限界突破22回目(5)

「ひさしいな、フォルトゥナよ。まるで変わらんな。……いや、老けたか?」


 まったく子供っぽくない言い方で、ヨハネは口は鋭い笑みの形のままフォルトゥナをギロリと睨むように見つめた。


「そういうあなたこそ、まーーったく変わらずのガキンチョのままね。少しは大人になれないのかしら?」


 ん! 今なんかバチバチっと火花が散ったように見えたぞ!?


「……わしを無駄に呼び出すでない、マサキよ」

「俺と同じようにドッペルゲンガーと戦ってる奴を連れてきたかっただけだよ」

「…………ふん、知っておるわ」


 フォルトゥナへの執着はそれほどでもなかったのか、ヨハネはフォルトゥナの視線をするりとかわし、今度は高橋にジロリと視線を向けた。高橋もそうだが、ヨハネも目つきが悪いな。似た者同士?


 ちなみにマサキとは高橋のことだ。高橋政輝。とてもカッコいい名前じゃないか。僕は涼介で高橋は政輝。画数がちがう。高橋の政輝という字面がうらやましい。


 無視された形のフォルトゥナが謎の威圧感を発揮している。ゴゴゴゴ……とか聞こえてきそうだ。


 受けるヨハネも動じない。フォルトゥナが宙に浮いているものだから高さは絶対に勝てないのに、見もしないのに下から見上げるというミラクルを演出している。……どうやってるんだ? ヨハネも威圧感だけで対抗してるの??


 僕はとりあえずフォルトゥナとヨハネのギスギスした雰囲気をまるっと無視することにした。


「清水は制服なんだな。いつもそれで戦っているのか?」

「いや、制服アンド徒手空拳だけじゃ戦えないでしょ、さすがに。僕も普段なら旅装束に片手剣なんだけど、ここだとそうならないみたいだね」

「なるほどな。フィールドが俺用なのか、ヨハネが俺だけに特化した支援者なのかどっちかなのかもな」

「……どうなんだろうね? フォルトゥナからはドッペルゲンガーは自分で倒さないといけないって聞いてるから、他所様お断りとかそういうもんなのかな」


 ここは高橋のための異空間という仮説を立てると、僕が高橋に見つかったこの前の現象も説明がつく。僕専用だから高橋には見えなくて、解除された瞬間僕達の姿が見えるようになったということだ。先に知っていれば、僕が高橋を中に呼べた可能性はある。


 僕達は各々が自分のドッペルゲンガーと戦うための舞台を持っていて、その中では支援者を除けば基本的に本人しか戦えない。しかも、ドッペルゲンガーを自分で倒して自分で吸収しないといけない。高橋の舞台で僕が高橋のドッペルゲンガーを倒すことができるのかどうかはわからないが、できたとしても素手で倒すのは相当難しいことは間違いない。よくて妨害工作で共闘をしたつもりになれる程度だろう。


 しかしいったいどういう仕組みなんだろう。このドッペルゲンガーとの戦いや、限界突破って。


 高橋に案内されて建造物——建物から出てみたところ、高橋のバトルフィールドは僕のもの——つまりフォルトゥナが作るものとはだいぶ趣が異なっていた。


 荒野や廃墟、平原や森の中というように、フォルトゥナの世界観は野生が強い。対してヨハネが作った舞台はバロック建築の大聖堂とその前方の広大な広場がメインとなっている。宗教の匂いがとても強い。ヨハネの格好もそのまま司教とか教皇とかそんな感じだ。……年齢はあれだけど。


 このフィールドだと、実質的に戦えるのは広場になるのだろうか。大聖堂内部もとても広いので、ドッペルゲンガーとの戦いくらいの規模であれば内外どちらでもまかなうことができそうだ。この建物内で戦うとあれもこれも壊してしまうから僕だったらイヤだな。


「ヨハネは、なるべく外で戦え、ってうるさいんだ」


 高橋は苦笑いをしながら、あごでくいっとヨハネを指し示した。


「あいつ普段は大聖堂にずっといて、ドッペルゲンガーが現れたら俺を広場に呼び出すんだ。だいたい、いきなりだな」


 いきなりなのはフォルトゥナもヨハネも変わらないんだな。せめて心の準備はさせてほしいもんだよね。


「もうよかろう。用がないならさっさと帰るといい。ここは遊び場ではないのだ」

「そう言うなよヨハネ。たまにはいーじゃねーか」

「ふん、なにがいいものか……」


 ヨハネは高橋に向けて「おまえ、あとで覚えてろ」というような文句がありありと浮かんだ顔をしながら厳しい視線を向け続ける。高橋が反応しないと知ると、不機嫌そうにふいと顔を逸らした。手にした立派な王笏をトントンと落ち着きなく床に打ちつけ続けている。


「あいかわらずだわ、ヨハネの奴」


 フォルトゥナはヨハネとの睨み合いに飽きたのか、スーッと滑るようにこちらに飛んできた。高橋がその姿を目で追っている。


「あいついっつも偉そうなのよね。ま、実際偉いんだけど」

「ヨハネってやっぱり偉いんだ?」

「ええ、教皇だからね。職位だけ見ればトップよ、トップ」

「それはまた……」


 そんなトップ相手に僕達はやれ「口うるさいガキ」だの「お子様」だの「ガキンチョ」だのとよく言えたものだ。ヨハネとか呼び捨ててるのもダメか? 心の中ならありか? …………うーん、ありということにしておこう。


「まぁ、でも、教皇様なんて感じでもないし、ヨハネでいいわよヨハネで。あんなガキンチョのことは」

「……フォルトゥナ、僕の心でも読んだ?」

「ん、なんのこと?」

「いやー、実はそう呼んじゃってるから、さ」

「リョーくんもよくわかってるじゃない!」


 フォルトゥナが異様にうれしそうな笑顔を浮かべると、僕の身体をギュッと抱き寄せた。ヨハネ、と呼ぶだけで抱き締めてもらえるとかお得すぎる。


 でも、フォルトゥナにこうされるのはとーってもうれしいんだけど………………高橋がスゴイ目で見てるから今はやめておいたほうがよさそうだ。


「…………清水、やっぱりおまえがうらやましいよ」


 ほらっ! あきらかに待遇の差に不満が募っちゃってるよ!


 高橋はヨハネという口うるさいお子様と一所懸命がんばってきたのだ。僕だってフォルトゥナという美しい女神様と一所懸命がんばってきたのだ。うんうん、同じ同じ。問題ない。


 そう恨むな、高橋くんよ。ここでくらい差があったっていいじゃないか。キミは現実世界ではリア充の陽キャなんだから、せめて僕らの不思議空間の中でくらい僕がアドバンテージを持つことを許してよ。


 僕は高橋に勝る部分があまりにも思いつかないものだから、フォルトゥナというあくまで偶然の結果でマウントをとるくらいしかできないのだが、それを意識することはあまりにも悲しいため、気付いているけど気付かないふりをしておこう。

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