限界突破1回目

 さっそくドッペルゲンガーと接敵した僕の心臓はまるで早鐘を打つようにバクバクだ。

 一方のフォルトゥナは落ち着いたものだ。さすが女神様。


「初戦の相手としては最弱に近いわ。限界突破を体験するのにちょうどいいわね」

「やっぱり戦うのは僕なんだね」

「当然ね。他の誰かが倒しちゃったら意味がないもの。キミが倒してキミが吸収するの。それが限界突破よ」

「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば」


 覚悟が決まらないまま覚悟を決めた。とりあえず、不格好でもいいから戦おう。どうせ選択肢なんてありはしない。僕はここで僕のドッペルゲンガーを倒すしかないんだ。


 僕は剣を両手で構えたままジリジリと前進する。思いっきり腰が引けていて情けないが、怖いものは怖い。仕方ないじゃないか。


「エンゲージしたわね。それじゃあ、バフをかけるわよ」


 フォルトゥナがそう言うと、彼女はいつの間にか取り出した羽ペンで空中に不思議な模様を描き始めた。その模様は光を帯びるとすぐに僕の体の周りをグルグルと周回し始めた。その途端、気のせいじゃなく力や気力が沸いてきた。


 よーし、やってやろーじゃないか! ……こんな気分だ。僕らしくないけど。


「それじゃあ、リョーくんのカッコいいところを私に見せてよね」

「カッコ悪いところしか見れないと思うけど……がんばるよ」


 野良リョーくん——嫌な呼び方だけど仕方ない——と僕が真正面で向かい合う形になった。

 僕は剣を構えて様子を見る。野良リョーくんはジリジリと間合いを詰めてくる。本当にゾンビみたいだ。さすがに僕だってあんなんじゃないぞ。もっとまともだ。


「リョーくん、バフの時間はあんまり長くないわ。切れちゃうと次にかけるまでステータスが下がっちゃうから早く戦ったほうがいいわよ」

「そ、れ、を、早く言ってよ!」


 だぁーっ!! いっつも説明が足りないんだから!

 僕は時間制限があることを意識して早期決着を試みることにした。どっちみち戦闘の勘なんてなんにもないんだ。当たって砕けろじゃダメだけど戦略戦術なんて持ち合わせていない。使えるのは、たたかうコマンド、ただそれ一択しかない。


 幸い剣が軽い。僕は思い切って大上段に構えると、緩慢とした動きで迫り来るドッペルゲンガーに向かって跳躍し、振りかぶっていた剣を思いっきり振り下ろした。一刀両断のジャンプ斬り攻撃だ。


 ——まさかそれだけで倒せるとは。


「リョーくん、スゴイ!!」


 フォルトゥナのバフのおかげか、それとも野良リョーくんがあまりにも弱かったからか、それともまさかまさか実は僕がとんでもなく強かっただけとか!? ……さすがにそれはないな。


 いずれにせよ、野良リョーくんは僕の攻撃で見事に真っ二つになった。


 ……正直、かなりグロいことになっている。ドッペルゲンガーとはいえ僕の姿をしたなにかがそこに倒れているのは見ていて気持ちのいいものではない。ドッペルゲンガーだからなのか、血や内臓が飛び出ていないだけマシとはいえ、人が半分になっている姿は直視に耐えない。


「それじゃあ、さっそく限界突破するわよ」

「そ、そうだ! 限界突破って実際のところなにをすれば……?」

「とっても簡単よ。キミが倒したそのドッペルゲンガーに触れていてくれればいいわ」

「これに……触れる…………」


 だからグロいんだってば!

 僕の顔で死んでいるドッペルゲンガーは見ているだけで不安になる。いつかは僕もああなるのか……変な想像が頭をよぎってしまう。全部が全部、このドッペルゲンガーのように弱いといいんだけど。


 とにかく突っ立っていても始まらない。ちょっと吐き気がするのであまり見ないようにしながら僕は元野良リョーくんのドッペルゲンガーに触れるでもなく触れてみる。べちょっとした嫌な感触が手を通して感じられた。


 なんでこんな感触なんだ? 死体に触ったことはないからわからないけど、これが普通なのだろうか。


「そのままジッとしててね」


 ドッペルゲンガーを見ていたくないから僕はフォルトゥナを見る。


 いつもと同じように羽ペンでなにかの模様を空中に書いている。フォルトゥナの書いた模様が光を帯びた。光を帯びた模様は僕ではなくドッペルゲンガーを包み込む。ドッペルゲンガーの体がボワッと光った。すると、ドッペルゲンガーの体が少しずつ小さな光の粒に分解されていく。サラサラとした粉のように。


 その光の粒は僕の手を通してどんどんと僕の体の中に取り込まれていく。不思議な感覚だ。高揚感とでも言うのか、テンションが上ってきたような気がした。

 フォルトゥナのバフを受けていたときの気力が湧き上がってくるのとはまた違う。体の中から外へ向かってエネルギーが解放されたくて暴れているかのようだ。力が溢れてくる——そう呼ぶほかない感覚に僕が驚いている。


「……ふぅ、終わったわ」

「これが限界突破……」


 ドッペルゲンガーの体はもはやどこにもなかった。僕が完全に吸収したのだ。

 ゲームの世界の限界突破はレベル上限が解放されたりレア度が上がったり、ステータスが上がったりスキルが解放されたりする。


 現実で、自分が体験するとこういう感じなんだ。正直、力が溢れるくらいでそれ以外の実感はなにもない。


「これで限界突破1回目ね。まだまだ先は長いわよ」

「また……サポートしてよね」

「任せて。そのために私がいるんだからね」


 フォルトゥナが僕に向かってパチリとウィンクをした。


 ………………やめてよ本当に。ちょっとドキドキしちゃったじゃないか。


 僕が女神様と釣り合うわけがない。だから、最初から対象外にしておくべきなんだよ、こういうことは。

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