限界突破22回目(4)
「そういえば、高橋はどうやってドッペルゲンガーたちのことを知ったんだ?」
変な奴である僕は、高橋に対してはなんらの遠慮もいらないだろう、そう決め打つことにした。質問もストレートのほうがいいだろう。お互いに牽制し合ってもあまり意味がない。
「俺か? その前におまえはどうやって知ったんだ?」
「僕? 僕は——」
チラッとフォルトゥナを見る。フォルトゥナは「ん?」と言って首を傾げた。それから「あぁ、うん」とうなずいた。
「私よ。私がリョーくんを導いているのよ」
「…………えっ?」
高橋が驚き固まっている。えっ、なんで?
「フォルトゥナちゃんは、だって清水の親戚だろ?」
「……そのあきらかに不自然なウソを高橋が信じていることに僕は驚いたよ」
「…………マジか」
衝撃度は今日イチだったようだ。高橋の端正な顔が歪む。
「まさか……フォルトゥナちゃんは人間じゃないのか?」
「ええ。私は女神よ。運命の女神って呼ばれているわ」
「女神……」
高橋がまるで太陽を見るかのように、まぶしさで直視できないかのように、目を薄く開き、なぜか手で日差しを作ってフォルトゥナを見ている。
なんとなくわからないでもない。フォルトゥナ美人だもんな。ただの美人だったらまぁ、その辺を歩いていないこともない。でも、女神様は普通にはいない。いや、いたらかなりおかしい。でも、実際にフォルトゥナはここに存在している。ある意味でオンリーワンの存在だ。
「……清水、おまえのことをうらやましく思う、俺は」
「そんな憎しみを込めるように言うのはやめてほしい。それじゃ『うらやましく』じゃなくて『恨めしく』だろ?」
「そうとも言う」
おいっ!
高橋の言動が安定しなくなってきた。フォルトゥナの魅力はイケメンでリア充の陽キャである高橋ですら魅了してしまうのか。いや、女神様って知る前からどストライクなんだから、もう空振り三振、ゲームセットか?
「あはは、高橋くんっておもしろいね!」
「……そんなことは、ない」
キョドるなキョドるな。急にどうした高橋くんよ。目が泳いでいる。フォルトゥナと目が合うと逸らすものだから、フォルトゥナがおもしろがって高橋の目を見ようと右や左から覗き込もうとしている。やめてやれ。
「高橋がおもしろいのはそれはそれでいいけど、まだ僕の質問に答えてないよ?」
「ああ……そうだな」
キリリっと顔を作った高橋だが、その隙を逃さずにフォルトゥナが真横から高橋を見てニヤリと笑ったもんだから、高橋は反対側にプイッと顔を逸らしてしまった。顔が赤い。なんだか高橋が高橋じゃないみたいだ。ホッとするもちょっとガッカリする。高橋はカッコいいことがひとつのステータスなんだから、美人に翻弄されるのはキャラじゃない気がする。
「フォールートゥーナー」
「あはは、ごめんなさい。もう自重するわ」
お腹を押さえて「ぐふふ」とか笑うフォルトゥナはとても女神様って感じじゃない。面倒なので、今は放置しよう。
「高橋も女神様がついているの?」
「そうだったら俺はおまえのことを恨めしく思わないな」
やっぱり恨めしいんかいっ!
いいことばかりじゃないぞ、女神様との半同棲生活ってのも。無防備な欲望の捌け口がすぐそばに常にいて、でもそれは手を付けてはいけない神聖なもので。己を清廉潔白な人として維持する確固たる意志の力——もはや信念といっても過言ではない——が必要だ。
「俺の場合、フォルトゥナちゃんみたいにかわいい子じゃない。……口うるさいガキだよ」
「ガキ?」
「ああ、正真正銘のおこちゃまだよ」
高橋はどこか寂しそうに自嘲する。僕には女神様があてがわれ、自分にはお子様があてがわれるという許されざる差がよっぽど応えたのだろうか。知らなければ、それで済んだ話だもんな。
「百聞は一見にしかずだ。……とはいえ、あいつは出不精で現実世界に出てくる気はない」
出不精のナビゲーターとはいったい。
僕の疑問をよそに、高橋は不意に右上の空間に顔を向けた。僕も釣られて目で追うが、そこは僕の部屋の一角でしかなく、特になにもないただの空間だ。強いて言えば——目に入った照明がまぶしい。LEDも直視すると結構くるな。
「口うるさいガキ、ねぇ……」
「ん? どうしたの、フォルトゥナ?」
「ちょーっと思い当たる節があるのよね、そのガキンチョに」
「が、ガキンチョ……」
フォルトゥナは苦笑いを浮かべていた。子供と言わずにガキンチョなんて言うからには、これは結構な関係がありそうだ。
「なぁ、ヨハネ。清水達におまえを紹介したいんだが、そっちに入れてくれよ」
「…………」
高橋が顔を向けたままの空間に向かっていきなり呼びかけた。はたから見たら、頭のおかしいイケメンが1名完成だ。イケメンならなにやっても許されるから、高橋ならセーフか? 僕ならきっとアウト判定間違いなしだ。
しかし……ヨハネ? この名前の響きは結構聞くような気がする。ゲームだと聖職者とかによくいそうだけど、一般的な名前なんだろうか?
高橋が呼びかけた空間——僕の部屋だよ?——からは、だれかがなにかを考え込む緊張感のようなものを帯びた沈黙が返ってきた……ような気がする。
「……やっぱりヨハネなのね」
「やっぱり……って、そのヨハネっていう人がフォルトゥナの知り合いなの?」
「そうよ。知り合いといえば知り合いだけど、あんまり関わり合いたくはないわね。……面倒だから」
「へ、へぇー」
面倒って……。
僕は俄然そのヨハネって人が気になってきた。フォルトゥナが関わり合いたくないというのが逆に気になる。でも、口うるさいっていう部分が邪魔だなぁ。高橋相手ならいいけど、僕に口うるさくされても嫌だし。
「………………少し待っておれ」
それは突然聞こえた。
しゃべり方そのものは威厳に満ちた様子だが、声が若い。若いというか幼い。男とも女ともつかない中性的な声は、声変わり前の子供を想像させる。
待っておれ、というわりにはほぼノータイムで僕の部屋の景色が一変した。
……なにこれ、フォルトゥナがやったのと同じくらいのいきなり感。
場面が瞬転すると、僕らはいきなり厳かな建造物の中に立っていた。立派な柱や彫像、それに絵画が建物と一体化されている姿に圧倒される。天井は高く、見上げてみればそこも絵画となっている。柱なのか天井なのか窓なのか、複雑に調和された見事な壮観に僕は「ほぅ」と謎の感嘆の声をあげてしまった。
しかし、飛ばされる前は椅子に座っていたはずなのに、いきなり立っているのはかなり不思議な感覚だ。こちらでは人間の体って意外となんにでも順応できるのね。
高橋の見た目なんてもう別人。さっきまでも僕のお気に入りのもこもこと戯れていたイケメン男子高校生だったはずなのに、そのものズバリ勇者のような見た目になっていた。高橋が勇者とか、天は二物も三物も与えるっていう本当の真実を目の当たりにする。
持つ人はなんだって持つんだよ、この人間社会というやつは。
そして、僕は制服のまま。異空間に飛ばされたっていうのに、いつもの旅装束じゃないのはなんでだ?
高橋はとても動きやすそうな軽装だが、要所には分割された金属製のプレートアーマーが取り付けられている。機動性を損なわず、弱点だけを補う防具の装備の仕方はとても巧みだ。
全身鎧は防御力こそ高いものの機動力が犠牲になることが多い。騎馬で戦地に赴く際の重装備という役割からしてもそうなるのは仕方がない。多対多での攻防の際や、城攻めや砦落としの際に弓などの遠隔攻撃を受けるなど、全方位への防御が間に合わないときには隙のない高い防御力は頼りになる。
とはいえ、ある程度の力量になってしまえばどんなに優秀な防具をまとっていても、その鎧ごと簡単に破壊してくる強者も出てくる。それにRPGには、防御力の高い相手に対してのアーマーダウンの魔法やアーマーブレイクなんて技もあるくらいだ。どこかが突出すれば、それへの対策も充実してくる。バランスというのが大事なのは攻撃も防御も同じだ。
それに今どきのゲームで完全フルプレートを装備するようなキャラはいない。重装備の問題点として、なによりも顔が見えない。ゆえに鎧キャラは人気が出づらいというマイナスの側面がある。結果として完全武装をわざわざするキャラというのは、身分や性別を偽ることが目的となっていることが多い。鎧を脱いだら美人のお姫様とか、イケメン王子だとか、ギャップ狙いもできるのでうまく使えばそこから人気が出るケースもある。もっとも、相当な伏線を張っておかないとご都合主義とか揶揄されてしまいかねないので、なぜ全身鎧なのか、なぜ身分を偽装するのかに関する設定と鎧を脱ぐまでの流れには慎重を期す必要がある。
…………と、まったくもって話が逸れてしまった。でも、あともうちょっとだけ語りたい。いいや、続けよう。
高橋はさらに背中に巨大なツーハンデッドソードを大鞘に収めている。あの大きさの剣は使うのにはかなりの力が必要だろう。大きすぎて小回りが利かなさそうだ。
両手剣は1対多がありうるドッペルゲンガー戦では攻撃範囲が広くとても有効な武器だが、その分一撃あたりの硬直時間も長そうだ。硬直キャンセルをうまく駆使するテクニカルな運用が必要になりそうだが、高橋ならそれも容易なんじゃないかと思える。でなければ、すでに僕よりも多い100回もの限界突破の達成はそんなに簡単じゃないはずだ。運動能力とセンスの複合体が高橋というフィルターを通して、この世界に強者の勇者を生み出したのだ。
そんな風に僕が高橋の装備をゲーム的視点で観察したり妄想していたら、ふとフォルトゥナがある一点をじーっと見ていることに気が付いた。そこには真っ白な祭服を着た10歳くらいの男の子が、なにかやたらと偉そうな雰囲気をまとって凛と立っていた。
その少年の顔は底意地の悪そうな笑みが浮かんでいるようにしか見えないが、きっとそのままそのとおりなのだろう。ニヤリ、と笑って彼は第一声を発した。
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