限界突破29回目
僕が取れる選択肢なんてたかがしれている。
今の人数差でバフが切れるほうがよほど危険だ。僕は再度突貫する。幸いにも中央の覚醒リョーくん達はひとかたまりでいてくれている。同じ方向からの攻撃はまだ避けやすい。石斧リョーくんは完全に僕を待ち構えている。野球のバッターよろしく、両手で握った石斧を肩の上に振り上げて余裕を感じる。なんだかムカつく。
せっかくの限界突破が機能しないのも腹立たしい。そう思っていたらどんどんと怒りが膨れ上がっていく。それが幸いしたのか、怒りで視野が狭くなることはなく、僕は自分の体にパワーが漲っていくのを感じた。
なんだ、これは……?
今なら、なんかやれそうだ!
「うおぉおおぉー!」
僕は雄叫びを上げると、突撃の勢いを利用して軽く前方にジャンプ。両足を同時に着地させ、膝のバネを使って思いっきり地を蹴りつけた。想像以上の高度まで僕の体が浮き上がる。
いきなりのことに覚醒リョーくんたちは反応が遅れる。僕の目にはそれがコマ送りのように映った。覚醒リョーくんの集団の頭上を僕が悠々と飛び越える。まるで跳び箱に両手をついて前方宙返りをするように、鮮やかに。
振り返ろうとする覚醒リョーくん達の動きがスローモーションのようだ。僕は着地と同時に地を蹴り、姿勢を低くして突進をする。
まず1体。
一番背後に控えていた覚醒リョーくん――つまり今は僕の目の前にいるおそらくリーダー格の胸部を僕の剣が容赦なく貫いた。速やかに剣を抜き去ると、矢じりを投げ込もうとして右腕を振り上げた姿勢の覚醒リョーくん1体に向けて右から横薙ぎで一閃。
これで2体。
剣を振り切らずにモーションの途中で柄に左手を添え、硬直する前にベクトルを強引に反転させ、逆袈裟でもう1体の覚醒リョーくんを斜めに切り下ろす。
3体。
中央集団で残すは石斧リョーくんだけだ。だが、僕が攻撃をしている間についに左の集団が合流してしまった。僕がひとまとめに攻撃をしたことを警戒してか、絶妙な距離で散開している。
剣をひと振りして石斧リョーくんを牽制すると、僕は素早く仕留めた3体の覚醒リョーくんを限界突破しにかかる。フォルトゥナも僕の行動をちゃんと見ているので、僕が近づく直前に覚醒リョーくんたちを光の粒子に変換してくれる。これで奪われずに3体を立て続けに吸収することができた。
限界突破を3回重ねたことで、湧き出る力はますます増え、僕の意欲はいつになく高まり今なら負ける気がもうしない。
「その調子よ、リョーくん!」
「今気付いたんだけど、僕、怒ると力が出るタイプだったみたい」
僕は自分の力の源泉が怒りにあることを今初めて知った。今まで怒りでブチ切れるようなこともなかったし、反抗期もおとなしいものだった。目立たず生きようとすることで衝突を避けていたこともあり、怒りとは無縁の人生だったから、まさかその僕が怒りで力を発揮するタイプだとは想像のしようもなかった。
とはいえ、現実世界で怒りに塗れるのは嫌だ。この戦いの舞台だからこそのアドバンテージに留めておきたい。ある意味、現実で抑え込んだ気持ちをここで解放できるという意味では、もしかしたら今のこの生活も悪くないんじゃないか。ついそんなことを思ってしまう。
戦闘中なのにちょっと浮かれている。良くない良くない。まだ石斧リョーくんを含めて覚醒リョーくんはまだ4体もいる。
僕を覆っていた模様が剥がれ落ちる。フォルトゥナのバフが解除されたのだ。覚醒リョーくん達からも同様に模様が剥がれ落ちた。デバフも切れてしまった。
とはいえ、戦闘開始時に比べれば僕は限界突破を6回重ねた。目標である数の半減もできた。ここまで有利な状況になったのだ。負けるわけにはいかない。
「さぁて、どうしたもんかな」
つい先刻は途方に暮れて同じセリフが出たが、今はどちらかと言えば「どう料理してくれようか」という食材とシェフの関係だ。もちろん、僕がシェフだ。
石斧リョーくんを先頭にして、ひし形のように広がる覚醒リョーくん達はそれぞれ別の得物を持っている。石斧リョーくんは当然石斧で、僕から見て右にいるのはナイフ持ち、左側が片手剣。石斧リョーくんの背後に控える最後の1体は――弓? 矢じりはこいつがみんなにプレゼントしてたってわけか。
乱戦になると弓が一番厄介だ。今まで攻撃をしてこなかった理由はわからないが、僕がちょこまかと動き回るから狙いがつけられなかったのかもしれない。矢じりを投げさせることでなにかの様子を見ていたのかもしれないが、ドッペルゲンガーの考えはよくわからない。
距離を取られたことで弓兵が一番攻撃しづらい。狙われるのは覚悟の上でやはり各個撃破しかない。距離があることはなにも僕が不利ってわけじゃない。むしろ有利なはずだ。まとめて攻撃して来られてしまえば単体攻撃しか手段を持たない僕は防戦一方になる可能性もあるが、1対1なら自由に動ける。
僕は頭の中でレシピを完成させた。まずは一番危険を感じさせてくれた石斧リョーくんを片付けよう。
底上げに底上げを重ねた筋力増強はフォルトゥナのバフが切れてもなお、まるでバフが継続してくれているかのごとく力を生み出している。僕は剣を握る手に力を込めた。
「行くぞっ!」
もちろん突貫だ。これが至上。
僕は真っ直ぐに駆け出し、石斧リョーくんとの距離を一気に詰める。石斧リョーくんが石斧を右下に構えるのが見えた。僕が突撃を完了する前に、地面ごと抉り出して僕に攻撃を仕掛けてきた。最初に僕が左側の集団にお見舞いした地面スクラップの意趣返しだ。
だが、僕はそれを読んでいた。増強した筋力で急制動をかけ、軽くバックステップして石つぶての射程から逃れる。相当な力を込めたのか、石斧リョーくんは振り抜いた姿勢のままで硬直している。僕は再度突貫する。石斧リョーくんは硬直の反動で動きが鈍い。
間に合うはずもなかった。僕の剣先は石斧リョーくんの土手っ腹に風穴を開けた。最後の力を振り絞ったのか、そんな状況にも関わらず石斧リョーくんは振り上げた形になっていた石斧を振り下ろそうとした。しかし、その攻撃は力なく、石斧がスルリとその手をすり抜けて地面にドゴッと重く落ち、すぐに倒れてガランと音を立てて転がった。
「フォルトゥナ!」
「今やっているわ!」
僕は二度とおこぼれを提供しない。すぐにフォルトゥナにより石斧リョーくんが光の粒子に変えられ、僕の手を通して僕は限界突破をさらに重ねた。
残り3体。
このまま一気に――
「……!!!」
そこで僕は真正面から飛んできた弓矢の一撃をまともに受けた。
いや、それはフェイクだった。
「矢じゃ、ない……?」
弓を持っていたはずの覚醒リョーくんの手には、見覚えのないものが握られていた。それは、魔法使いが使うような木でできた杖だ。稲妻のようにジグザクになった杖の先端部分は僕に向けられていて、その先端からプスプスと煙が昇っていた。
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