない。急に不安になってきた。

 僕は鞘から抜いた剣を両手で構え、フォルトゥナが見ている先に視線を揃えた。特になにも見えない。


 ここの舞台設定は荒野なのだろう。

 ゴツゴツとした地肌と大小様々な石や岩が転がっている。枯れた木片も多い。ときおり存在するあまりにも大きな岩は視界を遮るには充分なサイズだ。この大岩の裏に隠れていれば相手から見つかりづらいけど、逆に隠れられてしまえば探しづらい。

 僕の視力と空間認識能力はたいして当てにならないはずだ。だからこそフォルトゥナに頼るしかない。


 なのに……。


「リョーくん、準備できた?」

「できてる……と思う」


 フォルトゥナに声をかけられてようやく不安が取り除かれていく。

 ……単純だな、僕も。


「リョーくん、今のレギュレーションならキミが充分倒せる相手のはずよ」

「レギュレーションって……なにか条件があるの?」

「レベルゼロの冒険者設定ね。相手があまりに強いと開始即退場になっちゃうでしょ? だから、戦える相手に制限があるの。お互いイーブンに近いレベルで固められてるってこと」

「それは、ありがたい設定だね」


 本当にありがたい。

 いつも不思議に思っていた。RPGの主人公は冒険の開始時に必ず弱い敵と戦えるようになっている。いきなりラスボスは襲ってこない。それどころか中ボスもいなければレアモンスターも出ない。あくまで主人公が充分強くなるまではザコ敵が経験値を運んできてくれる。この舞台でもそういう気が利いた設定が用意されているのだ。


 とはいえ、最初のザコ敵だって放っておいたら勝手に死んでくれるわけじゃない。ちゃんと攻撃をして倒さないといけない。逃げるだけではレベルは上がらないのだから。


「僕は、どうすればいいの?」

「まずは接敵しないと。そうしたら、私がリョーくんにステータスアップのバフをかけて支援するわ。これもレギュレーションがあるからたいして強くならないと思うけど、ないよりはマシだと思うわ」

「それで充分だよ」

「あとは、リョーくんががんばるターン。殺されないように気をつけてね」

「……善処するよ」


 本音を言えばまだ心の準備なんてなんにもできていない。昨日の今日——というか今日の今日でいきなり実戦投入はおかしいと思っている。前提条件があって実は天才だったとか、騎士見習いをしているだとか、ケンカが強いとかがあればいきなり実践でも活躍できそうだけど、僕にはそんなものはなにもない。

 剣もちゃんと扱えるのか心配で仕方がない。適当に振り回して勝てるものなのか、本当に。


「それじゃあ、進むわよ」

「うん」


 フォルトゥナが僕の少し前を慎重に進む。フォルトゥナは浮いているから動きやすそうだが、僕は足元を確かめながら歩かないと岩に躓いて転びかけやしないかとヒヤヒヤもんだ。


「思いのほか近くにいたわね」

「あれは…………僕!?」


 本当にそっくりだ。


 僕と同じ顔。同じような背格好。表情が無表情なのがとても怖いが、どう見ても僕が毎日鏡で見ている僕の姿と瓜二つだ。その僕じゃない僕はまるでゾンビのようにふらついた足取りをしている。


「野良リョーくんね」

「……は? 野良リョーくん!?」

「そうよ」


 フォルトゥナが言い切ったが、なんだそのネーミングは?? 野良の僕? 野良犬とか、ゲームだと野良プレイヤーとかそういう意味合いでの野良リョーくん?


 もうちょっとなにかいい名前はつけられなかったのかなぁ……。

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