限界突破22回目(3)

「へぇ、ここが清水の部屋か」


 とてつもない違和感があることは否めないが、僕の部屋には高橋がいる。フォルトゥナは相変わらずベッドの上に座っているし、他に座れる場所は机の椅子かローテーブルのもこもこの上くらいなので、僕は高橋にもこもこを譲った。


 フォルトゥナがさもあたりまえのようにここに居ることについては特に違和感を覚えないのか、高橋は興味津々に僕の部屋を見回している。探したって変なものは出てこないぞ?


 僕ご自慢のゲーム機の軍勢を見てちょっと引いている様子を見せたことには軽くショックを受けたものの、高橋はある程度観察を終えたあとにボソッと「悪くないな」とこぼした。


「僕ばっかり部屋を見られるのは癪だから、今度高橋の部屋にも入れてくれ…………なーんてな」

「ああ、いいぞ」

「………………いいのか」


 冗談のつもりで言ったがどうやらまともに応じられてしまった。まるで冗談にならなかった。僕が完全にスベった形だ。もっとも、これで僕は高橋の家に行く口実を作ることができた。やったー! うれしー! ……ってことはない。別に行きたいわけでもなんでもないから。


「とはいえ、ウチに来たところでたいしておもしろくないだろうけどな」

「そんなことないだろ? だってリア充の高橋の部屋なんだぞ。それなりにたのしめるものがいっぱいあるんじゃないの?」

「リア充かどうかはこの際置いておいて、べつに俺の部屋にみんなが集まったりするわけじゃないからな。それに、俺は部屋にあまり物を置かない派なんだ」

「ミニマリストってこと?」

「そこまでストイックじゃねーけどな」


 こうして改めてちゃんと話してみると、今まで見えていなかった部分が見えてくるもんだな。


 高橋は学校ではいつも話の輪の中心にいて、男子も女子もあまり区別なく仲良くしている。もちろん僕達のようにいわゆる陰キャ――暗い性格の奴らとは一線を引いていたけど。それはお互いにとってメリットでもあり、僕は僕で、ある意味では孤高を貫かせてもらっていた。ゲーマーだから、学校でワイワイとやらないことで特に大きな問題もなかったわけだけど。


 その高橋が、家に人を呼ばない、さらに物も置かないとはちょっと想定していなかった。高橋はそんななにもない部屋で普段はなにをしているんだろう。ちょっと興味が沸いた。でも、そんなに深い話をするほど僕達の関係はできあがっていない。僕とフォルトゥナを社員と経営者とするなら、僕と高橋だったらおそらく同じ会社の同僚だ。しかも、同い年で同期。きっかけばあればすぐに仲良くなるかもしれないし、お互いに牽制し合うライバルかもしれない。やれあっちのほうが優秀だと聞けば無駄に張り合ったり、やれあっちが失敗したと聞けばなんとなくハラハラしたり。そうやって、お互いに昇華し合える関係ならマシだけど、真逆の関係で泥仕合になったら目も当てられない。そのどっちもがありうるのが、同期という存在だ。


 ……というのが僕が子供の頃に聞いた、父さんの部下だっていうおじさんからの受け売りだ。


「ねぇ、高橋くん?」

「ん?」

「高橋くんって、今は限界突破ってどれくらいになったの?」


 フォルトゥナが直球で勝負に出た。まぁ、その話をするために高橋を家に呼んだんだから、真っ当なことだけど。


「俺? ……100は超えてるんじゃないかな。数えるのが面倒なんであんま気にしてないけど」

「100、だ……と!?」


 僕は素直に驚いた。結構な数だぞ、100っていうのは。僕だってまだ22だ。これでも毎日のように戦って、フォルトゥナの支援を受けてなんとか僕が勝って、それで果たした戦果だ。結構いい感じだと思っていたけど、高橋はもうすでに100かぁ……。


「それはスゴイわねぇー。どれくらいで?」

「2週間……か? ちょうど清水と同じくらいだと思う」

「同じくらい…………」


 その時期だとたしかに僕がフォルトゥナに出会って、異空間でドッペルゲンガーと初めて戦った頃と一致する。そうか、あの頃高橋も僕と同じ状況に追いやられていたのか。


 境遇が同じだと知った途端、急に高橋に対して親近感が沸いてきた。この心変わり、僕って案外現金な奴なんだろうか?


「でも、ホントにスゴイよ、高橋は!」

「……なんだよ、急に」

「だって、僕は結構全力でがんばったつもりなんだぜ? でも、同じ条件なはずの高橋のほうが全然上だ。同じことをしている僕だからこそわかる。高橋はスゴイ奴だってことが!」


 僕はまくしたてるように言い切った。褒めちぎった。実際そう思うのだから仕方がない。僕はフォルトゥナに会うまではたいして運動をしてこなかった。それで苦労しながら戦っている。やっとこさで勝っている。


 ところが高橋ときたらそうじゃない。もともとの体格もあるだろうけど、ちゃんと運動をしてきた高橋だからこそ初動に優れるのは当然の話だ。結果がすべてを物語っている。マジで、スゴイ奴だ、高橋は!


「そこまで手放しで称賛されると、照れる前になにか裏があるんじゃないかと勘繰りたくなる」

「素直によろこべって! 高橋のほうが一歩も二歩もリードしてるんだからさ!」

「……ああ、ありがとな」


 ちょっとテンションの高くなった僕はなんとか高橋がスゴイ奴だとその張本人に伝えたくて熱く力説した。そうしたら素直に喜ばれた。よしっ、通じたぞ!


 ……って。冷静になって振り返ってみると、なんだかテンションを上げすぎた僕のほうがこそばゆくなってきたじゃないか。


「清水は変な奴だな」

「褒めたのにその返し。意外とヒドイ奴なのか、高橋は」

「違う違う。いい意味でだよ」

「いい意味で変な奴…………うーん?」


 褒めたことに対して褒め返したような言い方だがまったくそんな感じを受けないのはなぜだろうか。変な奴っていうのは絶対に褒め言葉ではないという揺るぎない事実のためか?


 ……まぁ、間違いなくそうだろうな。褒めてとは言わないけど、変な奴はないと思うぞ、高橋!

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